第24話 はじめての裁判

三ヵ月後

「あの……家賃は昨日振り込まれる約束だったんですけど……」

「ごめんなさい。忘れていました」

ぬけぬけとそう言い訳する社長。

「忘れていたって……もう三回目ですよね」

「三日後にはちゃんと振り込みますから。すいません」

そういって電話が切れる。

あれから、毎月のように家賃の支払いが遅れるようになってきた。

催促の電話をすると社長はすまなそうに謝って、何日か後の振込みを約束するのだが、その約束が守られなくなってきた。何回も期日を延ばし、次第に遅れる日数が増えてくる。

とうとう一ヶ月遅れになったとき、ついに社長と連絡が取れなくなった。

「どうなっているんだよ……くそ……」

新人はたまりかねて仲介してくれた不動屋に相談する。

「あの……仲介してくれた借主と連絡が取れなくなったんですけど……」

「そうですか……。会社のほうは?」

「会社の電話にはつながって従業員が出るんですけど、いつ連絡しても社長がいないといわれるんです。それで困ってしまって……」

困り果てている新人に対して、不動産屋はアドバイスしてくれる。

「わかりました。それで、大矢さんはどうして欲しいと思いますか?」

新人にこれからの方針を尋ねてくる。

「それは……今後ちゃんと家賃を払ってくれるならこのまま貸してもいいんですけど、連絡がつかなくなるのは正直困るというか……できれば出て行って欲しいんですけど」

正直、新人はこれ以上この会社に家を貸すのは不安だった。

「ですが、最初に家を貸すときに敷金を三ヶ月預かっていますので、その範囲内での家賃の延滞は追い出す理由にはなりません」

「そんな……それじゃどうすれば?」

情けない声を出す新人に、不動産屋は安心させるように告げる。

「大丈夫ですよ、入居した時に家賃保障会社と契約していますので、家賃の延滞分はすべて保障会社が払ってくれます。だから、家賃が最終的に支払われないという事はありませんよ」

「そうなんですか……」

それを聞いて、新人は安心する。

「まあ、もう少しお待ちください。こちらからも働きかけて見ましょう」

「よろしくお願いします」

自分で交渉するのはこれ以上無理だと悟って、ブロの不動産屋に任せる。

しかし、結局家賃が振り込まれることはなく、とうとう延滞三ヶ月を過ぎてしまうのだった。



とある地方の簡易裁判所

「おいおい……本当に来ちゃったよ……」

着慣れないスーツを着た新人が、不安と期待の入り混じった一人ごとを漏らす。

「大丈夫なのかな……」

「心配要りませんよ。私たちはこんなの慣れっこですから」

新人の隣にいる若い男が励ましてくる。彼は家賃保障会社の社員であった。

「まさか、裁判沙汰になるとはね……」

ここまで問題が発展するとは思わなかったので、正直新人はビビッていた。

当たり前の事だが、新人は他人を訴えた事はない。

まさか自分の人生で裁判の原告になることがあるとは思いもしなかった。

「まあ、民事訴訟ですし、家賃が支払われていないことは明白ですからね。こちらが負ける事はないでしょう」

隣の保障会社の社員が明るく笑う。

「本当にここまでしないといけないんですか?」

「ええ。我々としてもはっきりと判決がおりた後出ないと立ち退き交渉はできませんし、大矢様に保障させていただいた家賃分も回収できませんから、ここは裁判をしないと」

社員がなぜ裁判を起こさないといけないのかを説明する。

あの後、家賃の延滞分は保障会社に支払われたが、立ち退きの交渉はなかなか進まなかった。

それで結局裁判を起こす事になったのである。

「でも……裁判費用とか、いろいろ必要なんじゃないですか?」

いろいろと不安に新人に、社会は元気付けるように笑った。

「心配いりませんよ。簡易裁判だからそこまで高くないし、こちらの敗訴はまずないので。ほら、きたみたいですよ」

そういって裁判所の入り口を指し示す。

そこには、引きつった顔をした女社長がいた。

「このたびは、ご迷惑をかけて申し訳ありません」

彼女は新人と社員に対して、深く頭を下げる。

「いえいえ。こちらこそ。そろそろ行きましょうか?」

社員が先導して、裁判所の2階に行く。

そこにある法廷の前で待つこと20分、ついに裁判が始まった。


「ほ、本当に裁判だ……」

原告席に座った新人は軽く興奮する。

テレビでしか見たことがない法廷が、そこにあった。

中央の小高い台には法衣を着た裁判官が座り、被告席には女社長が座る。

そして傍聴席には家賃保障会社の社員が座った。

「はい。それではこれからはじめます。では、原告の主張を」

どこかやる気のなさそうな裁判官が新人に促す。

慌てて新人は持ってきた資料を元に、家賃が支払われてない事を訴えた。

「なるほど。ここ三ヶ月の家賃が振り込まれていないということですね。それで、立ち退いて欲しいということですか?」

「は、はい」

緊張して汗まみれになっている新人がうなずく。

「被告は原告の主張に反論はありますか?」

「い、いえ、ありません……申し訳ありませんでした」

女社長は言い訳する事もなく、自らの非を認めた。

「それでは、被告には家賃の支払いと、家からの立ち退きを命じます。調停室で具体的な内容を話し合ってください」

裁判官はそう判決をくだす。

新人の初めての裁判は、あっけなく20分ほどで終了するのだった。

(なんか、裁判って思っていたよりあっさりしたものなんだな……)

判決が出て、新人と女社長、家賃保障会社の社員は調停室に移動する。

そこでこれからの事について話し合いが行われた。

「それで、いつ退去できます?」

社員が女社長に問いかける。

「はい。今月の末には従業員を退去させられると思います」

覚悟していたのか、あっさりと退去することを約束する女社長であった。

「それで、滞納している家賃と今月の家賃の合計4か月分、18万円は、契約に従って当社で立て替えさせていただきます。今後は当社から借りたという形で、毎月返済をお願いします。利息は年18%になっています」

「はい……」

女社長はすっかり諦めたのか、家賃保障会社の社会が提案する解決策にしたがっている。

「それでは、この和解書に署名と印鑑を」

調停室で決まった取り決めに、お互いに同意してサインする。

後日、支払われなかった家賃は保障会社から振り込まれ、月末になると退去していくのだった。

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