クリオとコノエ


お兄ちゃんのクリオと、弟の僕、コノエは一卵性双生児だ。親に愛されなかったので、捨て子として生まれた。

それからというものの、『おとうさん』に拾われて育ててもらってるけど、僕だけ愛されないのは、僕がクリオに比べて完璧じゃないからだと思う。

「お食べ」

そう言っておとうさんは僕たちに食事を与えた。クリオの分は、バターロールが二個、目玉焼きが一個、ほうれんそうのソテーが一掴み。そして牛乳が一杯。

僕の分は、バターロールが一個、牛乳一杯。

「どうしたのかな? 早く食べなさい」

おとうさんはそう言って僕らを急かした。クリオは慣れた表情で、黙々とバターロールを口に運ぶ。

おとうさん、どうして僕だけ料理が少ないんですか。

前にそう言ったことがある。そしたら、僕は痩せたほうがいいらしい。太ったら近くにある養豚所の豚みたいになるって、そうおとうさんは言う。

僕はもう、すでににわとりみたいな足になってきていた。

でも僕は反論できなかった。この世界はおとうさんが絶対で、その次がクリオ。ぼくは一番下だ。

ぎゅるぎゅる、内臓がきしむ音がした。僕はまるで人間じゃないみたい。

ぼんやりとする頭で、僕はバターロールを咀嚼した。



一日が終わっても、お腹がすいて眠れない。

(おながすいたな……)

ベッドの上、気がつけば布団を噛むのがくせになっていて、もう布団の表面はがじがじになっていた。こんなことがおとうさんにバレたらまた怒られてしまいそう。

死に体で宙を見つめていた、その時だった。

「コノエ」

囁く声がして振り向くと、そこには小さくしゃがんだクリオがいた。

「にいさん、どうして」

「しーっ、静かに」

クリオは人差し指を口にあてた。それから懐から何かを取り出した。どこか香ばしい匂いがするそれは、今日のバターロールだった。

「コノエ、食え」

「でも、にいさんの分は」

「俺は他にもいっぱい食ったからいいんだ。このままじゃお前死んじまう。だから、食え」

クリオは僕に無理やりバターロールを口に詰め込んだ。むぐり、噛むと口の中にふんわりバターの味が広がる。

ごくんと喉が鳴った。バターロールってこんなに美味しかったっけ。

「うまいか?」

「…うん。おいしい」

「そっか。よかったよ」

クリオに頭をなでなでなでられて、少し涙が出た。手のひらの温度が温かい。

「コノエ、また持ってきてやるからな!」

その声を聞いてふ、と力が抜けた。ぼくはまだ、生きてていいみたい。

「にいさん、ありがとう。無理しないでね」


それからというものの、クリオはこっそりと食事を隠して、毎晩ぼくに持ってきてくれた。

それからたわいもない話をした。ここから出たらどうするか。何をするか。どう生きるか。

「コノエは夢、あるか?」

クリオにそう尋ねられて、一瞬ひるんだ。けど、言葉はするっと出た。

「僕は、木こりになりたい」

「木こり?」

「うん。 よく『おとうさん』は薪を斧で切ってるでしょ? 僕もおっきな斧で木を切って暮らすんだ。ぼくが切った木は家とか橋とか、道路とかいろいろな物になる。そういう生活がいい」

クリオは目を真ん丸見開くと、やがてにっと笑った。

「いい夢だな。必ず叶えような」

そう言って、また僕の頭を愛おしげになでるのだった。



夜、いつものようにクリオを待っていた。でも、今日は遅かった。

(にいさん、どうしたんだろう)

目をつむって待っていると寝そうになった。うとうとする中でふいに気づく。

(まさか)

足音と存在感を必死で消しながら自分の部屋を出た。忍び足で歩いていると、おとうさんの声が聞こえた。

「クリオ、どうしてお父さんの命令が聞けないのかな?」

その言葉に対するクリオの返事はなかった。

「クリオ」

おとうさんの声。げほ、げほっ、とか細く何かが気道に詰まる声。

「吐け! 吐くんだ豚。醜い豚。今すぐ吐け!」

むせる声。ひゅー、ひゅーと浅い呼吸の音。

トイレにおとうさんとクリオがいた。おとうさんに背中を強く叩かれて、クリオはトイレに嘔吐していた。

「にいさん!」

僕は叫んでいた。おとうさんがゆっくりと振り向いた。

間違いなく殺される。刹那、そう思った。

「コノエ、逃げろ……!」

僕は持っていた斧でおとうさんを切りつけた。おとうさんの背中はぱっくりと割れて、そこからおびただしい血が噴き出した。

それから萎びた風船のように、身体ががっくりその場に落ちた。

「コノエ」

クリオは真っ白い顔を震わせて、僕を見た。

「最初からこうするべきだった」

僕がそう言っても、クリオは目を伏せたまま何も言わなかった。


深夜。おとうさんの死体を養豚所に運ぶと、豚はおとうさんの死体をがつがつと食べてくれた。

これからどうしよう。

おとうさんがいなくなった家で、クリオと死ぬまで過ごすのもいいかもしれない。

クリオの顔は相変わらず死体のように蒼白だった。僕と目が合うと、ふいに唇を震わせた。

「俺は」

クリオは言う。

「コノエを人殺しにさせたくなかったよ」

クリオは耐え忍ぶように目をつぶった。僕はそんなクリオにけらけらと笑う。

「本当はあんな奴死ねばいいって思ってたくせに」

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