小屋住み男のほら吹き話

@4989neko

第1話

あなたが日本男性ならば、ひとりになりたい時、

自分だけの場所を求める時、どんな場所へ行きますか?

町の床屋だったり、碁会所だったり、

今ならネットカフェもありかもしれませんね。


だけど、佐渡では少し違うのです。

佐渡の男は、うたかたの居場所を、お金でつかむことはしないのです。



妻の小言が日夜うるさくて、

つかの間の休日すら休めない時、

男たちは自力で「小屋」をつくるのです。



「囲碁も麻雀も俺がしたいことじゃあねえ、

パチンコなんかで時間と金を無駄にするほど暇じゃねえ。

そうだ、俺は「小屋」を作る!」

そんな少年のような男たちが、佐渡にはわんさといるのです。



小屋持ち人の一人は伝統芸能の師匠であり、

一人は元小学校校長であり、

一人は島の地質学者です。



今回の話は、芸能師匠から聞いたお話。

ほら吹き人ではありませんが、

どこまで信じる信じないかは好き好きでお願いいたしますね…。



「まあ、俺も若い時からはいて捨てるほど仕事の数だけはついてきた。

おおよ、浜辺で豚の解体もしたし、焼き鳥屋のあんちゃんだってやった。

豚の解体の後で食べる豚汁ってのは…、うまいんだな!これが。

見た目は気持ち悪いけどよ。

海女さんみたいに海にもぐってあわびとって居酒屋に売ったこともあった、

それなりにいい金になったぜ。今は密漁禁止ってできねえけどな。

だからな、人を見る目っていうのはあるつもりだ。


だから、そのじいさんを見た時は、ただのボケじいさんには見えなかったんだなあ。え?聞きたいって?


そうだな、そのじいさんは、俺がショベルカーで栗を植えている時にひょこっと現れた。ショベルカーだよ、そう土木工事で使うやつ。あれでやると深く掘れるからよ。


そしたらじいさんがぽっと現れて、口ぱくぱくさせてなんか言ってやがる。

びっくりしてよ、

「なんだよ、じいさん。どこのモンだ」って怒鳴ったら

「どこのモンって、門なんてなかったぞ」とかぬかす。


身なりは旅装束っぽくってよ、愛想はいいんだが、にこにこしているばっかりで、言っていることがどことなく要領得ねえ。


そしたら今度は「栗のにおいがするからきた」っていうんだな。

じじいのくせして獣みたいなこと言うから笑っちまった。



「栗なら、持っていっていいけどよ。変わった物乞いの仕方をするな」って言ったら、「金ならやろうか」って言うから「いらねえよ」って言ってやった。


なんか、にくめねえじいさんなんだよ。

いちいちひっかかるくせに、なんとなく返し方が人懐っこい。

昔の佐渡にはこういう輩がたくさんいたな、なんて、

ちょっと昔の、死んだダチとか思い出したわけだ。


そしたら

「昔は、佐渡にもおもしい奴が多かった。おめえのダチもそうだったな」

なんて話し出すわけよ。器用に栗の皮をこう、コリコリやりながらな。

「じいさんにもいたか、そういうダチが。」

「おおいたとも。だましたり、だまされたり、とんち言い合ってのう。

根に持つモンもおらんかった。若かったから体力もあったし、いくらでも化けられたなあ」

「なんだ、じいさん閨の話か」

「金を貸してくれ、言うたら貸してあげれたしなあ」

「じいさん金持ちか」

「おう金持ちだ」

「なら俺にくれ」

「あげてもいいが、タダじゃああげられん」

「がめついじじいだ」

「笑い転げる話でもいいぞ。小話のひとつもしてみろ」


そう言って、今度は小屋のほうに入っていった。

俺が彫った仏像見てよ、

「なんだお前、仏を彫るのか。どうりで吸い寄せられたわけだ」

とかなんとか、言うわけだ。

「じいさん、興味あるのか」って言うけど返事がない。


中から「知り合いがうようよいるわ」って声が聞こえるから

適当なことを言うじいさんだっていいながら、どっこいしょって小屋に入っていったらよ、じいさん本当に知り合いに会っているような顔するからな。


「なんだよ、じいさん。あの世はまだ近くないぜ」って言ってやった。


しんみりしながら

「いやいや、もうそろそろ終わりにしようと思ってな」ってつぶやくんだ。


「人の心がもうわしらを必要とせなんできた。

別に 鳥居がほしいわけでもないし、祠もいらん。

供えもんだって、酒がちいとばかしあれば十分じゃ。


だが、人がわしらを想う心をなくしてしもうたら、

わしらはもういる意味はないじゃろう。

ばかして、ばかされて、それを許す心がなくて、

どうして生きてる意味がある」


なんだ、じいさん…。おめえ何もんだ、って言おうとしたら、


「ああ、いやいや、昔の知り合いに似ている顔がようけあるもんだから

つい愚痴ってしもうた、堪忍な。」

「…なあに、死んだりなんかせんよ。ちょっと岩の向こうまで行くだけさ」って坂を降りようとするから、なんかあわてちまってよ、つい

「じいさん、持っていけ」って、彫った仏をもたせたんだ。

「いいか、じいさん。生きてりゃあいいことあるからな」

「おまえみたいな人間に言われるようじゃあなあ」

「減らず口たたいてろ」

「おう、ありがとうよ」

「ところでじいさん、おめえどこのモンだ」って最後に聞いたら

「下戸のモンだあ」って言った瞬間、

ぶわあって蜃気楼みたいな風がでたんだ。ぶわあってな。



え?そのじいさんは誰だったかって?

間違いないね、あれは団三郎だ。

そう金山の近くの二つ岩の団三郎よ。

最近、祀っている祠に雷あたって、火事で燃えただろう。

もう参拝者も少ないし再建できないだろうなあ、って和尚が言ってたが、

あれだけ盛っていた神社がなあ。

あの世に行く方法だかなんだか知らねえが、随分と派手にいったもんだな。


俺としては、団三郎の顔をせっかくみたんだ。

よく似た仏さん掘って、市で売ろうかって思っているんだ。

今時そんなの流行らないって?

ばあか、流行りっていうのはなあ、作るもんなんだよ。自分でな。

あちらにとっては、気安く散歩にでも行っているつもりかもしれねえからな、

自分の祠がさわがしくなれば、ちっとはけえってくる気になるだろうよ」。

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