第35話 余命宣告
病室には新人と新庄さんが残される。
どことなく気まずい思いをしている新人に、新庄さんはやさしく話しかけてきた。
「どう? いい子でしょう」
「確かに。可愛くて、家事もできて……。はっ、い、いや、その……」
思わず本音を漏らしてしまう新人に対して、新庄さんはさらにつづける。
「私がいなくなったら、あの子をお願いね」
「えっ?」
いきなりそんなことを言われて、思わず新人は新庄さんを見直す。
彼女はどこか諦めたような、安心したような顔をしていた。
「お医者様から告知されたの。私は末期がんで、余命三ヶ月だって」
「がん!?」
突然言われたので、新人は驚く。
「ええ。今後緩和療法に移るんだって。まだあの子には伝えてないけどね」
「そんな……」
穂香より先に言われて、新人は困ってしまった。
新庄さんはそんな新人の困惑を見ても微笑を崩さない。
「私はいいの。もう覚悟はできているから。でも心配なのはあの子のことなの。まだ21才の子供だから、世の中のことも何にも知らない。そんな状態で私が死んだら、どうなってしまうのか……。私にはこれといった財産もないから何も残してあげられないし、家は借家だし」
「……」
新庄さんの悩みに、新人は何も答えられない。
新人も24歳で両親が亡くなったが、直後に兄に見捨てられてどうしたらいいかわからなかった。
何とか生きてこれたのは実家と遺産があったおかげである。それがなかったら、無一文のホームレスになっていたかもしれなかった。
「だから、あつかましいけど大矢君にお願いしたいの。あの子を見守ってあげていて。生活の厳しさに負けて、楽な道に逃げようとしたら𠮟ってあげて。私は昔、それで変な男にひっかかって、苦労したんだから」
「はあ……僕だってそんなまともな人間じゃないと思いますけど。元ニートだし、アルバイトだし」
あまり自分に自信がない新人は困ってしまうが、新庄さんはにやりと笑う。
「大丈夫よ。その若さで「大家」さんになったんだから。自信もって! 」
「そんなもんなのかな? まあ、僕でよかったら、穂香さんの力になりますよ」
新人はそういって笑う。
「ありがとう。お願いね」
新人の手を握って頼み込む。新庄さんの目には涙が浮かんでいた。
その時、穂香が帰ってくる。
「お母さん、ジュースかって来たよ……って、何やっているの?」
病室の中を見て、首をかしげる。
困ったような笑みを浮かべている新人の手をとって、母親が泣いていたのである。
「い、いや。なんでもないよ」
あわてて新人はごまかした。
「ええ。なんでもないわ。ただ大矢君に穂香のことをよろしくって、お願いしていたの」
涙を拭いて、新庄さんは娘に笑いかける。
「お母さん。また変なことを言って! 大矢さんも困っているでしょう! 」
穂香は母親を𠮟る。
「いや、本当だよ。お母さんに頼まれたんだ。穂香さんのことをね。僕でよければ力になるって約束したところだよ」
新人はさりげなく穂香を名前で呼び、ニヤっとした。
「えっ……も、もう。大矢さんまで私をからかって! 」
真っ赤になって怒る穂香を見て、新庄さんと新人は優しく笑うのだった。
その時、担当医が病室に入ってくる。
「新庄さんの娘さんですか? お母さんの病状について、お知らせしたいことがありますので、診察室まで来ていただけませんでしょうか?」
メガネをかけた中年の医者は、決意をこめた顔で伝えてくる。
「えっ? お母さんの病状ですか? あの、ここで教えてくれないのですか?」
わざわざ別室にといってくる医者に、穂香は不安になり、母親と新人にすがるような目を向けた。
そんな彼女に、新人は優しく頷き返す。
「大丈夫だよ。僕も一緒にいくから」
そういって、椅子から立ち上がる。
「あの、失礼ですが、あなたは?」
「穂香さんの友人です」
そう答える新人に、医者は首を振る。
「失礼ですが、ご親族の方でないと、同席はご遠慮いただいていますので……」
「大丈夫ですよ。診察室の前で待っていますので」
新人はそういって、穂香の手をやさしくとる。
「これから大変なことを聞くかもしれないけど、心をしっかりもって。大丈夫。僕がついていてあげるから」
「はい……」
新人に促され、穂香は医者と一緒に診察室に入る。
しばらくして、診察室から穂香の啜り泣きが聞こえてくるのだった。
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