第7話 私が私になった日


 次の晴れた日。ウサギは今日も星ウサギに会いに、山への道に向かって走っていた。しばらく雨が続いたので、まだ返すことができてない、広がったままの傘を持ち、走る、走る。


 しかし、今日はどこかおかしい。


 いつもなら、気持ちよくタカタカ走れるのに、今日はなんだかノソノソとしか走れない。


ウサギ「なんでだろう?」


 ウサギは首を傾げる。


 広がる傘に風の抵抗をいっぱいに受けながら、ウサギはいつもより体に力を入れて、頑張って走った。


 少し遅くなってしまっていたが、今日も星ウサギは山の頂上に座っていた。


星ウサギ「やあ。」


ウサギ「やあ。」


星ウサギ「今日はちょっとのんびりだね。」


ウサギ「今日は、何だかタカタカ走れなかったんだ。」


星ウサギ「そう、今日は何だかタカタカ走れなかったんだね。」


ウサギ「はい、これ。」


星ウサギ「ああ傘だね。」


ウサギ「ありがとう。おかげであの日の帰りは雨に濡れなくてすんだよ。」


星ウサギ「どういたしまして。」


ウサギ「雨が・・・。」


星ウサギ「うん?」


ウサギ「傘をさしたら、雨が・・・ちょっとだけ嫌じゃなかった。」


星ウサギ「ふふっ。それはよかったね。」


 優しく微笑んだ星ウサギは、スッと傘をたたみ、クルクルっと小さくした。


ウサギ「わっ、そんなに小さくなるのか、傘。」


星ウサギ「ふふっ。たたまないと風で飛ばされちゃうからね。」


ウサギ「飛べるのか!傘。」


星ウサギ「ふふふっ。」


 ウサギは星ウサギの一言一言に新鮮な驚きを見せる。


ウサギ「今度ちゃんとお礼するね。」


星ウサギ「ふふ。気持ちだけでいいよ。さあ、ちょっと遅くなっちゃったけど、おにぎりを食べよう。今日も二つ持ってきたよ。」


ウサギ「今日、お茶持って来たんだ。」


星ウサギ「おお、ありがたい。」


 星ウサギは優しくウサギにおにぎりを渡し、ウサギは熱々のお茶をそーっと入れたマグカップをこぼさないように星ウサギに渡した。


星ウサギ「今日の具はツナマヨにしてみたよ。」


ウサギ「ツナマヨ・・・。」


 ウサギは元気良くおにぎりを頬張る。いつものように地味で優しい味。


ウサギ「ふむふむ。」


 ウサギの二口目はツナマヨに到達した。ツナとマヨネーズのハーモニーはウサギに十分な旨味を与えた。


ウサギ「あれれ。」


 幸せいっぱいなウサギがもう一口おにぎりを食べようとすると、ツナの油でご飯粒がパラパラして、おにぎりが崩れ始めてしまった。


星ウサギ「あらら、おにぎり崩れちゃったね。ツナの油のせいだね。ツナの油抜き難しいんだよなぁ。」


 ウサギは崩壊していくおにぎりをこぼさないように、一気にサササッと食べきってしまった。


ウサギ「ふう、忙しかった。」


星ウサギ「ふふふっ。良い食べっぶりだね。」


 今日は、星ウサギの午後の修業はお休みだそうで、そのあと二羽で長くお話ができた。


 天気の良い、山の頂上の昼下がり。二羽は汗もかかず、寒がってもいなかった。


 二羽で寝っ転がりながらしばらくのんびりしていると、


ウサギ「星ウサギさん、あなたは誰ですか?」


 急にガバッと起き上がって、ウサギが星ウサギにたずねる。


星ウサギ「・・・?」


ウサギ「こわい何かですか?」


星ウサギ「こわい何かではないよ。たぶん。」


ウサギ「うん。あなたはこわい何かではなかったね。」


星ウサギ「ふふっ。よかった。」


ウサギ「ねぇ、あなたは誰?あなたは誰なんですか?」


 ウサギは星ウサギに向かって繰り返し問う。


星ウサギ「・・・ふふっ。なんだか、君が君自身にたずねているような感じだね。」


 星ウサギは少し笑って言った。


ウサギ「・・・?」


 ウサギは首を傾げている。


星ウサギ「自分は・・・、自分は一体誰なんだろうね。」


 寝っ転がったままで星ウサギは応える。


星ウサギ「自分でも、自分が何者かなんてわからないんだよ。どこから来て、どこに行くのかもね。」


ウサギ「そうなのか・・・。」


星ウサギ「ウサギさん・・・。君は誰ですか?」


 今度は星ウサギがウサギに聞き返す。


ウサギ「わ、私は、ウ、ウ、ウサギです。」


星ウサギ「ふふっ。そうだね、君はウサギだね。自分もウサギだ。」


ウサギ「あなたは星ウサギだよね。私は何ウサギなんだろ・・・?」


星ウサギ「ふむ・・・。実はこの前、家にある本をいっぱい見て、調べてみたんだけど、君が何ウサギかっていうのが結局わからなかったんだ。」


ウサギ「・・・ううっ。」


星ウサギ「なんかね、本当に調べれば調べるほど普通のウサギだった。特に特徴のない、普通のウサギ・・・。」


ウサギ「・・・フツウのウサギ。」


星ウサギ「うん・・・。」


ウサギ「・・・。」


星ウサギ「・・・なんかごめんね。」


 しばらくうなだれている二羽のウサギ。


ウサギ「・・・クーたん!」


星ウサギ「?」


ウサギ「お互いに名前を付けようよ。あなたの名前はクーたんね!」


星ウサギ「クーたん?自分は、星ウサギだよ?」


ウサギ「それは、あなたの種族の名前でしょ。そうじゃなくて、あなただけの名前、クーたん!」


星ウサギ「自分だけの名前・・・クーたん・・・。」


ウサギ「そう、クーたん!あなたどこかクールだから、クールのクーたん!うふふ。素敵、素敵。」


星ウサギ「クールのクーたん・・・。ふふっ。素敵だね。そんな素敵な名前をもらってもいいのかい?」


ウサギ「いいよ!いいよ!クーたん!クーたん!」


クーたん「ありがとう、今日から自分は、クーたんになるね。」


 クーたんはとても嬉しそうに、そして照れくさそうにしていた。


クーたん「それじゃ、君にも名前をつけよう。何がいいかな?」


 クーたんは腕をくんで、考える。


ウサギ「えっと、私は、ウサギ、フツウのウサギ・・・。」


クーたん「ウサギ、普通、フツウ、ウサギ・・・それじゃ、フツウサっていうのはどうだろう?」


ウサギ「フツウサか、うふふ。いいね。カッコいい名前だ。」


クーたん「よし、じゃあ、今日から君はフツウサだ!」


フツウサ「やったー!フツウサ!フツウサ!私は、フツウサ!」


 小さな山の頂上で、二羽のウサギの元気な声が響いていた。




 いつなのかわからない時、どこなのかわからない場所。たぶん小さな星の小さな国なのだろう。たぶん小さな町の小さな家なのだろう。その家から走ってけっこう行ったところにある山の頂上で座って、ニコニコ話をしている不思議な二つの生物。


 白くてももこもこしている何か。マシュマロみたいにフワフワで、さわるとたぶん柔らかい。頭から二つ伸びている、みょーんと長いのはたぶん耳で、敏感にひくひくと動いている。おそらく私たちの世界の言葉で表現すればウサギと呼ばれることになるだろう。


フツウサ「クーたん!」


クーたん「なんだい?フツウサ。」


 興奮冷めやらぬフツウサがクーたんに問う。


フツウサ「フツウってなに?」


クーたん「・・・!?」


フツウサ「・・・?」


クーたん「なるほど、そうあらためて聞かれると難しい問題だな。」


 そんな二羽のウサギの出会いと別れのお話。

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