第34話 お見舞い

「まず最初に誤解があるみたいだけど、家を取り上げるのは落札者じゃなくて、裁判所なんだ」

土地や建物を担保にお金を借りて、返済が滞った場合、債権者からの申し立てで裁判所が動き始める。実際に競売にかかる半年ぐらい前に抵当にはいっている家に押し入って、写真を撮る。

「入居者はこの時点で裁判所から競売にかけられることが伝えられる。つまり、いきなり出て行けっていう話じゃなくて、半年間の猶予があるんだ」

そう説明する新人にたいして、穂香は真剣な顔をして聞いていた。

「そして、競売にかかったら、元の所有者もお金を貸している人もそれには参加できない。まったく関係のない第三者がお金を出して、物件を落札する。そして、裁判所が所有者から権利をとりあげて、落札者に正当に譲り渡すんだ」

「……でも、結局は追い出すんでしょ?」

穂香がぽつりともらす。しかし、新人は大きく首を振った。

「そこが大きな誤解だけど、俺は今まで無理やりに追い出したことはないよ。入居者には選択肢を提示して、一番いい方法をとってもらっている。だから出て行くにしても、みんな納得してもらっているんだ」

「選択肢って何ですか?」

穂香は胡散臭そうな顔をしている。

「一つ目。そのまま家賃を払って住み続けてもらっている。これが一番手間がかからない。実際にそうしてもらっている人もいるよ」

もともと賃貸だった物件が競売にかかったケースで、賃貸契約を新たに結んで入居者にそのまま住んでもらっているケースを説明する。

「二つ目。入居者が半年間の猶予期間の間に、次の家を見つけているケース。この場合は引越し代を負担して退去してもらう。その場合は生活保護を受けて市営住宅に移る場合が多い。本人たちも借金がなくなって生活の建て直しができるから、大喜びで引っ越していったよ」

最初の物件の所有者だった老夫婦のケースを話す。

それを聞いて穂香は意外そうな顔をしたが、まだ納得できないようだった。

「でも、どうしても事情があって移れなくて、居座ろうとする人もいるでしょ」

「うん。その場合は裁判所が無理やり追い出してくれる」

「やっぱり……」

穂香は思っていたとおりだと言うが、その点は新人も譲れなかった。

「そういう人は、半年も猶予があったのに、ゴネれば何とかなると甘いことを思っていた人だよ。そこまで裁判所も甘くはない。自己破産して一からやり直したり、家をあきらめて生活保護を受けるといった手も打たなかったほうに問題がある。そのツケを、借金にまったく関係ない第三者である落札者に持っていくほうが公平じゃないよ。自分のことは自分でしないと」

「確かにそうですね……」

それを聞いて、穂香も納得したような顔になった。

「まあ、確かに一般的な投資とかとはちょっと違うけどね。でも、俺も生きるのに必死だったんだ。新庄さんは勘違いしているけど、俺にはもう両親はいないよ。頼る人もいない天涯孤独の身さ」

新人はほろ苦く笑う。

「え? そうなんですか? 」

「ああ。両親は交通事故で亡くなったんだ。実兄が一人いるけど、僕を見限って、縁を切られた。残ったのは築30年のボロ実家と、遺産相続の一千万だけだった。実は当時僕は働いていなくてさ、どうしていいかわからなかったんだ。だから、何かをしないといけないと思った」

それから死に物狂いで勉強して、競売投資を始めた経緯を話す。

それを聞いた穂香は、にっこりと笑って感想を漏らした。

「そうですか……結構苦労したんですね」

「ああ。でも今じゃ、賃貸に出している一戸建て二軒と、この近くにある自宅が一軒。そしてここから車で一時間ぐらいいったところにある駅前のビルが一軒だね。思えば、遠くまできたもんだなぁ」

たった三年程度でめまぐるしく変わった状況に苦笑する。

親のすねかじりニートから、今ではりっばな大家であり、アルバイトとはいえちゃんと働いている。

それなりに苦労しヒヤヒヤもしたが、競売投資をしていてよかったと思っていた。

興味津々で、穂香が聞いてくる。

「ちなみに、今家賃っていくらぐらい入ってきているんですか?」

「そうだね。家賃6万の一戸建てに、家賃7万円の一戸建て。あとビルが二部屋貸しているから、合計で75000円。全部の家賃合計が毎月20万5000円くらいかな」

「それにアルバイト代も入るんですよね。だったら、やっぱり大金持ちですよ~」

穂香はそういって、うらやましそうに笑うのだった。


「それで、お母さんは元気にしている? コールセンターを退職するときに、体調が悪いって言っていたけど……」

なんとか誤解も解けたと思い、新庄さんのことを聞いてみる。

すると、穂香は暗い顔になった。

「それが……ずっと体調を崩しているんです……お医者さんの話だと、あまりよくないみたいで」

いきなり思いもしなかったことを聞かされて、新人はびっくりする。

「そうなんだ……あの元気だった新庄さんがねえ」

改めて元気だったころの彼女を思い浮かべてみる。

なかなか女性だけの職場になじめない新人を気遣ってくれた。

仕事で何回もミスした新人をフォローしてくれた。

新人が曲がりなりにも一人前のコールセンター員としてやっていけるようになったのは、彼女が丁寧に指導してくれておかげである。もし彼女がいなかったら、コールセンターをやめてニートに逆も戻りしていたかもしれない。

恩人である彼女が入院していると聞き、新人も暗い顔になった。

「それで……病状はどうなの?」

「それが、入退院の繰り返しですね。いい時は自宅療養しているんだけど、最近また体調が悪くなってきたみたいで心配です。ずっとついてて看病してあげたいけど、うちには余裕がないから、私が働かないといけないし」

「そうか……」

重い話を聞いて、新人は穂香に同情する。

「でも、いまのアルバイトに代わって、ずいぶん楽になりました。週休3日制で休みの日はお母さんについててあげられるし、仕事がある日も日中にお母さんに会いにいけるし」

穂香は気丈に笑顔を浮かべる。

「なるほどね。確かにうちの職場だったら、都合がいいよね。よし、それじゃ、明日は休みだから、僕もお見舞いに行こう」

「本当ですか? 大矢さんが来てくれると、母も喜ぶと思います」

穂香もうれしそうに笑った。


次の日

仕事が終わると、二人で新人の家に向かう。

「へえ……ここが大矢さんの家ですか? 以外ときれいですね」

穂香は外から見て、そう感想を漏らす。

確かに築20年とはいえリフォームを済ませた一戸建ては、新築同様だった。

「まだ朝の9時か。病院の面会時間は何時からだっけ?」

「たしか、朝の10時からだったと思います」

穂香が告げる。

「そっか。なら時間があるから、コーヒーでも飲んでいこうよ。どうぞ」

新人は家の中に招き入れる。

しかし、中に入ると穂香は顔をしかめた。

「大矢さん……」

「どうしたの?」

キョトンとする新人だったが、穂香の眉間にはさらにしわがよる。

「もう! 汚いですよ! どうして洗濯物が床に散らばっているんですか?」

「い、いや。たたむのが面倒だから、ついそのままにして」

新人はばつの悪そうな顔をする。

ニート時代からの習慣で、服は洗濯して取り込んだらそのまま投げっぱなしにしていたのだった。

「と、とりあえず、テーブルに座っていて」

慌てて穂香を椅子に座らせようとするが、彼女は無視してそのままキッチンに立った。

「それに、食器とかも使ってそのままですよ! 」

確かにキッチンの流しには、汁が残ったラーメンの丼が放置されていたりした。

「もう! 驚きました。大矢さんって結構だらしないんですね」

「面目ない……」

穂香に叱られて、新人は思わずしゅんとなる。

確かに男のきままな一人暮らしを数年続けた結果、だらしない生活になっていた。

情けない様子の新人を見て、穂香はクスっと笑う。

「わかりました。それじゃ、いまから綺麗にします」

「そんな! 悪いよ。新庄さんも疲れているのに……」

新人は遠慮するが、今日の穂香は強引だった。

「いいから。かえって落ち着かないんです。大矢さんは座っていてください」

「はい……」

彼女の剣幕に押され、新人は椅子に座ったまま小さくなる。

結局彼女は掃除と洗濯。食器洗いなどをしてくれて、家を出たのは12時だった。


新人の家を出て、近くに借りている駐車場で車に乗って、病院に向かう。

6回にる大部屋には、かなり痩せた新庄さんが入院していた。

「お母さん。元気?」

穂香の呼びかけに目を開ける。

「うん……今日は気分がいいの。って、あら?」

穂香の隣にいる男をみて、目を丸くする。

「新庄さん。お久しぶりです」

そういって笑う若い男は、以前コールセンターで一緒だった新人だった。

「あらあら、久しぶりね。どうしたの?」

「実は、今働いている電力のコールセンターで、彼女と一緒にし働いているんですよ。新庄さんがご病気だと聞いて、お見舞いに来ました」

そういいながら、お菓子を差し出す。新庄さんはうれしそうに受け取った。

「そうなの。偶然……でもないか。コールセンターの仕事をしてみたらって穂香にいったのは私だもんね。穂香はちゃんと働いているかしら?」

「ええ。よくがんばってくれていますよ」

新人は職場での彼女の様子を詳しく話した。

「そうね……安心したわ。それに、穂香と仲良くしてくれていてありがとう。大矢君なら穂香を安心して任せられるわ」

新庄さんはそういって、安心したように笑うのだった。

「ち、ちょっとお母さん。何言っているの?」

それを聞いて、穂香は焦る。

「あら? 二人は付き合っているんじゃないの?」

そういってからかってくる。

「もう! 変なこと言わないでよ。まだ私たちそんなんじゃ……」

「そ、そうですよ。僕たちはまだ付き合ってはいなくて……」

二人同時に口に出し、そして同時に真っ赤になる。

「そう。まだね。ふふふ……」

その様子を見てね心情さんは楽しそうに笑うのだった。


「え、えっと。そうだ。飲み物買ってくるよ。お母さんは何がいい?」

「そうね。お茶をお願い」

「わかったわ。大矢さんは?」

「それならコーラを頼もうかな」

それを聞いて穂香は頷き、下の階にある自動販売機に走っていった。

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