第三話「ハードボイルドの流儀」
○公園・中(深夜)
静かな公園のベンチに男が座っている。
○同・外(深夜)
電柱の陰に中折れ帽を被った村雨敬二(32)がカメラを持って立っている。
チンピラ二人が村雨の側に寄って来る。
チンピラ1「お前ここで何してる?」
チンピラ2「ちょっと話しようか?」
村雨「あ! あんな所に!」
村雨が指を差した方向をチンピラ二人が向いた瞬間に村雨が逃げる。
○栄ビル・外観
銀座にある煉瓦造りのビルディング。
○同・村雨探偵事務所・中
村雨が椅子に座ってバーボンを飲んでいる側に吉祥寺たかし(22)が立っている。
吉祥寺「また仕事断ったんですか!?」
村雨「どうもあの仕事は気に入らない」
吉祥寺「今月は給料は払って下さいね!」
村雨、側の中折れ帽を目深に被る。
扉が開き深澤花江(42)が入ってくる。
花江「相変わらず昼から酒か……部屋にいる時くらい帽子脱ぎなさいよ!」
村雨、帽子をテーブルに放る。
吉祥寺「花江さんも言って下さいよ」
花江「今月こそ家賃払ってもらうからね」
花江と吉祥寺の険しい表情。
村雨、バーボンのグラスを飲み干し、
村雨「まあまあ二人とも。そうだ。千疋屋のメロン貰ったから持ってくるよ」
村雨が台所に行く。
花江「旦那が居なくなって、あいつも変わっ
ちまったよ」
吉祥寺「一体、何があったんですか?」
花江「知らないよ! 男ってのは本当に勝手
な生き物だよ!」
扉が開く音が聞こえる。
花江「しまった!」
花江がテーブルを見ると中折れ帽が無くなっている。
吉祥寺が台所に向かい、
吉祥寺「村雨さんが居ないです!」
○クラブ「椿」・外観(夕)
○同・中(夕)
村雨がカウンターでバーボンを飲んでいる。
カウンターの中に三島えり(30)が立っている。
えり「仕事、ちゃんとしてる?」
村雨、帽子のつばに指をかける。
えり「……私、この仕事辞めて田舎に帰ろう
かと思ってるんだ」
村雨「どうして?」
えり「私もいい歳だからね。それとも村雨さ
んが面倒みてくれる?」
村雨、帽子のつばに指をかける。
えり「都合が悪いと帽子触るの知ってる?」
○栄ビル・外観
○同・村雨探偵事務所・中
村雨がデスクに座って写真を見ている。
扉が開き、熊田吾郎(54)が入って来る。
熊田「どうだ調子は?」
熊田、デスクの写真を取り上げる。
熊田「おお良いの撮れたじゃないか」
村雨「約束は守ってくれるんだろうな」
村雨、帽子のつばに指をかける。
熊田、写真をかき集め懐に入れる。
熊田「来週の火曜に深澤正義を麻薬の取締法
違反で逮捕する。邪魔するんじゃねえぞ」
熊田、事務所を出て行く。
村雨、帽子を目深に被る。
○公園・外(深夜)
村雨、電柱の陰から公園内を見ている。
チンピラ二人が現れる。
チンピラ1「またお前か」
チンピラ2「今日こそ何でコソコソしてたの
か話して貰うぞ」
村雨、チンピラ二人から公園の側に連れて行かれ、殴る蹴るの暴行を受ける。
チンピラ二人が去る。
大怪我をしている村雨、懐から携帯を取り出し電話する。
村雨「すまない。ちょっと助けてくれ」
○栄ビル・村雨事務所・中(朝)
簡易ベットに村雨が寝ている。側に吉祥寺と花江が立っている。
扉が開き、えりが入って来る。
えり「村雨さん! 大丈夫!?」
花江「この馬鹿、寝ているだけだよ」
吉祥寺「医者からは肋骨が折れただけで後は
大丈夫だって」
えり「良かった」
涙目のえり。
村雨が目を覚ます。
村雨「あれ? えりも? どうした?」
満面の笑みの村雨。
えり「本当に馬鹿! 私の気持ちなんて少し
も考えてくれないんだから!」
えり、事務所を出て行く。
村雨、側にあった中折れ帽を目深に被る。
花江「そうやって旦那の帽子を大切にしてく
れるのは嬉しいんだけど、他の人達の事も
少しは考えておくれよ」
吉祥寺「えりさん、きっと心配で仕事中も気
が気でなかったですよ」
村雨「うるせえ」
花江「何だって?」
村雨「うるせえって言ってるんだよ!」
花江「お前、自分がどんな事になってるのか
分かってるのか!?」
村雨「これはな! 女子供には分からねえ事
なんだよ!」
花江「この馬鹿野郎! もう知るか!」
村雨「もう帰れ!」
花江「言われなくても帰ってやるよ!」
花江、事務所を出て行く。
吉祥寺「村雨さん……」
村雨「お前も今日は帰れ」
吉祥寺「でも……」
村雨「これが俺の流儀なんだよ」
吉祥寺「……分かりました。でも絶対安静に
していて下さいね。約束ですよ!」
村雨「分かったよ」
吉祥寺が扉のノブに手をかける。
村雨「吉祥寺」
吉祥寺「?」
村雨「何かあったら頼んだぞ」
○栄ビル・外(夕)
ビルの前でウロウロしている花江。
吉祥寺が歩いて来る。
吉祥寺「花江さん何してるんですか?」
花江「あの馬鹿は何するか分からないから
ね」
吉祥寺「ずいぶん仲が良いんですね」
花江「腐れ縁だよ」
吉祥寺「あのボロボロの帽子は旦那さんのだ
ったんですね」
花江「探偵やってた旦那が蒸発する前に村雨
にやったんだよ。これがハードボイルドの証だってね。くだらない」
吉祥寺「……さあ花江さんも行きましょうよ。美味しいプリン買ってきたんですよ」
動かない花江を押してビルに入って行く吉祥寺と花江。
○同・村雨探偵事務所・中(夕)
花江と吉祥寺が部屋に入って来る。
簡易ベットには中折れ帽が置いてあり、村雨は居ない。
○公園・中(夕)
ベンチにカバンを持った深澤正義(44)が座っている。
村雨が深澤の側に歩いて来る。
○栄ビル・村雨探偵事務所・中(夕)
吉祥寺が帽子を持ち上げると内側に手紙が置いてあり、吉祥寺と花江が見ると「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。これはお前にやる」と書いてある。
花江「あの馬鹿……」
○公園・中(夕)
中澤が立ち上がり村雨と向かい合う。
中澤「俺の帽子はどうした?」
村雨「俺もあんたも潮時って事だ」
中澤「まだ捕まる訳にはいかねえよ」
村雨「花江さんはどうなる?」
中澤「過去の事だ」
村雨が深澤を殴り、倒れる深澤。
村雨「花江さんはずっとあんたを待ってるんだよ!」
公園の周りに覆面パトカーが止まる。
村雨「さあ行くぞ!」
村雨、中澤を立ち上がらせて逃げて行く。
中澤「どういうつもりだ?」
村雨「あそこに車があるから使ってくれ。家賃の代わりにくれてやる」
遅れて熊田と刑事数人が公園内にやって来る。
熊田「絶対、逃がさないからな」
○路地裏(夕)
村雨が肋骨を押さえながら座っている。
懐から結婚指輪を取り出し眺める村雨。村「田舎暮らしも悪くねえか……」
村雨、立ち上がり歩き出す。
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