第二章 遊歩

第8話 クーたんとクローバーの丘に行った日



「なんで!なんで!知らない!わかんない!クーたんなんて、クーたんなんて、大っ嫌い!」




第二章 『遊歩』



 二羽のウサギが小さな山の頂上で今日も一緒に座っておにぎりを食べている。


クーたん「おいしいね。」


フツウサ「おいしいね。」


 いつの間にか、季節は移り、お日様が頭の上にいる時間は長くなった。クーたんとの遭遇、そして自らの名前が決まったこともきっかけに、ボチボチと他のウサギとの交流も増えてきたフツウサ。しかし、クーたんと一緒に過ごす時間は、相変わらず一日の少しの間だけだった。だけどその少しの時間はフツウサにとって、とても楽しくて幸せな時間だった。


クーたん「さて、もういくね。」


フツウサ「今日も修業に行くの?」


クーたん「そうだね。」


フツウサ「クーたん、修業って、毎日どんなことをしているの?」


クーたん「うーん・・・本を読んだり、座禅を組んで考えごとをしたりだね。」


フツウサ「本を読んで、ザゼン・・・。一羽で?」


クーたん「うん。そうだね。」


フツウサ「それを毎日すると、どうなるの?」


クーたん「うーんとね・・・自分はね、自分が何者で、何を求め、何をやりたがっているのかを知りたいんだよ。」


フツウサ「毎日修業をすると、それが分かるの?」


クーたん「たぶん・・・ね。」


フツウサ「・・・。」


クーたん「じゃあ、またね。」


フツウサ「うん、またね。」


 今日もクーたんは一羽で修業に行ってしまった。


フツウサ「自分が何者で、何を求めて、何をやりたがっているか、か・・・。」


 フツウサはポテッと寝っ転がって、つぶやく。


フツウサ「とりあえずフツウサは、もっとクーたんとおしゃべりがしたいなぁ。」


 フツウサはそう声になったあと、弾けるように起き上がって、いつものようにタカタカと山道を一羽で走っていった。



 フツウサが、花を見たり、虫を見つけたり、川を眺めたり、クネクネ蛇行して走ったりしていると、いつものように空がオレンジ色になってきた。


フツウサ「よし、帰ろう。」


 いつも目的を決めずに走っているフツウサは、自分が今どこに、どういう道筋で走ってきたのかをわかっていないが、自分の家がどっちの方向にあるのかはなんとなくわかる。フツウサが自分の家のありそうな方へと向かおうとすると、


クータン「やあ。」


 聞きなれた声が聞こえた。


フツウサ「あ、クーたんだ!」


クーたん「今から帰るところかい?」


フツウサ「そう、これからおうちに帰るの。」


クーたん「ちょっと一緒に歩かないかい。」


フツウサ「本当に?いいね、いいね!クーたんこれからどこかいくの?」


クーたん「うん。クローバーの丘に取りに行くものがあるんだ。」


フツウサ「一緒にいくよ!」


 フツウサはクーたんと一緒に、嬉しそうに歩き出した。


フツウサ「帰り道に会うなんて珍しいね、クーたん。」


クーたん「そうだね。いつも自分は、修業が終わったら真っ直ぐ家に帰るからね。今日はたまたま用事があったんだ。」


フツウサ「そうなのかぁ。」


クーたん「今日は大分暑い日だったね。フツウサは暑いの好きかい?」


フツウサ「好きだよ。走ってるとクラクラするけどね。」


クーたん「ふふっ、フツウサは元気だなぁ。」


フツウサ「あれ?」


 二羽が喋りながら歩いていると、向こうの方から一羽のウサギが歩いてくるのが見えた。


クーたん「やあ!」


フツウサ「やあ!」


?「あ・・・こ・・・こんにちは・・・。」


 そのウサギは耳がとーっても長く垂れていて、その耳で体全体を覆い隠すことができちゃうウサギ。毛の色は濃い灰色。いつも不安そうにおどおどしていて、自分の耳にすっぽりと隠れている。ロップイヤーという種類のウサギなので、みんなにはロップさんと呼ばれている。


クーたん「これからクローバーの丘に行くんだ。」


ロップ「そう・・・、なんですね・・・。」


フツウサ「ロップさんも一緒に行く?」


 ロップはフツウサの突然の申し出に驚き、サッと長い耳で顔と体を隠し、考え事を始める。


ロップ((クローバーの丘・・・。私の家とは逆の方向・・・。遠い、こわい、迷子、こわい、暗くなる道、こわい、遭難してしまうかもしれない。ああああああ。))


 ロップは顔と体を長い耳で隠しながら、聞き取れないような声でブツブツ何かを言っている。


 クーたんとフツウサは、道から見える小川にプカプカと浮かんでいる水鳥を見ながらロップの返答をのんびりと待っていた。



クーたん「さて・・・そろそろ行こうか。またね、ロップさん」


フツウサ「そうだね、またねロップさん。」


 結構な時間、ロップの返答を待っていた二羽だったが、ついにテクテクと歩いて先に行ってしまった。


ロップ((あああああこわい、こわい。でもここで勇気を出せば、仲良くなれるかもしれない。友達になれるかもしれない。でもこわい、こわい。うん、よし、今日は、用事があるといって断ろう。丁寧に断ろう。そうすればあんまり印象も悪くないし・・・。次につながるかもしれない。うん。うん。そうしよう。))


ロップ「あの!」


 ロップが意を決して顔を上げると、そこにはすでにクーたんとフツウサの姿はなかった。


ロップ「ああ、また誰もいない・・・。」


 落胆のため息をついたロップは、また小さな声で何かブツブツと言いながら去っていった。




 クーたんとフツウサはクローバーの丘にやってきた。


 丘に着くとすぐに、一羽のウサギがクーたんとフツウサに話しかけてくる。


?「やあ、クータン。お、今日はフツウサも一緒だね。」


 クローバーの丘で害虫駆除の仕事をしているウサギ。みんなには、かいぞうさと呼ばれていて、本人もその呼ばれ方を気に入っている。顔も体もつぎはぎだらけで左腕には真っ赤な大砲、害虫バスターが取り付けられている。毛の色は身体の半分が濃い灰色で、もう半分が薄い灰色。


 もともとクローバーの丘の管理ウサギだったらしいのだが、何かの事件に巻き込まれたのか、気が付いたらこんな身体になっていたという。本人は、別に痛くもかゆくもないし、仕事にも支障はないから・・と特に気にしていないし、周りのウサギも、彼に何が起こったのかを考えると怖くなってしまうので、もう最初からこういうウサギだったのだと思うようになった。


かいぞうさ「いつものだね?量はどうする?」


クーたん「うん。カゴいっぱい頼むよ。」


かいぞうさ「今月は豊作だから、お代は月末にまとめて三本でいいよ。」


クーたん「ありがとう、助かるよ。」


 この星の経済は大体ニンジン交換で回っていて、物の取引にはニンジンを使って行う。したがってこの星で資産家と呼ばれるウサギは、大きなニンジン畑を持っているウサギということになる。


 ただ、例えばこれを取引するにはニンジンが何本必要、という相場的な感覚にこの星のウサギは疎いようで、取引はそれぞれのウサギ達の間で、かなりファジーに行われているようだ。例えばクローバーの葉をたくさん分けてもらうような取引には、今月はニンジンが三本必要だったが、来月はどうなるかはわからない。


 だけどそれによって誰かがとても困ることも、誰かがとても得するようなこともなく、この星のウサギ達の社会はうまく回っているのだった。


フツウサ「クローバーいっぱいでキレイだなぁ。」


 久しぶりにクローバーの丘に来ることができたフツウサはとてもニコニコしていた。


 

 クローバーの丘からの帰り道、歩きながらお話ししている二羽のウサギ。


フツウサ「ところで、クーたん。そんなにいっぱいのクローバー何に使うの?」


クーたん「クローバーはね、良質な燃料になるんだよ。」


フツウサ「燃料?」


クーたん「ふふっ。」


フツウサ「クーたん、もらったクローバー・・・三つ葉ばっかりだね。幸運の四つ葉見つからないかなぁ。」


 フツウサは、急に立ち止まって、クーたんが抱えているカゴに手を突っ込んで、四つ葉のクローバーをガサガサ探す。


クーたん「もし、四つ葉が見つかったら、フツウサにあげるよ。」


フツウサ「クーたんいらないの?幸運の四つ葉。」


クーたん「自分はね、三つ葉が好きなんだよ。四つ葉のような珍しい幸運を願うよりも、三つ葉のような当たり前で安心の毎日に感謝ができるようでありたいんだ。」


フツウサ「ふーん。そうなのか。クーたんは、フツウが好きなんだね。」


 フツウサは何か嬉しそうな顔をして、クーたんのカゴから手を引っ込めて、四つ葉を探すのをやめた。


クーたん「ふふ。さて、真っ暗になっちゃう前に帰ろう。」


フツウサ「うん。このまま途中まで一緒に帰ろ!」


 二羽は夕暮れの中、途中まで楽しく一緒に歩いて、それぞれの家に帰っていった。

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