第38話 就職活動
こうして、新人の就職活動が始まるのだが、予想通り難航した。
「○○電力にお勤めということでしたが、正しくは派遣のコールセンターのアルバイトですか」
仏頂面をした面接官が、冷たい声で確認する。
「は、はい。○○電力のお客様相談窓口で、ASVをしております」
緊張のあまり、汗を垂らしながら新人は必死で返事する。
高卒で特に資格もない自分は、履歴書にそのまま書いたら面接もしてくれないだろうということは予測がついていた。
だから、電力会社の業務の一旦を担っているということを強調して面接にこぎつけたのだが、実態は派遣のアルバイトであったということを鋭く指摘される。
「ASVとは?」
「数人の部下を管理しながら、主に苦情の電話の対処などをしていました」
曲がりなりにも管理業務をしていたことをアピールする。
しかし、面接官は冷たくきって捨てた。
「要するに、アルバイトの班長ですか」
「……はい」
新人はがっくりとうなだれる。景気がいいころなら正社員の管理職だった仕事も、今の時代ではアルバイトの班長程度にしか認識されないのだった。
「大矢さん。本日はご苦労様でした。面接の結果は後日郵送いたします」
面接官はそういって、新人に退室を促す。
「……はい。本日はお時間をいただいて面接していただいて、まことにありがとうございました」
それでも一縷の望みをかけて、立ち上がって礼する。
しかし面接官の顔には、時間を無駄にしたといった表情が浮かんでいた。
面接を受けた会社のビルをでてネクタイをゆるめた新人は、大きくため息をつく。
「はぁ……若いころの過ちって、なかなか取り返しがつかないんだなぁ」
高卒で卒業して、何の資格も取らずにここまで生きてきてしまった自分を悔いる。
いざ正社員で働きたいと思っても、今までの経歴が邪魔してなかなか採用されないのである。
「それに、無理して正社員で働いても、ブラック企業で体を壊したり、あるいはリストラされたりしたら、どうしようか。もう俺だけの人生じゃないんだし」
結婚して家庭を持っている以上、中途半端なことは許されなかった。失敗したら、自分だけではなくて穂香まで不幸になってしまうのだ。
「何かいい仕事がないかなぁ。楽で体を壊したりすることなくて、誰かの都合でリストラされたりとかなくて、家族で幸せに生きていける方法が……」
そんなことを思いながら、帰途につく。
町を歩いていると、ひときわ明るく輝く店が目に入った。
「インターネットカフェか。そういえば、長い間いってないな」
ニート時代は毎日のように通っていたが、社会人になると忙しく、自然に足が遠のいていた。
「穂香は今日は仕事か……家に帰っても時間はあるし。たまにはいってみようか」
そう思って、新人は久しぶりにネットカフェに入っていった。
ネットカフェ
薄暗い照明に照らされた、独特の空間。
多くの漫画が並び、無料飲み放題のジュースが用意されている。
大勢の人が集いながら物音ひとつしないこの場所では、落ちついた雰囲気が漂っていた。
新人は個室ブースに入り、ネクタイを取ってスーツを脱ぐ。
「うーん。やっぱりここは落ち着くなぁ」
就職活動に疲れていた新人は、久しぶりに癒しを感じていた。
しばらくは好きな漫画を読み、アニメを見る。
しかし、そうしていても心からは楽しめなかった。
(はぁ……電力会社のコールセンターがなくなるなんて。これからどうすればいいんだか)
将来のことを思い、新人は大きくため息をつく。
「仕方ない。また求人を探してみるか」
パソコンを起動させて、求人情報のページを開く。
正社員の募集は月収18万円程度で、資格が要求される仕事も多い。
かといってアルバイトで探してみても、時給800円程度の仕事ばかりであった。
「いいものがない……」
不景気な世の中を思って、ため息をつく。
考えてみれば、深夜の電力会社のコールセンターは夢のような職場だった。
エアコンが効いたきれいなオフィスで、仕事も慣れれば楽。時給も高く、人間関係も悪くない。
何より週休3日というのもよかった。
それと比べると、どうしても条件面で見劣りした。
「どうしょうかな……」
当てもなくサイトを巡回していると、ふとあるページが目に付いた。
「チェーン店募集! 機材などはすべてこちらが用意いたします。加盟料100万であなたも夢のオーナーに」
いわゆる脱サラを案内しているサイトである。
「脱サラかぁ。そういえば、俺は店舗は持っているんだよな。あのビルの一階で開業すれば家賃はいらないし。二階も空いているから事務所にして、自分たちが住むのは五階と六階にすれば、今すんでいる家も賃貸に回せるし……」
次第に、どこかにつとめるのではなく、自分で起業したいという思いがわきあがってくる。
「ちょっと、話だけでも聞いてみようかな」
そうして、サイトに案内されている番号に電話するのだった。
数日後。
どこか不機嫌な様子の穂香と、機嫌のいい新人が車に乗っていた。
「もう……いきなり起業って、何考えているのよ」
穂香は仕事明けで疲れているせいもあって、話を聞くのも嫌なようだった。
そんな彼女を新人はなだめる。
「まあまあ。話を聞くだけだよ。高齢者向けの宅配弁当って、これからの社会にマッチしていると思わないかい?」
新人は詳しく話も聞いていないのに、イメージだけで乗り気になっていた。
「そうかもしれないけど、加盟料100万って高いよ! 」
「それはたぶん、廃業する人に対しての補償金だと思うよ。一から始めたら、いろいろ設備を買わないといけないからもっとかかるんだって」
新人はなぜ加盟料を払うことに納得しているようだった。
今から話を聞きにいくのは、弁当宅配のチェーン店に参加して近くのエリアを担当していたが、今回廃業するので設備と顧客ごと引き継いでくれる人を募集しているという話だった。
「店舗はもうあるだし、設備は譲ってもらえるし、顧客も引き継ぐんだから最初からうまくいくと思うよ
いつも冷静な新人が今回は暴走しつつあるので、穂香は不安になる。
「でも、その人はうまくいかなくなって廃業するんでしょ?」
「うっ?」
穂香の鋭いツツコミに、新人は困る。
「とにかく、よーく考えてね。私は反対だよ」
「わ、わかったよ。ほら、あそこみたい……え?」
カーナビが指し示したその場所には、「佐々木弁当店」とのぼりが立っている、小さなプレハブのような建物がぽつんと立っていた。
中に入った新人と穂香は、疲れた顔をした中年の男性に迎えられる。
「はあ……いらっしゃい。何かご注文ですか?」
接客にも元気がないように感じる。
「い、いえ。今日お約束していた大矢と申します」
それを聞いて、中年男は表情を曇らせる。
「ああ、話は聞いていますよ。チェーン店の営業さんから説明があると思いますから、待っていてください」
そういって、店舗の隅のパイプ椅子を指し示す。
新人と穂香は、おとなしく椅子に座って待つことにした。
しばらく、三人の他には誰もいない空間で時間が流れる。その間、中年男はずっと暗い顔をして。ため息ばかりついていた。
たまに電話がなり、中年男が電話を取る。
「はあ……そうですか。すいません。わかりました」
そうして電話をおくと、また椅子に座り込んでため息をつく。
あまりに暗い雰囲気に耐え切れなくなって、ついに新人は声をかけた。
「あ、あの。今まで宅配弁当をされていた方ですよね。チェーン店の人が来る前に、実際にしていた人の話も聞きたいんですが……」
それを聞いて、中年男が顔を上げる。
「そうだね。まあ忠告しておくけど、こんな話に乗らないほうがいいよ。私はだまされたようなものだ」
そういって、詳しく話し始めるのだった。
「私も以前はサラリーマンをしていたんだけどね。よせばいいのに脱サラして事業家になろうなんて夢を持って、この話にのったんだ」
男の話によると、最初は宅配弁当も順調だったという。
地方の安い店舗を借りて、チェーン店から送られてくる弁当の材料を盛り付けして、病院や介護施設などの大口向けと、個人の高齢者向けに宅配していく。
多いときは収入が月50万ほどもあったという。
「だけどね。すぐ大手が参入してきて、価格競争が始まったんだ」
そうなると、体力がある大手に大口の顧客を奪われ、残ったのは個人の顧客ばかり。
当然単価も安く、ガソリン代ばかりかかって儲けにならなかったそうだ。
「あんたたちもやめておいたほうがいいよ。法人の顧客に対して営業して契約をとってこれるというならともかくね。そんなコネとかあるのかい?」
男からの問いかけに、新人はあわてて首をふる。
「チェーン店本部は別に店が儲かろうがつぶれようが、どうでもいいんだよ。最初に加盟料とっているし、何もわからないド素人に店舗の設備を売って儲けてもいる。加盟店は車も店も自分で用意しなければならないから、家賃・車代・ガソリン代・電気ガス水道・材料の仕入れ代で運転資金もいる。私が用意していた500万なんて、あっという間に消えてしまったさ。残ったのは借金だけだ」
そういって男はさびしく笑った。
「ち、ちょっと! 新人くん。やめようよ~」
真っ青な顔になった穂香がすそを引っ張る。その隣で新人も同じ顔をしていた。
「わ、わかりました。それじゃ、俺たちはこの辺で失礼します」
「ああ。それがいい。チェーン店の営業には、私からうまくいっておくから」
そう手を振る男に見送られ、新人と穂香はあわてて退散するのだった。
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