第2話

「新宿駅で、悪の組織ヒキニートと名乗る者たちが現れ、テロ行為を行いました」

アナウンサーがそういうと同時に、現場に中継が入る。

黒いジャージを着た男たちが、ニートニートと騒ぎながら町を走り回る。彼らがもっている黒い水差しからは、真っ黒いガスが吹き出ていた。

そのガスを吸ったほとんどの人間は気絶して倒れていく。

「あはは。こんな世界、ぶっ壊しちゃえ。世界は私のものよ!」

彼らの中心で御輿に乗っているのは、黒いパジャマのビン底メガネの小柄な女である。

「反社会組織ヒキニートの総統、フジョーシ様」

「世界をよりよく!ダメ、ブラック企業」

その周りでは、黒ジャージたちが彼女を崇めていた。

「あはは……なんだこいつら。新手のデモかな。でも、面白いな」

太郎がテレビを食い入るようにみつめる。久しぶりに面白い事件が起こって、ワクワクしていた。

画面が変わって、テレビ局のスタジオに移る。

呆れた顔をした司会者が、彼らに質問をした。

「彼ら、反社会組織ヒキニートの目的はなんなのでしょうか。それから戦闘員の皆さんは、就職先がないのでしょうか?しきりに「ブラック労働反対」と訴えていますが……」

アナウンサーの声に侮蔑が混じる。黒いタイツの男たちは「ブラック企業追放」「法令遵守」「最低賃金1500円以上」などが書かれた襷や鉢巻をして、テレビカメラに向かってアピールしていた。

「単なるデモでしょう。しかし、人に迷惑をかけるのはよろしくありませんね。だいたい、今の若い人には努力が足りないのですよ。私たちが若いころには、一生懸命働いたものです。時間なんて気にしなかった。そうすることで、今の日本が……」

中年のコメンテイターが腹ただしげにそういったとき、現場から中継が入る。

「あっ!今、空を飛んで誰ががやってきました。し、信じられませんが、確かに空を飛んでいます」

あわててカメラが現場を映し出す。ビルの谷間に、ビジネススーツをビシっと決め、なぜか王冠をかぶった男が空を飛んでいた。

男が黒ジャージたちの上空に来ると、錫杖から怪光線を放つ。

「指導フラッシュ!」

その光に当てられると、あっという間に黒い霧は消えていった。

「マルス!何をするんだ!せっかく私の仲間を探していたのに!」

フジョーシと呼ばれていた女が怒りの声をかげるが、マルスは首を振る。

「フジョーシ。いい加減にこんなことはやめて、私のもとに帰って来い。一緒に手を取り合って世界を征服するんだ。そうすれば……」

「ふん。あんたなんかお断り」

フジョーシはアカンベーをすると、まだ生き残っていた戦闘員たちに守られて逃げ出していった。

スーツの男はため息をつくと、空に飛び上がって去っていく。

あとには多くの気絶した人々が残るのだった。

「あははは!なんだこれ!面白い!」

テレビの前で、太郎は腹を抱えて笑っている。

しかし、やがて彼らが自分の人生に深くかかわってくるようになるとは、このときの太郎はまったく考えてなかった。


それから数日間は、突如現れた悪の組織ヒキニートと、正義の味方オフィスマンの話題でもちきりだった。

「悪の組織ヒキニートは、人々の労働意欲を奪って日本をニートの国にしようとしている」

「正義のヒーロー、オフィスマンはそれをとめようとしている。社会人の鑑だ」

などと興奮して話すものもいれば、別な意見もある。

「ヒキニートの言っていることは正しい。日本くたばれ!」

「俺はヒキニートに参加する!」

ネットの中では、突如現れた悪の組織を自分たちの代弁者だと英雄刺する者も多かった。

そして、太郎には―

「ねえ太郎君、久しぶり。元気にしていた?」

数ヶ月ぶりに、女性から電話がかかっていた。

「さ、サクラか?あ、ああ、俺は元気だよ」

学校に通っていたときは無視されていたが、久しぶりに初恋の女の子から電話がかかってきて、太郎のテンションが上がる。

「ねえ太郎くんは、たしかネットゲームっていうのかな?パソコンのゲームが得意って聞いたけど」

「あ、ああ。自慢じゃないけど、ドリームファンタジーってネットゲームでは伝説の勇者扱いされているぞ」

太郎はなぜか胸を張って自慢する。時間をもてあました太郎は、ネットゲームに明け暮れていたせいで、その世界では有名人になっていた。

「そ、それそれ。今度私もそのゲームのお姫様?みたいなキャラクターの声優をやることになったんだ。今度の日曜日、秋葉原でイベントを行うんだけど、来てくれない?」

「え、いいのか?」

サクラに誘われて、太郎は天にも昇る気になる。

「いく。いくから!」

「楽しみにしているね!」

楽しそうな声を最後に、サクラからの電話は途絶えた。

太郎はウキウキして、今から準備を始める。

「これがきっかけになって、昔みたいな仲のいい関係に戻れるかな……?」

太郎の頭の中では、幸せな未来の想像でいっぱいだった。

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