怪しいカメラマン
さて、金もない。どうしたもんか。
私は風呂に入ろうとし、意外と寒いので午前中は断念して、祖母の作ったうどんを弟と一緒に食べた。
それから祖母の弟さんが来て、なんやかんやと話し込む祖母にうるさいだろうから声を掛けず外出した。
パーカーにアイフォン一つ、頭にはニット帽。
歩いていると、小さな自然が目に入ります。
冬の木枯らしの匂いを嗅いでいると、とても良い心地がします。山河の近いこの地では外の匂いが彷彿としております。
コーナンにて、葉牡丹を愛でる。
飾り葉牡丹というのがあって、これは花っぽい。ふーんと思いながら値段を見る。
へそ曲がりみたいなにょーんと長いのが何故だか一番高かった。
へそ曲がりなのに。育ち幅が広いということだろうか。
へそ曲がりな姉ちゃんが、へそ曲がりなコメントをしてきたので、かるーく無視をしてあげた。
それから南天や正月やクリスマスっぽい花を見ていた。道行くじいちゃんなどが真似してなのかはわからないけど、カメラ片手にプロっぽく歩いてきたりするのが面白く感じられ、コーナンを後にした後も楽しく道を歩いた。
ビルヂングの前に乳癌を検査してくれる車が来ていて、だーれも入っていなかった。
難波からということだけど、この片田舎にわざわざ来られるのはどうにも似合わないな、と思った。
大阪にはお世話になっている市だから、色々と面倒を見てくれるのだろう。うちも大阪に兄がいるし病院もそこなので、似たような境遇だ。
きっと死ぬまで縁は切れぬに違いない。なんてことはない、正直に甘えさせていただこうと思っている。
車を過ぎて、赤信号を待つ。
周りのビルや街が光っている。乳がん検査の車も同化して、なんだか少し浮いた都会の空気が新鮮に感じられた。
青。信号を渡る。
一軒家が建つのだろうな、という土地の写真を撮った。
これから新しく始まる家族の息吹を感じて、何故だか嬉しく思ったからだ。
私の文学は一体どこで培ったものなのだろう。
少なくともこの地であることは確かだ。
それから写真に撮ろうとしてプライバシーに関わる気がして断念した家々から、映画を観ているのだろう、音楽が流れてきた。
中学校にパンを卸しているパン屋さんが、この度目出度く出世してでかいパン屋になった。
ヤンキーの姉ちゃんがその店から二人連れで出てきて、こちらを睥睨するので、反対に無の心地でちらりと見てから、二人が出てきた店へ入った。
くわばらくわばら、敵は作らんこっちゃ。
店はとってもお洒落で小粋なスペース。コーヒーを飲んでいる御仁も店で働くお姉さん方も美しい。溌剌とされている。
「写真撮っていいですか?」
そう聞くと、「はい、いいですよ」と嬉しそうに、色んな意味を込めて嬉しそうにお返事なされた。
パンを選ぶ人々も嬉しそう。
私は人が映らないように、パンをしっかりと写し、アングルを頑張ってみたがどうしてもプライバシーの侵害に当たる気がして人は撮らないでおいた。
そこまで知り合いでもないので、写真を後日渡すわけにもいかないので。こちらの身分は知れてるけど、心ないことはすべきでない。あんまり知らない人に手間を掛けさせるべきでもない。ここは言葉を交わさず、邪魔にならないようにするのだ。
さて私は、パンの可愛い展示を撮らせて頂き、ツイッターなどに決して上げないように気をつけながら店を後にした。
こんな身分の者にも、「ありがとうございましたー」と笑って言って下さった。
ありがたいこと。
置いてもらえるというだけでありがたい。お陰様の精神。主張しすぎるのはブサイクの証拠だ。
そっと、ささっと終えるのが一番いい。
さて、その後帰宅すると祖母の弟さんはおらず、私はすっかり温まったので風呂に入った。
さっぱりーと出てきたところで、本をぽんぽんと袋に放り込み、図書館へと出かけた。
本を返し、それから二階にて本を読んでいたら、おかしな職員さんがぼん、ぼん!と音を立てるので、これは一言、誰かが言わないといけないだろう、と思いたち、俄正義心の元、着いてってもし、と声を掛け、「文句を言う訳じゃないんですけどね、静かな空間でしょう、静かにできないんですか?」と言うと、怒って言ってしまったせいだろう、嫌味程度ににこりと笑い、「すみません」と返されたが、その後は静かなものだった。
周りの人もこのやりとりには注目することもなく。非常に大人なやりとりだったと思う。
私は空間を守りたかったのだ。
疲れた人たちでも励む人たちでも、静かに本を読むという空間を。
そこに女の変なあれやこれや、本を読む人間なら感情論で対話してはいけない。
理性と沈黙にこそ学ぶ間なのだから。
それから帰るとき、意外にも薄情に本が山になったところにぽんと置いて、「仕返し」とミッションコンプリートした。
階段で女子高生の子が道を開けてくれた。私も礼には礼で返し、若くとも尊敬に値する感性とはあり得るのだと思った。
さて、図書館も出て、ウロウロタイム終了。
帰って食パンを3分の1に切り、焼いてコーヒーを淹れると祖母に「さっき食べたでしょ」と叱られた。
「おやつのお時間ですよ」と返すと、「まあ口の減らないこと」とまた叱られた。
それから祖母と畑をちょっといじって、あれやこれや整理整頓し、銀杏の葉が畑に散っているのをああ綺麗だな、と思いながら見つめた。
今月母に三万借りた。
さて来年から、どうするー?働いてみる?と問われ、うん、働くよ、と返した。
母は合点承知之助とばかり、とんとんと事を進めてくれる。
今日も言わないのに市役所にでかけ、私の障害者手帳のことなど諸々しておいてくれたらしい。
ありがたやー、ありがたや。
母とは斯くも素晴らしいものか。
それから弟とパソコンをトレードし、ミニパソコンをまんまと手に入れて、こうしてこれを書いておるというわけです。
あ、秋山の娘がおもろいことしとるぞ、とばかり、笑うお兄さんおじさんおばさんお姉さん多々、市民の方々は今日も優しかった。
田舎特有、走り屋の黄色いオープンカーとバイクが八百屋の前を行ったのをなんだか動物園で豹を見たかのごとく思いながら、私は私の口が災いの元になっているのを若干残念に思いながら、買い物に出かける祖母に「ごめん」と謝り、母に「お祖母ちゃん最近がみがみ言うから」と同情されいや、案外ありがたいことだよ、と返した。
犬を布巾で拭いてやる。
赤ちゃんが来たー!
来る度成長している。
今日はハイハイが上達したらしく、お洒落したいとこを囲み笑うと「にこいちや」と流行の言葉が出たが、見ぬふり知らぬふり〜。まあるく行けばいいじゃない、と素知らぬふり。
赤ちゃんは可愛い。この子は特別可愛い。なんたっていとこが美人だから。
私は絶賛応援派だ。
さて、人の縁とは欲張っても知らんぷりしてもダメなもので、程よく一人を楽しめるくらいが丁度良いのだけど、弟の事など考えだすとつい欲張ってしまう。
一人でも多く縁者を作らねば。そんな感じ。
でも案外一人になっても明彩風雅を楽しめる気持ちがあれば大丈夫なもので、人間一人になっても礼儀さえ弁えていれば大丈夫だ。
私もそろそろ消極的に生き直したいのだけど、どうにも楽しむより他、無いらしいくて。
赤ちゃんの写真を撮りました。
SNSには「あっかんべー、見してやんない!」と独り占めする所存にて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます