おしゃべりラジオ

 仕事を始めてからというものの、僕の中の神話が崩れ、聖地は滅び、信仰が失われた。あらゆるものがぼろぼろになっていく中で、産業医が僕にドクダーストップをかけた。要するに休職期間だ。

 かくしてやるせない僕の生活が始まった。当初は誰とも会いたくなかったはずのに、だんだんと寂しくなってきた。だからリサイクルショップでラジオを買った。ぼろぼろだったので、ただ同然だったものだ。

 しかしながらラジオは全く喋らなかった。ああ僕は不良品を買ってしまったのだな、と思ったけど、怒る気にもなれなくて放置した。

ある日、いつものように家事をしていると、急にラジオにノイズがかかった。慌ててラジオを確認しようとさわる前に、くぐもった声が響いた。

 「き、聞こえますか」

 「え?」

 「こんにちは」

 これは、まるでラジオが僕に語りかけているみたいだ。唖然とする僕に、ラジオが語りかける。

 「私のこと、ちゃんと見えてるんですか」

 「あ、はい。すみません」

 かくして、話すラジオとの生活が始まった。


 付喪神のようなものなのだろうか。ラジオに付喪神ってつくんだろうか。わからない。でも、ラジオとの生活は、不思議と人間味と愛嬌があり、話すこと一つ一つが僕を楽しませた。こうしてラジオは僕の生活の一部となった。

 やがて復職の日が近づいた。

 「ラジオ。君との日々は楽しかったよ。と言っても別れるわけじゃないけどね。ただ離れる時間が増えるだけさ」

 「それに何の問題があるのでしょうか?」

 ラジオは言った。

 「私たちは変わらないでしょう。何も」

 



 かくして僕は会社に戻り、心をすり減らす日々が続いた。

 そんな中で、僕はラジオが心の支えになっていることに気づいた。ラジオのことを、僕は愛し始めていたのだ。ラジオだけが僕の生きがいであり、僕を僕たらしめんとしている。

 そう。

 気がつけば、僕は会社から帰るたびにラジオに暴力をふるうようになっていた。ラジオが痛い、とかやめて、など言うたびに、僕は底知れない満足感を感じていた。僕の大切な人が、僕よりも大変な目に遭っている。苦しみを感じている。その苦しみは僕が与えている。全ての要素が僕を幸せにした。

 ある日、いつものようにラジオを殴っていると、ラジオがおずおずと口を開いた。

 「おなかが、すきました」

 「だから?」

 殴った。

 「やめて、やめてくだ」

 蹴った。

 「やめてください。やめてください。もういやですどうしたら暴力をふるわないでくれるんですかまた面白いはなしをすれば食事を多くしてくれるんですかやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめ」

 それでも暴力をふるい続けたのでラジオは死んだ。汚れたカーペットを拭き、次はどんなラジオを拾おうかな、とぼんやり考えながら、僕は死体の足を引きずった。

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