第32話 トラブル処理

電力会社のコールセンター

新人のマンツーマンの指導は効果があり、穂香も徐々に電話に慣れていった。

「お電話ありがとうございます。○○電力会社、お客様相談係、新庄でございます」

最初のうちは小さい声だったが、今ではあかるくはきはきと応対ができる。

「あの、引越しをしたんですけど……」

「かしこまりました。それでは必要用紙をお送りしますので、お客様の新しいご住所をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

流れるように情報を聞き出し、パソコンに打ち込んでいく。

「はい。かしこまりました。それでは必要事項をご記入されて、ご返送お願いいたします。何かわからない箇所がございましたら、お手数ですが当センターまでご連絡お願いいたします。お電話ありりがとうございました」

丁寧に説明して、電話を置く。

隣でそれを聞いていた新人は感心したような顔を浮かべた。


「うん。だいぶうまくなったよ」

「えへへ、そうですか?」

新人に褒められて、穂香はうれしそうな顔をした。

「丁寧だし、明るくはきはきしているし、ちゃんと説明できているし。もう簡単な対応なら一人でできるかもしれないね」

「そんな……。まだ無理ですよ。大矢さんが隣で聞いていてくれないと……」

今度は一転して不安そうな顔になる。

仕事上とはいえ頼られて嬉しいが、そんな顔をみるとちょっとS心が刺激されてしまう。

新人は思わず意地悪がしたくなってしまった。

「いつまでも人に頼ったらだめだよ。いつかは一人で電話取らないといけないんだ」

「でも……」

「大丈夫だよ。チャレンジしてみよう。僕ちょっとトイレに行ってくるから、電話頼むよ」

新人はそういって、穂香をおいてトイレに行ってしまった。

用を済ませてトイレから出ると、ふと思いつく。

(そうだ。頑張っているからジュースを奢ってあげよう)

そのままエレベーターに乗って休憩室に行き、ジュースを買う。

しかし、そのころ穂香はパニックに陥っていた。


「おい! 急に停電したぞ! どうしてくれるんだ! 」

「あ、あの、えっと……」

「ふざけるな! テレビも見れないし、エアコンもつかないんだぞ! 」

電話からは怖そうな中年男のドスが利いた声が響く。

どうやら酔っているみたいで、感情が高ぶっているみたいだった。

「あ、あの、ですから、私はコールセンターのもので、停電についてはよくわかなくて」

必死に弁解する穂香はもはや半泣き状態である。

すると、相手先の男の声の調子が変わった。

「なんだ。ねえちゃん、アルバイトか?」

「は、はい、そうです」

ここのコールセンターで実際に電話を受けるのはアルバイトではあるが、そのことをお客様に伝えてはならず、職員というあいまいな表現を使うことにマニュアルではなっている。

しかし、動揺している穂香の頭の中からそんなことは綺麗に消えていた。

「そうかぁ……あんたバイトか。かわいい声しているけど、いくつ?」

「に、21歳です」

「名前は?」

「新庄穂香です」

ねちっこい声で聞かれて、思わず穂香は個人情報を話してしまう。

これもマニュアルでは絶対にしてはいけないことになっている。お客に余計な情報を与えることはストーカーの被害にあう危険があるからである。

「へへへ……そうかそうか。ほのかちゃんか。かわいい名前だねぇ」

案の定、電話相手の中年男は猫なで声を出してきた。

停電してテレビも見ることができず、退屈していたので格好の話し相手ができたと思っているらしい。

穂香は思わず嫌悪で受話器を持つ手が震えだした。

(いや……気持ち悪い。いつかは変な人に当たるかもとおもっていたけど、最初の電話でこんな人に絡まれるなんて。もうコールセンターなんてやめる!)

そんなことまで思ってしまう穂香だったが、救いをもたらす白馬の王子様はやってきた。

横からやさしく受話器を取られたのである。

穂香が横をみると、申し訳なさそうな顔をした新人がいた。


「はい。お電話変わりました。○○電力センター職員、大矢でございます」

落ち着いた声で話しかける。

電話相手の中年男は、いきなり相手が男になったので不機嫌な声を出した。

「なんだよ! あのねえちゃんを出せよ! 」

「申し訳ありません。停電についてのご連絡ということだったので、私に代わらせていただきました。お客様にはご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

新人にそういわれて、中年男もなぜ電話をしていたのか思い出す。

「そ、そうだった。いきなり切れたんだよ。どうしてくれるんだ」

「そうですね……いくつか原因があるかと思われます。もしかしたらブレーカーが落ちたのかもしれませんので、お手数ですが確認お願いできますか?」

「お、おう。ちょっと待ってろ」

電話の相手が移動する気配が伝わる。

それを確認して、新人は受話器の保留ボタンを押した。

「ごめんね。遅くなって。まあ、のみなよ」

穂香にジュースを渡す。穂香は混乱しながらも受け取った。

「あ、あの、大矢さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。このボタンを押すと、こっちの声が聞こえなくなるから」

こちらの音声をカットするボタンを示す。

「そうじゃなくて、お客様が怒っているみたいだけど……」

「ああ。この程度なら大丈夫だよ。まあ見ていて」

そういうと、新人は余裕たっぷりに電話機に向き直った。


じはらくして、中年男の声が聞こえてくる

「今確認したけど、ブレーカーはなんともなってなかったぞ」

「そうですか。それでは、電線に停電の原因があるのかもしれませんね。わかりました。こちらから修理の者を手配いたします。この度は、大変ご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」

新人は相手に見えてもいないのに、心持ち頭を下げて、声に誠意をこめる。

それを聞いて、中年男も少し怒りを収めた。

「お、おう。ちゃんとしてくれるんならいいんだよ。だけど、こっちは困っているんだ。今すぐにはきてくれないのか?」

「お客様には大変ご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ありませんが、少々お待ちいただけませんでしょうか? できるだけ早く復旧できるよう努力したいと思っております」

再び新人は謝罪する。しかし、いついつまでに直すといった断定はしないように気をつけていた。

「今日は暑くてエアコンがないと寝られないし、冷蔵庫も止まっているから中の食べ物が腐るかもしれないし、あとそれから……」

男は延々と停電による被害を訴える。

それらにいちいち相槌を打ちながら、新人はパソコンに入力していった。

「かしこまりました。お客様のお困りになっていることは、すべて担当部署への連絡に記入させていただきました。おそらく、それほど時間がかかることはないと思われます」

言質をとられないように、慎重に言葉を選びながら、新人は中年男をなだめる。

「そ、そうか? あんたには迷惑かけたな。考えてみたらあんたらの部署が悪いわけじゃないだろうし、最初に怒鳴って悪かったな」

電話の相手の男は、すっかり怒りが収まった様子で、申し訳なさそうに詫びを入れる。

「いえ、私どもも○○電力会社の一員ですから。この度は本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありません。お手数ですが、これから申し上げることに注意していただきたいのですが」

新人は冷気が逃げないように冷蔵庫の開閉に気をつけることとか、電気が復旧したときに火事になったら危険なので、アイロンのスイッチを切っておくようにとかアドバイスをするのだった。

「そうか。さすが社員さんだな。ちゃんとした対応だ。あのバイトの姉ちゃんにもよろしく言っておいてくれ」

すっかり新人を社員だと勘違いした様子である。

「いえいえ、お気になさらず。これからもよろしくお願いします。何かございましたら、すぐにこちらにお電話お願いします」

「わかった。それじゃあな」

そういい残し、電話が切れる。

同時に新人と穂香はふっと息を吐き、肩の力を抜いた。

「あ、あの……大矢さん。ありがとうございました」

穂香が謝ってくる。あわてて新人は首を振った。

「謝る必要はないよ。別に新庄さんは悪いことをしたわけじゃないし……」

「でも、私はお客様を怒らせてしまって、大矢さんがいなかったらと思うと……」

穂香の目には涙が浮かんでいる。

そんな様子を見て、ちょっとSっ気を出して彼女を一人にしてしまったことを反省した。

「いや、今のは運が悪かったのと、俺が目を離したのが悪かったんだ。だから気にしなくていいよ。それより、今のをいい経験したと思って、次に生かそう」

「はい!」

穂香は素直に頷き、今度は笑顔を浮かべるのだった。

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