第四話「落武者は薄の穂にも怖ず」
○山間の谷間
浮間直助(22)が山菜を取っている。
直助、意識の無い朽葉市之進(22)が倒れているのを見つけ、
直助「おい、あんた大丈夫か?」
直助、朽葉を背負って里へ降りて行く。
○里の村々(全景)
田圃には青々とした稲とススキが生えている。
○浮間家(全景)
農家の家。釜戸の煙が上がっている。
○浮間家・中・床の間
布団に眠っていた朽葉が目を覚ます。やって来た浮間さな(18)、朽葉が目を覚ましたのに気付き、外へ駆けて行く。
直助とさなが来て、朽葉の隣に座る。
直助「やっと目を覚ましたか」
朽葉「儂は……」
直助「ずっと寝ていたんで心配しただよ」
朽葉、起きようとするが痛みで起きれない。
朽葉「うっ!」
直助「背に酷い斬られ傷があった。無理はせん方が良い」
直助の後ろに隠れていたさなが、朽葉を見る。
直助、怖がっているさなの肩を摩る。
直助「この人は大丈夫だ。野武士じゃねえ」
さな、直助の陰から朽葉を見る。
直助「看病をしたのは妹のさなじゃ」
朽葉「かたじけない。儂は朽葉市之進じゃ」
朽葉、さなの方を見るとさなは土間に駆けて行く。
直助「すまん。野武士に両親を殺されてから、さなは言葉を喋れなくなってのう……」
河辺のススキが突風で大きく揺れる。
朽葉「追手!? 痛っ! 」
朽葉が手元にあった刀を持ち立ち上がろうとするが痛みで立ち上がれない。
直助が笑う。
直助「あれはススキが風に揺れただけじゃ」
朽葉「そうか……」
直助「臆病なお侍さんじゃ」
直助笑い、立ち上がる。
直助「まあ傷が良くなるまでゆっくりして行ったらいい。後で飯を持って来るでの」
直助が土間へ行く。
朽葉、布団を被り震える。
○同・同・同(夜)
眠っている朽葉が汗をかいてうなされている。
隣でさなが朽葉の汗を拭いている。
○同・畑
直助が桑で土を耕していると、朽葉が来る。
直助「もう歩けるんか?」
朽葉「寝てばかりもいられん。儂も手伝う」
朽葉、桑を取り畑を耕そうとするが、
自分の足に桑が当たりそうになる。
朽葉「ひゃっ!」
直助が笑う。
直助「あんた本当に臆病なお侍さんじゃ」 近くでさなが洗濯物を干したり、家の中へ運んだりしている。時々、朽葉の事をチラチラ見ている。
直助、さなに気付き、
直助「さなは侍には絶対に近づかないんじゃが、どうやらあんたは例外のようじゃ」
朽葉「儂は侍なんかじゃないからな……」
直助「確かに。あんたの様な臆病者は儂もさなも侍じゃと思っておらんで」
朽葉、桑を下すが上手くいかない。
直助が笑う。
○里の村々(全景)
田圃の稲やススキに穂が成り、村のあちこちが金色に染まっている。
○浮間家・畑
朽葉と直助が畑を耕している。
○同・同(夕)
朽葉とさなが実った野菜を収穫して家の中へ運んでいる。
○同・中・縁側(夜)
夜空に満月、河辺のススキの穂が風でゆったりと揺れている。
朽葉と直助が縁側に座って酒を飲んでいる。
直助「傷の具合はどうじゃ?」
朽葉「ああ、だいぶ良い」
直助「そうか……」
直助、盃の酒を飲み干す。
直助「市さん。そろそろあんたの事話してくれんか?」
朽葉、酒を飲み干し少しの間の後、
朽葉「儂は侍が嫌になってな、脱藩して蝦夷に逃げる途中じゃった」
朽葉と直助、互いの盃に酒を注ぐ。
朽葉「儂は臆病者だ。人も斬れん。背の傷は国の追手から逃げる時に付けられた傷じゃ」
直助「そうだったか……」
直助、盃の酒を飲み干し、
直助「進さん。進さんが良ければ、蝦夷に行かずにここにおらんか?」
朽葉「冗談を」
直助「儂は本気じゃ。だいぶ畑仕事も様になってきたし、臆病者とは言え、刀を使える者が一人居れば儂らも安心じゃ。それに……」
さなが徳利を持ってやって来て、朽葉の近くに座り月を見る。
朽葉が月を見て懐から横笛を取り出す。
朽葉「儂は人斬りよりこっちが好きじゃ」
朽葉が横笛を吹く。
暫く笛の音に合わせ満月を見る三人。
直助「市さんにはそれが似合っておるな」
朽葉、ススキを見ながら、
朽葉「あんなに恐ろしく見えたススキが今日は美しく見える」
直助「……すまんかった」
朽葉「どうした急に?」
直助「市さんは臆病者なんかじゃないて。ちゃんと立派な心を持っておる」
満月を見る三人。
○同・庭
朽葉、薪を割っている。
さなが割った薪を土間に運んでいる
○同・居間
直助と村人達が話している。
話し終えた村人達が家を出て行く。
○同・縁側(夜)
朽葉が座って月を見ている。
直助がやって来て土下座する。
直助「市さん頼む! 力を貸してくれ!」
朽葉「何があった?」
直助「また野武士がやって来た。儂らと一緒に戦ってくれ!」
朽葉「……すまない」
直助「……どうしてもか?」
朽葉「……すまん」
直助、立ち上がり、
直助「儂が間違っておったようじゃ!」
直助が家の外へ出て行く。
朽葉、暫く月を見て、懐から笛を出して吹き始める。
○同・畑
朽葉が薪を割って、さなが運んでいる。
泥と傷だらけ村人が駆けて来る。
村人「大変じゃ! 直さんが野武士に攫われた!」
さなが持っていた薪を落とす。
朽葉「何だと! どこへ行った!?」
村人「蝙蝠洞窟じゃ!」
村人が村に走って行く。
さなが座り込んで泣いている。
朽葉、泣いているさなに向かって、
朽葉「間違っているのは儂のほうじゃった。さなさん。洞窟はどっちじゃ?」
さなが激しく首を振る。
朽葉、さなの肩を摩り、
朽葉「今だけは侍でいさせてくれ」
さな、朽葉の目を見て山の方を指差す。
朽葉、家の中から刀を持ち、洞窟へ走って行く。
○蝙蝠洞窟
朽葉と野武士が戦っている。
野武士の攻撃を躱し、刀を振る朽葉。
朽葉は傷を負いながらも野武士達を切り捨て、直助を背負い蝙蝠洞窟を出て行く。
○浮間家・庭(夕)
直助を背負った朽葉が歩いて来る。
二人に気づいたさなが駆けて来る。
直助を降ろし、倒れ込む朽葉。
直助、泣きながら朽葉の体を揺する。
直助「市さん! 市さん!」
朽葉「せっかく傷が治って来たのに……これでは又世話にならなければな……」
直助、笑う。
直助「ああ。気の済むまで居てくれ」
朽葉、隣で泣いているさなに向かって
朽葉「さなさん……暫く又看病頼めるか?」
さな、涙を手で拭いながら、
さな「……いつまでも……」
直助、驚き涙を拭いながら、
直助「ああ、良かった。本当に良かった」
直助が笑い、朽葉とさなも笑う。
読む短編映画「百人百色〜あなたの演出で〜」 ゆず⭐︎るる @yuzururu
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