第39話 起業
「やっぱりダメだったね……」
帰りの車の中で、穂香はポツリとつぶやく。
しかし、新人は男の話から重要なヒントをつかんでいた。
「いや、でも収穫はあったよ。要するに、あの人が言っていたダメなところを全部削っていけばいいんだ」
「ダメなところって?」
穂香が首をかしげる。
「まず、家賃がかからないようにする。これは、あのビルの一階を使えばいいと思う」
新人は結婚するときに、自分の持っている不動産についても全部穂香に話していた。
小さい市の駅前にあるビルも案内している。
「あそこかぁ……まあ、確かに駅に近いから、お客さんはこないわけじゃないと思うけど」
穂香はビルの一階店舗部分を思い浮かべてつぶやく」
「あそこで、仕入れがいらず、加盟料も要らず、経費もかからない、二人だけでできる商売をすればいいんだ」
新人は思いついたことを穂香に離す。彼女は意表をつかれたような顔をした。
「それは……たしかに経費はかからないかもしれないけど、うまくいくかな?」
なおも不安そうな顔をする穂香を、新人は熱心に説得する。
「大丈夫だよ。それに、あそこに引越しして今の家を貸し出しすれば、6万円で借り手があると思う。だから今の家賃とあわせて、毎月何もしなくても26万5000円は入ってくるんだ。だから、よっぽど変な事をしない限りは、なんとかなるよ」
「でも……」
「二人でがんばろう。もう、誰かに自分の運命を決められてしまう、勤め人は嫌なんだ」
あまりにも熱心な新人に負けて、ついに穂香も折れる。
「わかった。新人君の思うようにすればいいよ。私も協力する」
「ありがとう。やっぱり穂香は最高の嫁だよ」
そういって、新人は最高の笑顔を浮かべるのだった。
そして半年後
電力会社のコールセンタへーが閉鎖され、新人と穂香は晴れて無職になる。
「それじゃ、ちょっと遅かったけど、新婚旅行に行こう」
「楽しみ! 」
新人と穂香は一週間のオーストラリア旅行に旅立つ。
各地の名所を回り、コアラやカンガルーなどの動物にふれあい、初めての海外旅行を堪能した。
そして、二人の新居である、新幹線の停まる駅の近くにあるビルに帰ってくる。
きれいにリフォームされたビルの一階の店舗部分には「ネットライフ」という看板がかかっていた。
新人は新しい仕事として、インターネットカフェを開業することを選んだのである。
一階と二階を店舗部分とし、一万冊の漫画と13個のブースが設置された小さな店だった。
「うーん。五階と六階の住居部分のリフォームもあわせて改装費に300万もかかったけど、きれいになったな。あとはマンガ代が200万、パソコン代が100万ほどかかったから、全部で合計600万か、結構かかったな。でも、これで俺も事業主だ」
新人は完成した店舗を見て、感慨にふける。
これから自分の力だけで生きていくことができる新しい人生の開幕を迎えて、喜びにあふれていた。
新人が自分の仕事にネットカフェを選んだのには、いくつかの理由があった。
・基本的な受付や接客だけで、特に技能や資格が必要ない
・最初の設備投資をすれば、後は運転資金などが必要ないので資金繰りに困ることがない
・客は漫画を読んだりパソコンをしているので、入店と退店の手続きと掃除以外は座って休んでいることができる
ある意味、ニートしながらお金を稼ぐことができた。
昼間は穂香が店番をし、夜間は新人が担当する。
夜の店番をしている時間を利用して、新人はコールセンター時代では忙しくてできなかった夢を追うこともできた。
(毎月の生活費は家賃でまかない、徐々にネットカフェの売り上げを上げていく。そして接客以外の時間を小説の執筆活動にあてよう。今度は誰かのパクリじゃなくて、ずっと考えていたオリジナル作品を少しずつネットで公表してちゃんと読者の評価を受けよう。そしていつかは商業出版して、小説家になるという夢をかなえて……)
これからの人生に、希望が膨らんでいく。
「さあ、今日から開店だ。これから、がんばろう」
百円ショップで買ってきた「OPEN」の札をドアにつけて、新人は最初の客を迎えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます