翡翠色の毬
化野 佳和
律儀な子
岡山駅から赤穂線の上りに乗って八駅。この街では珍しく複数の線路が走るこの駅で降りれば、そこはもう刀剣の里、長船。
刀剣、長船と聞けば『備前長船』を思い浮かべる方も多いだろうが、その通り。かの有名な桂小五郎、改め木戸孝允の愛刀として携えられていたであろう、あの備前長船である。
この街の博物館では月に一度の古式鍛錬や刀匠、塗師、刀身彫刻師の作業が毎日公開されている。結構な頻度で特別展示も行われていて、某戦国時代の偉人や某幕末志士の偉人の愛刀のみならず、某漫画と連携して鉄製の槍を制作して展示したこともある。詳しいことは調べてみるといい。
ここいら辺りも昔に比べると家の方が多くはなったが、もちろん緑も多い。
私が住処にしている天王社は少し騒がしいところにあるが、まあ悪い気はしていない。この天王社のの背後に広がる森は鎮守の森と呼ばれており、この森の松は足利尊氏ゆかりの松で、日向松と呼ばれる由緒正しいものだ。しかし、ここに来る者がめっきり減ってしまった今としては、大きな車の通る音や、けたたましい警告音がするだけでも有難いということにしよう。
ちなみに、いつも驚かされている。
ところが最近、私の住処に賑やかな客が来るようになった。その客は、見たところまだ五つにもなっていない子どもで、いつも翡翠色の毬を持ってやってきては、ずっと独りで遊んでいる。
その子は今時の大人でも怪しいであろう作法が出来る珍しい子で、この天王社に来た時には必ず手水で手を清めてから遊ぶ。そして参道は決して中央を通らない。よく躾けられたものだと感心する。いったいどこで覚えてきたのだろうか。
この子は本当に独りでよく遊ぶ子で、毬つきに縄跳び、お絵描きもすれば虫や鳥を追いかけていたりなど様々だ。夏の暑い日にはお気に入りの毬を大事そうに抱えて、木陰で一眠りしていたりもする。童歌もたくさん知っているようで、歌いながら敷地を散策したりと全くもって自由奔放だ。
今日も今日とて、冬のわりに暖かい陽気の中を汗がにじむのも気にせず、雀を追いかけ回している。
その天真爛漫な様子があまりに楽しそうなので、私は地に降りてみることにした。
とてとてとかけ回っていたその子が私に気付く。私は警戒していないという意味を込めて、軽く首を傾げて見せた。するとその子は顔をぱっと明るくし、両手を突き出しながら意味の解らない言葉と共にかけ寄ってきた。
怖かった。私を踏みつぶさんばかりの勢いで向かってくるその気迫に、思わず少しはためいて距離を取った。
距離を置いた私に、今度はその子が首を傾げた。普段なら飛んで逃げてしまう他の鳥とは違い、私がじっと見つめたままだからだろうか。
少しの間、そのままどちらも動かない時間が続いたが、その子はしびれを切らしたのか両手を突き出したままにじり寄ってきた。ほんの少し身体を倒せば私に触れようかという距離までくると、その子はしゃがんで手をひざの上に乗せ、真剣な眼差しで私を見つめた。私も負けじと見つめ返していると、その子は突然立ち上がり私を指さしながら大きな声で言った。
「ふくろーしゃん!」
……違う。私はふくろうではない。みみずくだ。
くるりと首を回してそっぽを向いてやると、何が面白いのかきゃっきゃと笑っている。
私が首を戻して再びその子に向き直ると、今度は片手を伸ばしてにじにじと近寄ってきた。どうやら私に触りたいらしい。
仕方がない。今回は特別に許してやろう。
私が動かずにいると、その子は私の耳のように立っている羽へと手を伸ばし、撫でた。その子は、驚いたような感動したような、何とも言えない面白い顔をしながら尚も私の身体に触り続ける。もういい加減にしてくれと、無遠慮に撫でる手から逃れようとした矢先、
「もう帰るよー」
その子を呼ぶ声が聞こえた。その子は声のした方を振り向くと、あい、だかはい、だか判らない返事をして翡翠色の毬を取りに走ると、声のした方へかけて行く。途中、私に手を振りながら参道を通り、自分が中央を堂々と通るという粗相に気付くと慌てて端へ寄る
律儀な子だ。
参道の入り口に人が立っている。その子はその人にかけ寄ると、手をつないで歩いていく。そして姿が見えなくなる頃に、もう一度私に手を振った。
親子が天王社の外を歩いていくのが分かる。その人はあの子に声をかけていて、それに答える声は嬉しそうだ。
優しそうな母親じゃあないか。お前、独りじゃなかったんだな、よかった。
誰も居なくなった天王社。私は再び空の散歩に戻ろうかと羽を広げたが、小さくなる親子の会話につっこまずにはいられなかった。
「何しょうたん?」
「あんな、ふくろーしゃん!」
「そうなん、ふくろうさんに会うたんな」
「うん!」
違う。何度も言うが、私はふくろうではない。みみずくだ。
私は今度こそ岡山の空の散歩に戻った。
あの親子の姿はもう見えない。おそらく仲良く手を繋ぎながら童歌でも歌っているのだろう。
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翡翠色の毬 化野 佳和 @yato_writer
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