第25話 成功

「やれやれ……やっと出て行った」

新人は引渡しを受けた家の中を確認して、肩をなでおろす。

化して半年ほどだったので家の中はそれほどは荒れておらず、すぐに次の人に貸せる状態だった。「今度は確実に家賃を支払ってくれる人に貸そう。むしろ個人や法人より、生活保護の人のほうがいいかも」

そんな事を思いながら、不動産屋に再募集してもらう。

しかし、この物件には厄介ごとがついて回った。


「……この物件を貸すのは、ちょっと難しいかもしれませんね……」

その後、何ヶ月も募集を続けて、やっと入居してもらった若夫婦が退去していくのを見送り、不動産屋がため息をつく。

その隣で、新人も渋い顔をしていた。

「生活保護の人とか、長く済んでくれそうな人は見つかりませんか?」

「残念ながら、今は空き物件があまっている状況なので、難しいですね」

不動産屋が気の毒そうにいう。

家賃を35000円まで下げ、ペット可外国人可の何度もokの条件にしても、なかなか入居者が見つからないのである。

やっと入居しても、一ヶ月で退去していったりする。

「やはり、普通の人は怖くてここに住めませんよ」

「……やっぱり?」

新人は、隣の家に停まっている車を恨めしそうに見る。

その車は、いまどき珍しいヤンキー仕様に改造してあり、異彩を放っていた。

それを見るだけで、隣の人がどんな人間か分かってしまう。

「何とかならないでしょうか……?」

新人はハズレの物件をつかんでしまった事を、心の底から後悔するのだった。

「そうですね。このまま持ち続けても入居者は現れないでしょう。もし良かったら、手放す事を検討されたらいかかでしょうか?」

不動産屋は悩み苦しむ新人をみかねて、そう提案してくる。

「それは、出来たらそうしたいんですが……」

もちろん新人もそのことは考えていたが、こんな入居者も居ないような不良物件に果たして買い手がつくか不安だった。

「一人だけ買い手に心当たりが居ます。出来れはお任せしていただけませんでしょうか?」

「わかりました。お願いします」

不動産屋に頼んで、買い手を探してもらう新人だった。


数日後ー

不動産屋から連絡が入る。

「ある人に交渉したところ、100万円なら購入してもいいという返事が来ました」

「100万……」

買い取り金額を聞いて、新人は絶句する。

この物件に対して、購入価格とリフォーム代金で250万円を投資している。

それに対してこれまでの家賃収入は、約50万円ほどだった。

100万円で売ったら、100万円の損である。

「……もう少し高く買い取ってもらえないでしょうか?」

「それが、買い手は隣の人なのです」

それを聞いて絶句する。不動産屋は隣のヤクザに購入を持ちかけていたのだった。

「あの人ですか……」

「ええ。ですが、彼以外に買い手は現れないと思いますよ。失礼ですが、だいぶ問題がある物件だと思いますので」

不動産はそうって説得しようとする。

たしかに、隣人に問題がある家など他に買い手があるとは思わなかった。

「やむを得ません。それでお願いします……」

新人は観念して、隣の人に100万円で売却する。

こうして、三件目の競売物件は大失敗に終るのであった。


コールセンター

新人から話を聞いた新庄さんは笑っている。

「そうなんだ。それは大変な思いをしたね」

「全くですよ……」

新人は憮然としている。

なんだかんだいっても前に行った二軒は家賃収入が入ってきたり、売却益が出たりと苦労に見合った収入が得られた。

ところが今回は、苦労するだけで赤字になってしまったのである。

「競売投資って怖いわねぇ。それで、もうこれに懲りてやめるの?」

クスクスと笑いながら、新庄さんが聞いてくる。

「いいや。やめませんよ。今度はもっと上手くやります。失敗はしましたけど、いろいろ貴重な経験をつむことができましたしね」

新人は今回の事で、いい経験をつんだと思っていた。

物件を見る目も養えたし、家賃滞納の解決法も学んだ。

この経験を次に生かそうと、前向きに考えている。

新庄さんはそんな新人を好ましそうに見ていた。

「若いっていいわねぇ。失敗をしてもチャレンジできて。穂香もあなたみたいにがんばってくれれば嬉しいんだけど……」

新庄さんは暗い顔をしてため息をつく。

「穂香さんって新庄さんの娘さんですか?」

「そうなの。またアルバイト先を変えたのよ。仕事で嫌なことがあったんだって。我慢して一つの所でがんばらないと、いつまでも新人扱いされて居心地なんて良くなるわけはないんだけどね……」

新庄さんはムするの事を心から心配しているようだった。

新庄さんの言っていることは分かるが、最初の頃このコールセンターのバイトでつらい思いをした新人には娘さんの気持ちも良く分かる。

「大丈夫ですよ。きっと自分にあった仕事が見つかると思いますよ」

新人はそういって慰めるのだった。


それから一ヵ月後、新人は新聞に載っている競売物件情報の一つを凝視していた。

「これだ……これしかない……」

食い入るように見つめているその物件は、とある小さな一戸建てだった。

延べ床面積 80平米 土地 90平米

築35年一戸建て 

買受可能価格 280万円

一見すると、どこにでもあるような物件である。

しかし、この物件には大きな特徴があった。

「買受人が引き受けしなければならない権利 賃借権あり」と記載されている。

「つまり、この物件を落札しても、入居者を追い出すことが出来ないということか……」

それを見て、新人は考え込む。

つまり、もともと賃貸に出されていた一戸建てのオーナーが、何らかの理由で抵当に入れていた借金が返せなくなり、そのまま競売に出されたということである。

この場合、入居者にはなんの関係もないので、そのまますみ続ける権利が保障されているのである。彼らを追い出すには、半年以上の交渉期間が必要になるのだった。

競売物件を落札して、リフォームして転売利益を上げることを目的としている不動産業者にとっては、手を出しづらい物件である。

「だけど……俺にとっては好都合だな」

新人はおもわずニンマリとする。

もともと転売ではなく家賃収入を狙っている彼にとっては、落札した後リフォームする必要もなく、入居者をさがさなくてもすぐに家賃が入ってくるこの物件はおいしい。

「今回は奮発して、少し大目の350万で入札してみよう」

わくわくしながら手付金を振り込み、入札に参加する。

新人の思惑通り、他の競売参加者の提示した金額を上回り、あっさりと落札するのだった。

所有者名義を書き換えた後、不動産屋と一緒に物件を訪問する。

住んでいたのは、ごく一般的な中年夫婦とその子供達であった。

「そうですか……この方が新しい大家さんですか……」

中年夫婦は新人と不動産屋を客間に招きいれ、お茶を出す。その顔は自分たちよりはるかに若い新人が新たな大家になったと知って、不安が浮かんでいた。

「あの……私たちは出て行かなくてはならないのでしょうか? 出来ればこのまま住み続けていたいのですが……」

二人の顔には、いきなり競売に巻き込まれてしまった事の困惑が浮かんでいた。

新人に代わり、不動産屋が説明する。

「いや。新しくオーナーになった大矢さんは、できればこれからもずっと住んでいただきたいと希望されていますよ。今までと同じ条件で新たに契約したいとのことです」

隣に座っている新人もうなずく。それを聞いて、ようやく夫婦の顔にも安堵が浮かんだ。

「そうですか。ありがとうございます。もうここに10年も住んでいますので、いまさら引越しするとなると大変だと思って、どうしようかと思っていたのですよ」

夫婦は苦笑する。たしかに家に中には物も多く、家族四人が引越しするとなると苦労するだろう。

「いえ。これからも長く住んでもらいたいと思っています」

新人が笑うと、夫婦も微笑む。

こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

二人はそういって、頭を下げた。

「では、こちらが新しい賃貸契約書です。家賃は今までどうり、月七万ということでお願いします」

「はい、わかりました」

あっけないほど簡単に新しく賃貸契約を結ぶ事ができる。

(やった……思ったとおりだ。やっぱり既に賃貸にまわされている競売物件を狙うのが正解だな)

これまでとは違い、何のトラブルもなく終了したので、新人は会心の笑みを浮かべる。

これで給料16万円に加え、最初の物件の家賃6万円、今回の物件の家賃7万で、新人の毎月の収入は合計29万円になり、ようやく同世代の正社員の収入に並ぶ事ができたのだった。

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