第2話 ある晴れた春の日
ある春のとき、いつの間にか外は晴れていた。
ウサギは歩くのが好き。走るのも好き。ウサギの日常には考えてもわからないことばかりがあふれているが、好きだというこの気持ちだけは、考えなくてもはっきりとわかる。だから外が晴れているのなら、いつもスタスタと二足歩行で歩くし、いつもタカタカと二足歩行で走る。
ウサギの行動に特に目的は必要なかった。今日が晴れているなら、ただ歩き、ただ走る。それで充分。その日も歩くために歩いていたし、走るために走っていた。
ウサギはいつもどこを目指して行くかは決めていない。前と同じ道を通ることもあれば、違う道を通ることもある。全ては気の向くまま、身体の向くままである。その日は、とても久しぶりに、小さな山の頂上へ向かう道を走っていた。
ウサギ「ビクッ!」
気持ちよく山道をグルグル走っていたウサギは何かに気づいて、ピタッと足を止める。ウサギが遠くに見えてきた山の頂上をジーっと見ると、そこに何かが座っているのだ。ウサギはドキドキしながら、用心深く様子をうかがう。
ウサギ「何か・・・いる?」
ウサギは少しずつ慎重に山の頂上に近づきながら、目を凝らして、その何かを見つめた。
白くてもこもこしている何か。マシュマロみたいにフワフワで、さわるとたぶん柔らかい。そんな何かが山の頂上に座っていた。頭から二つ伸びている、みょーんと長いのはたぶん耳で、敏感にひくひくと動いている。小さな山の頂上に座っているその何かも、おそらく私たちの世界の言葉で表現すればウサギと呼ばれることになるのだろう。
しかしその山の頂上に座っている何かをおそるおそる見つめているこのウサギは、まだ自分以外のウサギと遭遇したことがない。だから自分がウサギであるということもよくわからないし、相手が自分と同じウサギであるということもよくわからない。
臆病なこのウサギは、今までいなかったものと接触するのがすごくこわかった。
このまま回れ右して、山を下りて他の道を進んでいけば何事もなく、これまで通りのウサギの日常に戻れる。
ウサギ「何もいなかったことにしようかな。」
ジワリジワリと山の頂上付近まで歩いてきてしまっていたウサギは、クルリと方向転換をして、そのままソロリソロリと来た道を引き返そうとする。
バキッ!
ウサギ「あっ。」
その時、思いがけず落ちていた大きめの枝を踏んづけてしまったウサギ。それなりの大きな音を立ててしまった。
?「うん?」
山の頂上に座っていた何かが、その音に敏感に反応し、ウサギの方を見る。
ウサギ「ギクッ。」
?「・・・やあ!」
その何かはその場に立ち上がり、山の上からちょっとだけ手を振って、大きな声でとても簡単にあいさつをした。
ウサギ「あっ・・・。」
ウサギはびっくりして硬直してしまう。
?「こんにちは。初めまして。自分と同じ、耳の長い、白い毛のウサギさんだね。」
ウサギ「ウ・・・サギ?」
ドキドキしてしまっているウサギが微かに聞き取れたのは、その「ウサギ」という言葉だけだった。
そして気がついたときにはウサギは、来た道をタカタカと走って戻ってしまっていたのだった。
?「行っちゃった・・・。あのウサギさんと仲良くなれるといいなぁ。」
あいさつも返さずに、急に走り去ってしまったウサギを見送った何かは、手に持っていた白い三角を大事に抱えながら、その場に寝ころび、ワクワクしながら空を見上げた。
一方、急いで逃げ帰ってきてしまったウサギの方は、いつもより短い道のりで家に着いてしまったので、時間を持て余し、退屈になってしまっていた。
退屈になると忘れたいこと、なかったことにしたいことも思い浮かんでしまう。
ウサギは自然とさっき遭遇した何かのことを思い出していた。
ウサギ「あれは、何だったんだろう・・・?」
ちょっと離れたところから見た何かの姿。
白い毛、長い耳、ほっぺたには特徴的な赤い星に見える模様が見えた。そしてなぜかとても興味をそそられる白くて三角の物を手に持っていた。
ウサギ「ウ・・・サギ・・・星・・・ウサ…ギ?」
ウサギはやることがないので早々におふとんをかぶって寝てしまおうと思ったが、その日の夜はドキドキしてなかなか眠れなかった。
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