第26話 引っ越しと資金調達

コールセンター

「へえ……今回は上手く出来たのねぇ」

「ええ。今まで散々失敗してきましたからね。何を狙えばいいのかわかってきましたよ」

いつものごとく、隣の席の新庄さんに自慢する新人だった。

「うらやましいわ……」

そういう新庄さんは、どこか元気がない。

顔色も悪いので、新人は心配になってしまった。

「あの、新庄さんどうしたんですか? なんか、最近良く休んでいますけど……」

確かに最近、隣の席に新庄さんが居ない事が多い。

あいかわらず新人は基本的にはぼっちなので、彼女が居ないときはあまり雑談する相手もいなくてさびしい思いをしていた。

「それがね……最近体調が良くなくて、病院にいっているの。娘にも心配かけているし」

新庄さんはつらそうな顔をしている。

「そうですか……体に気をつけてください」

「あれがとう。でもまた娘がアルバイトやめたみたいで、今は無職なの。だから私ががんばらないと」

新庄さんはそういって笑うが、数日後、朝礼で彼女の退職がつげられる。

「長い間働いてもらった新庄さんですが……今月末をもって退職する事になりました。ご本人の体調がすぐれないようで、治療に専念されねようです」

そう告げる女性上司の顔も、心配そうだった。

「体調が悪いって……かわいそう」

職場の女性たちも仲間内でささやきあう。彼女は誰からも好かれる気さくな人柄で、同僚たちの間でも人気があった。

「皆さん、長い間お世話になりました」

新庄さんはそう挨拶し、コールセンターを退職する。その背中は心なしか、小さく見えた。

「新庄さん……これから無職の娘さんと二人、どうするんだろう」

新人は彼女の事を心配するが、いつまでも感傷に浸って入られなかった。

このコールセンターは毎月のように退職者が出で、その入れ替わりで新しい人も入ってくる。

もう二年も勤務している新人は中堅扱いで、仕事の負担も増えていた。

「大矢君、新しく入ってきた男の子の指導、頼むわね」

女性上司からも新しく入ってきた男性の教育を頼まれる。

「わかりました。えっと、基本は明るくはきはきと返事をして、お客様の言いたいことを聞き出すことが大事。たとえ相手が怒っていても、決して逆らってはだめだよ。勘違いとかも多いから」

自分と同じぐらいの男性に、丁寧に仕事を教える新人。

その姿を、女性上司は頼もしそうに見守っていた。


仕事も順調で、家賃収入にも問題なく、新人は穏やかな生活を送っていた。

毎月の収入は30万近くになり、生活にも余裕が出てきている。

毎月の生活はコールセンターの給料だけで賄う事ができており、家賃は全部貯金に回していた。

「うん。順調だ。だけど、ここで気を緩めちゃいけない。まだ手を打たないと」

家賃が二軒から入るといっても、いつ退去者が出るか分からない。そうなると家賃収入も半減である。まだまだ安泰とは言えないのである。

「それに、俺の最終目的は家賃収入だけで遊んでくらすことだ。まだまだ頑張らないと」

夢のニート生活への復帰はまだまだ遠い。

新人はここでおごらず、さらなる物件を探して競売をチェックするのだった。

「だけど、都合よく賃貸物件が競売にかかるケースはないよなぁ」

新人は競売物件の資料を見てため息を吐く。

最後に落札してからから何ヶ月もたつが、これといった物件がなかなかでないのである。

これはと思った物件が見つかって入札しても、競売に勝てずに落札できなかったという事が何件も続いた。

「やっぱり、資金力不足なんだろうか……」

新人はため息を吐く。入札にあたり、新人が提示する金額は最低金額の落札可能価格か、それに近い金額ばかりで、複数入札者が居たら勝てない事も多かった。

もっとも、だからといって手付金を損するといった事はなく、何回入札してもノーリスクである。なにしろ相手は裁判所なのだから、これ以上なく信頼できる場所である。

だからめぼしい物件があったら積極的に参加していたのだが、なかなか上手くはいかなかった。

そんなある日、新人はついに運命の物件を見つける。

「こ、これは……」

以前、新人はネットで一般の不動産情報をチェックしていたときに、その物件が売りに出されていたのを見た。その時の金額は800万円だったのを覚えている。

「あの物件が、競売に出されたら300万か……これは欲しいな。もし手に入れることができたら、ここに住みたい」

新人がそう思い、なんとしてでも手に入れたいと思うのだった。


延べ床面積 50㎡ 一戸建て 

築20年 土地の広さ40㎡

買受可能価格 280万円


狭い土地の上、道路に接しているのは細い路地で、いわゆる旗のような形になっている物件だった。駐車場もなく、一回にはLDKと風呂トイレ、二階には二部屋しかない。

普通なら見向きもされないような物件だが、新人が注目したのは理由があった。

「場所が市内の中心部だよな。ここでこの値段って……ありえない」

そう、この物件は新人が住んでいる市内のビジネス街近くにあり、非常に便利なところだった。

「ここに住んだら、歩いても10分でコールセンターにいける」

そうしたら、毎日一時間もかけて通勤しなくて済むので、楽である。

「それに、周囲は都会のど真ん中で、いくらでも遊ぶところがあるし」

地方都市とはいえ、その中心部なので結構開けていた。

もしワンルームマンションを借りたとしても、確実に6万以上はかかる地域である。

「決めた。俺は絶対にこの物件を手に入れる」

新人は決意を漏らすのだった。


一ヵ月後

「よかった……何とか落札できた……」

新人は涙を浮かべて喜んでいる。

今回はどうしても手に入れたかったので、奮発して400万円の金額を書いて入札した。

そのおかげで、見事落札できたのである。

「さて、家に入ってみるか」

例によって不動産屋に交渉をしてもらい、引越し代を払って立ち退いてもらう。

住人は中年夫婦だったが、ほとんど手荷物だけで出て行った。

「だけど……やっぱり荒れているよなぁ」

新人は中をを見渡して、ため息をつく。

築20年と比較的新しい物件で、建物自体はきれいだったが、中は相当荒れていた。

中は家具やゴミでいっぱいである。

しかし、今の新人ならこれくらいでは動じなかった。

まだ使えそうな家具などの買取もしている引越し業者に頼んで、家具の買取と清掃を依頼する。

その結果、10万円の出費で収まった。

「うんうん。これなら快適な都会ライフが送れそうだ」

見違えるようになった家を見渡して、新人は満足する。市内の真ん中なので、仕事に行くのも歩いて10分ほど。周りには生活に必要なものは何でもある。

唯一の問題は、この家には駐車場がないということだったが、車を持ってない新人には関係なかった。また近隣に毎月一万円で借りることができる駐車場もある。

新人は憧れの都会ライフを送れる事に、満足していた。


「……ほとんど貯金がなくなってしまったな」

預金残高を見て、新人は苦笑する。親が残してくれた現金1000万はこれでほとんどなくなってしまい、貯金残高は七桁を切っていた。

「仕方がない。いよいよ実家を売らないといけないな……」

新人は今後も不動産投資をするための費用を手に入れるため、最後のカードを切る決心をする。

実家の資料を持って、懇意の不動産屋に相談にいった。

「ご実家を売られるのですか……」

「ええ。もう住む事もないでしょうから……」

新人は不動産屋を実家の中に案内しながら、さびしそうに答える。

なんだかんだと26年も過ごした家には愛着があった。壁の染み、柱の傷一つにも思い出がしみこんでいる。

しかし、ここを売らないと、夢であるニート生活に戻るための資金が捻出できないのであった。

「そうですね……建物は築30年を過ぎていますから、価値がないとして、土地の広さから計算しますと、約800万円くらいで売れると思います」

不動産屋は淡々と見積もりをした。

思っているより安いので、新人は不動産屋に食ってかかる。

「えっ?でも兄貴はここの家は一千万ぐらいの価値はあるって言ってましたけど? 」

「最近、不動産の価格が落ちていますので、以前の価格では売れなくなっているのです」

不動産屋は気の毒そうに告げる。

「もちろん、1000万円で市場に出す事は出来ますが、そうしたら長いこと売れなくなるかもしれません。今の相場からでは、800万円が現実的な価格だと思われます」

不動産屋からそういわれて、新人も沈黙する。

たしかに、この辺りで売りに出ている他の物件も同じぐらいの価格であった。

「くそ……だから兄貴はこの家を俺に押し付けたんだな……将来は値が下がると思っていたんだ」

フリーターとはいえ社会に出て、曲がりなりにも自立している今の新人は、あの時兄にだまされて

良い様に貧乏くじを引かされたのが分かる。

しかし、それをいまさら言っても手遅れである。

「わかりました。それでお願いします」

悔しさをこらえて、新人は不動産屋に売却を頼むことにした。


そして三ヵ月後、ついに買い手が現れる。

買主となったのはどこにでもいそう中年夫婦と、小学生ぐらいの子供二人のファミリーだった。

「それでは、こちらが代金です」

銀行員が札束を持ってくるが、二回目なので新人も動揺しない。

淡々と自分の口座に振り込んで、取引を終えた。

「それでは、これが家の鍵です」

新人が鍵を渡すと、夫婦は嬉しそうに微笑み、子供ははしゃぐ。

それを見て、なんだか新人は切なくなっていった。

「……いいなぁ。家族って。俺はどこで間違えたんだろう」

家を売るときになって、今までの思い出が想いだされる。

父親は口数は少なかったが、毎日きちんと会社に行って働いていた。

母親は口やかましかったが、子育てとパートを頑張って兄と新人の面倒を見てくれた。

兄は意地悪なところがあったが、それでも大学を出て自立しており、結婚もしている。

家族の中で新人だけが一人ぼっちなのである。

(俺も高校出てちゃんと働いていたら、今頃は結婚して子供でも生まれていたかも……)

目の前の家族がうらやましくなる。

彼らはこれから800万もローンを組む借金生活なのに、将来に明るい希望を感じていた。

逆に親の家を売って大金を手に入れた自分のほうが不安を感じている。

(いいや。人は人、自分は自分だ。俺の目標は働かなくても生きて行けるニートになることなんだ。その日を信じて、頑張ろう)

もはや将来に一片の希望もない、親に頼りきった単なるニートに戻りたくない。

自分が望むのは、たとえ働けなくなっても安定した生活が送れる自立したニートなのである。

「この800万円と、これから家賃をためた金額で、あと三軒賃貸物件を手に入れよう。一軒の家賃が六万円として、三軒手に入れたらあと18万円入ってくるようになる。今の家賃収入13万円と合計して、毎月の家賃収入が31万円だ。そうなれば、余裕をもって生活できる。バイトをやめて宅建の資格でもとって、不動産屋に正社員として就職しようか。今までした経験を語れば、就職のアピールにもなるだろう。それとも、今度こそ小説家を目指そうか。今までに経験したことを書いて、本にして……」

ニートを目指す目標とは矛盾する気もするが、新人はこれからの人生を前向きに生きようと夢を持つのであった。

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