第5話

そのころ、怪人となった太郎はぼんやりとした意識で、大パニックになった町を見ていた。

「あはは。面白いな。俺が好きなキャラクターが目の前にいる」

太郎は目を細めて喜ぶ。

彼の思うとおり、町には半透明の漫画やアニメのキャラクターがあふれていた。

互いに光のビームを出して打ち合ったり、剣や斧で戦ったりしている。

ほかにも数え切れないほどの魔物が、人間を襲っていた。

「あはは。やれやれ!これが俺がいつも思っていた、理想の世界だ!」

ぼんやりした意識の中で、太郎は思う。

そう、これは彼にとっての理想の社会だった。

頭のよさやスポーツの成果、容姿や金やコミニュケーション能力で差別されない世界。

人々は襲い来る魔物という存在に協力して立ち向かい、努力とは無縁の不思議な能力を持ったヒーローがもてはやされる自由な世界。心の奥底でこうなることを望んでいたのである。

理想世界の到来に喜ぶ太郎の前に、一人のゴーグルで顔を隠した少女が立った。

「これがあなたの能力なのね。頭の中の妄想を現実世界に幻影として出現させる能力。彼らは物理的には干渉できないけど、神経に電気信号を与えて痛みなどを与えることができるのね。なんて中途半端な能力なんでしょう」

太郎の前に立ちふさがった少女はそういいながら、自分の額に手を当てて叫んだ。

「 アンゴルモア覚醒。タレントカード『恋人』発動」

少女の全身が輝き、光の中に彼女の姿が消えていく。

光が収まったとき、キチッとリクルートスーツを着こなし、ピンクのゴーグルをつけた20歳前半の女性が現れた。

顔はサクラそっくりだが、子供っぽさが消えて凛々しい顔だちになっている。

サクラの数年後のような容姿をしていた。

「私はソーサリーの一人、『恋人』のカードを持つ女。オフィススイート!」

ピシッとはいたストッキングをひけらかせて、女性は堂々と名乗る。

「悪に堕ちたアンゴルモアの子、ニートマンよ!私が指導してあげるわ!」

オフィスピンクが高らかに宣言すると、見ていた観衆から大歓声が沸き起こるのだった。


「悪に堕ちた?ニートマン?いったいこいつは何を言っているんだ。邪魔だな」

ランプと杖を持った怪人になった太郎はそう不快に思う。

「俺の目の前から消えろ!」

周りにいる幻影の魔物たちに命令すると、彼らはいっせいに飛び掛った。

「くっ!このっ!スイートペンサーベル!」

ボールペンのようなものから光の剣が出て、幻影怪物たちを切り刻む。

しかし、多勢に無勢で、オフィススイートは怪物たちに押し倒されてしまった。

「ぐへへへへへ……」

なぜか怪物たちは、いやらしい声を出してオフィスピンクを拘束する。

「な、何をするつもり!いや!こないで!変質者!」

怪物にたかられたスイートは、悲鳴を上げて身をよじる。

その姿は周りのオタクたちをますます魅了した。

「おまえら!けしからん!もっとやれ!」

怪物たちにそんな声援を送る者もいる。その声援にこたえるかのように、怪人となった太郎はゆっくりとスイートに近づいていった。

「ぐふふ……」

「いやっ!」

太郎がスイートの胸めがけて手を伸ばした時、一筋の光が差し込んできた。

「ぐふっ?」

太郎が不振そうに空を見上げたとたん、体に激痛が走る。

空から白く輝く王笏が降ってきて、太郎の体を刺し貫いたからだった。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」

痛みにもだえる太郎の前で、半透明の怪物たちは静かに消えていく。

自由になったスイートは、天を仰いで感謝の祈りをささげた。

「これは「帝王の笏」マルス様……感謝します」

手を胸の前に組んで祈り、次に太郎をムシケラのような目で見つめた。

「この下賎なスケベ野郎め!あんたなんかにソーサリーの一員になる資格はないわ。そのタレントカードがもったいないわよ!」

スイートはピシッと太郎の額に輝くカードを指差す。

何がなんだかわからなかったが、太郎の体にこの上もない恐怖が走り抜けた。

「ゲ、ゲーム……」

そういって逃げようとする太郎の前で、スイートはポーズを決める。

「社会で通用すること!それは美人であること!愛されること!ハートラブフラッシュ!」

ピンクのゴーグルをした髪の長いOLが投げキスすると、ハートの形の光が怪人を打ち抜く・

太郎はなすすべもなく、その場に倒れこんだ。

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