想い人へ
まだ、あの頃は恋だの好きだのと言った、特別な感情は感じてはいなかった。
本当に秋田で親しくしてくれている唯一の友達。
それが奈々枝だった。
東京で中学に通い時折、
あの三年間いた秋田の事……いや、奈々枝の事を思い出しながら、
何となく殺伐とした空気が流れるこの街で生活をしていた。
そんなある日、一通の手紙が僕宛に届く。
差出人は「佐々木奈々枝」
その名前を見た時僕は何とも言えない心の苦しさと、
あの彼女の優しい笑顔が目に浮かんできた。
「元気してる?友弥。私は相変わらずだよ。
中学に入ってから部活吹奏楽部に入って毎日練習ばかり……
私はアルトサックスやっているよ。
そうそう今度うち新築するんだぁ。
それで部屋片付けていたら、
友弥と一緒に写った写真見つけて懐かしくて手紙書いたわけ。
友弥は何か部活やってる?
あんた大人しいからやっていても運動部じゃない様な気がするんだけどなぁ。
こっちのみんな元気だよ。
友弥も東京で頑張っているだろうから、私も頑張るよ。
それじゃぁね、
友弥また会えたら嬉しいけど……体に気を付けて」
佐々木奈々枝
同封されていた写真にはアルトサックスを抱えて写る奈々枝の姿があった。
中学の制服姿の奈々枝。
あの時の様なあどけなさからすこしづつ
女性としての面影に変わろうとしている姿に見えた。
すぐに僕も奈々枝に返事を書いた。
でも、僕に書ける事は何もなかった。
毎日が変わり映えのない生活に、
部活も何もやっていない。
特に親しい友達もいなくて、
ただ一人学校と家を往復するばかりの日々の生活。
あの時のかまくらの幻想的な世界が、
未だに僕の心には焼き付いたままだ。
できる事ならまた秋田に行きたい。
本当の気持ちを僕は……書けるわけがない。
ぼくの気持ちとは裏腹に、
今とても充実しているようなことをただ書き綴って送ってやった。
なんだか物凄く感じるむなしさと、
心の痛み。
それからの中学時代、彼女からの手紙は来なかった。
高校に進学をする頃、
僕ら家族は同じ都内だったがまた引っ越しをした。
今いる高校には同じ中学から来た子は誰もいない。
また一からの出直しのようなもの。
また親しい友達もいなくて、
彼女と呼べるような人もいない。
ただ一人きりの日々を送る生活。
そんな高校一年のクリスマス間近の日
僕はあの街並の中にある光り輝くイルミネーションの中に、
白くて大きな二つのドーム型の雪の塊を目にした。
「あの形……」
少し離れた場所からでも僕には、はっきりと解った。
……「横手のかまくら」
おのずと足はその方向に向かう。
あの時僕が横手で見たかまくらの雰囲気とは少し違うが、
間違いなくあの「かまくら」だった。
色とりどりに輝くイルミネーションの光に照らされて、
横手の様に静けさや張りつめた空気の感じはないが、
そのかまくらを見る事が出来た事で、その雰囲気をまた思い出すことが出来た。
そしてそのかまくらの中にいる彼女の姿。
佐々木奈々枝のあの面影が綴じる目から浮かび上がる。
なぜだろう。
気持ちが暖かい。
なぜだろう。
胸がとても苦しい。
そして彼女の事を思うと目にあつい涙があふれ出てくる。
「そうだ、本当のかまくらを見に行こう。横手のかまくらを」
僕はその時思った。
多分、
たとえ横手に行っても僕は自ら彼女、
佐々木奈々枝には会う事は無いと思う。
それは僕には自然と感じている事。
もう彼女も高校生、
僕とは違った想いと生活をしていると思う。
だから、
僕はかまくらを観に行くだけでいい。
そしてあの小学生の時感じた
あの暖かさをまた僕は感じれればそれでいいと……
それから僕はバイトを始めた。
秋田に、横手に行くための旅費をつくるために……
だが、その年の2月の十五、十六日。
僕は東京の自宅のベットの中にいた。
インフルエンザにかかり高熱の中うなされていた。
「なんなんだよう。
せっかくバイトして金ためてようやくいけると思ったのに……」
僕は熱にうなされながら泣いた。
悔しくて…悔しくて、泣いた。
それでもバイトは続けた。
バイトと言えど働くことは大変だったけど
バイト先で知り合う先輩や仲間と出会うことが出来た。
そして前とは違った、
毎日が充実した生活を送れるように感じている自分がそこに居た。
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