第6話 異変
「帰りたくない。」
そんな女々しい言葉を発して、A氏の家をあとにするのだった。二泊三日ほどの滞在だった。
帰りも夜行バスを利用した。夜行バスは眠れる時と眠れない時があるが今回は眠れなかった。何故なら、A氏に言われた自分の体のことがあまりにもショックすぎたのだ。
顔はどうにもできないけど、体だけは美しくありたいという強い意思が私にはあった。努力は裏切ることがあるけど、肉体を美しく保つためにしてきた努力に裏切られてきたことはない。だから、まわりからもスタイル良いよねとよく言われてきた、はずだ。仕事もない、秀でた才能もない…今の私は何の取り柄もないではないか。今回二重アゴと言われた悲しみをバネに帰ったら有酸素運動をする決意をかためながらも、大好きな人に醜態をさらしてしまったことに羞恥の気持ちを払拭できずに、悶々としながらA氏との距離がどんどん離れていくのだった。
昼前に実家に着いて、ようやく私は眠りについた。思い出も何も無いこの借家に安心と安らぎを何故か抱いていた。
目覚めたら夕方になっていた。私は有酸素運動を開始する。ウォークマンに詰め込んだジャズの名盤を聞きながら。頭の中は裏拍。ドラムのリズムが体に刻み込まれる。不規則な音の波が押し寄せて推進するメロディーとは反対に、規則的に自分の足は動き、風の抵抗を受け、音楽の海を掻き分けて進んでいた。
4月…、春といえど東北は寒さがまだ残っているようだ。しかし、5㎞も走れば汗もかくだろう。と思っていた。
汗が出ない。
おかしい。
帰って自分の身体を隈無く見た。胸部と背中の広範囲に湿疹ができていた。肌は赤く染まっている。こんなこと、生きていて初めてだ。
A氏は、私のことなど見ていないということに、この時気付けば良かったと後に後悔する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます