行けなかった……

 結局僕は高校の三年間



「横手のかまくら」へは行くことはなかった。



 横手に行くのを諦めた……訳ではない。




 僕はバイトと学校そして秋田は横手の事を調べるようになった。



 そんな時、



あるイベントのポスターにとても懐かしい人が写っているのを



見ることが出来た。




 僕は、数人の中にいた一人の女性に釘付けになった。




 一目で解った……



佐々木奈々枝であることを……




 彼女は僕が想像している姿よりはるかに美人で



しかも大人の女性になっていた。



 その姿を見た時、



僕は奈々枝は幸せになっているんだ。




 そう勝手に感じていた。



 だが、高校三年の夏。



一通の転送郵便が僕の元に届いた。




 宛先の住所が、前の住所宛てになっていたからだ。



 差出人は「佐々木奈々枝」



 もう中学以来、



来る頃はないと思っていた彼女からの手紙だった。



 嬉しさの半面、



正直その手紙を読むのは勇気が必要だった。



 多分彼女の今の幸せな生活が書き綴られているのだと思っていたからだ……



 だがその内容は違っていた。



 あの「かまくら職人」だったおじいさんが亡くなった事が掛かれていた。




 短い文章で……



そして彼女の携帯の電話番号が最後の方に書かれていた。




 その横に




 「友弥の声が訊きたい……」




 そう書かれていた。




 その日、バイトが終わってからの夜。



 僕は震える指で、



彼女の携帯の番号を押した……



 長いコール音が耳に響く。



 知らないところからの電話だから、



あえて出ないのかも知れない。



 そんな事を考えながらコール音を耳にする。



 自分ではとてつもなく長く感じていたが、



実際はコール音は三回から五回くらいだった。




 「……も、もしもし……」


静かな綺麗な声が返ってきた。



 そして僕が話す前に



 「友弥……君」




僕の名を奈々枝は呼んでくれた。



 「うん……ひ、久しぶり……」



 奈々枝は静かに返す



 「うん……久しぶり……」



 その後少しの間僕らは沈黙を保った。



 お互いに数年ぶりに訊く声。



 正直何を話せばいいのか分からなかった。



 それは多分、奈々枝も同じだったと思う。



 そんな沈黙を僕は……



 「て、手紙……おじいさん……」



 たどたどしい、言葉を並べて奈々枝へ告げる。



 「……うん。本当に急だったから……まだ実感ない」



 「そ、そうか。元気なおじいさんだったからね……」



 「うん……」



 「………………………………………」




 「友弥」「奈々枝」




 二人は同時にお互いの名を呼ぶ。



 一瞬の間が空いた。



 「友弥から言って……」




 「……うん、本当は……去年の2月から横手に行こうとしていたんだ」




 「え、本当?」




 「うん、そのために一年の冬からずっとバイトしている。



でも去年はインフルエンザで行けなくなって、



今年は母さん具合悪くして入院して…行けなかった。


もし行っていれば、



おじいさんのつくったかまくら最後に観れたのに……」



 「そっかぁ。友弥、かまくらに来ようとしてたんだぁ」



 うふふ、と奈々枝は何かを思い出した様に微笑むような声がした。



 「それで、来年のかまくらにはこれそうなの」



 奈々枝は誘うかの様に問う。



 「それが、来年も無理なんだ。



残念だけど……」



 少し間をおいて奈々枝は言う



 「そうよね。友弥大学受けるんでしょ。



だったら難しいわよね」



 「うん、そうなんだ。国立に行きたいんだけど、


学担から今のままじゃ難しいって言われてる。


だから今、バイトと塾掛け持ちしている。


バイトもあと少しで辞めるんだ。



そしたら、あとは受験勉強一筋なんだけど……」




 「国立?


あんたそんなに頑張ってどこに行こうとしてんのよぉ。


まさか東大なんて言わないでしょ……」



 「ま、まさかぁ。東大なんて逆立ちしたって入れないよ……


俺、頭悪いからどんな国立の大学も相当頑張んないといけないんだ」



 「ねぇ、正直どこの大学行きたいのよ」



 奈々枝は何も考えずに言った。



 その問いに僕は、はっきりと




 「秋田大学」そう答えた。




 「え、うそ……秋田に来るの?」




 「うん、第一志望は秋田大学。



センター試験次第だけど……だけど、そう決めた」




 「そうかぁ……」



 それから僕と奈々枝はSNSでよく会話をするようになった。



 ともに今、お互いの進む道を目指すために励まし合いながら……



 奈々枝は、看護師になる為に専門の大学を目指してる。



 僕も何が何でも秋田に行きたい。



 その思い一つ。



 その思いを現実にする為に頑張った。



 もう、



奈々枝に彼氏がいようがいまいがそんな事関係はなかった。




 秋田の大学に入って、


2月の「横手のかまくら」を毎年この体で感じたかった。




 でも正直を言うと、


出来る事なら……



僕の横に奈々枝がいてくれることをどこかで願っていた。

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