第20話 利益
それから三ヶ月……
「やばい! 最悪だよ……」
新人は頭を抱えて悩んでいた。
850万円で売り出したマンションは新聞やチラシ、ネットで広告されているにもかかわらず、なかなか買いたいという人が現れないのである。
「……しかも、毎月2万円も無駄に出費しているし……」
競売物件のマンションは、一向に売れる気配はなく、管理費がかかるだけである。
せっかく競売物件の一戸建てから入ってくる家賃を無駄に食いつぶしていた。
「やばいやばい……」
物件を二つも買ったので、既に貯金はあまり残っていない。
簡単に手を出さなければよかったと、新人はいまさらながらに後悔していた。
そんな新人の焦りが頂点に達しようとしていた頃……
「新人さん。あのマンションを見たいという人がいました」
ついに待望の希望者が現れた。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。この近辺でマンションを探している方で、実は別なマンションの購入を決めかけていたんですが、一点どうしても不満がありまして……」
「不満って?」
「その方は車を二台もっているのですが、他のマンションでは駐車場が一台しか確保できないんですよ」
「なるほど……」
それを聞いて納得する。たしかに、新人が売り出しているマンションは専用の庭があってそこに車を止めるようになっており、二台の駐車が可能だった。
「今からご案内しますね」
「ぜひともお願いします」
なんとかして買ってもらえるように、新人は神に祈るのだった。
数日後、不動産屋から電話が来る。
「大矢さん。あの決まりましたよ。あれから中を見て、購入を決断されたそうです」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。やはり駐車場が二台あることが決め手になったみたいです。なかなかマンションでそういうのはないですからね」
そういって不動産屋は笑う。
「よ、よかったぁ……」
もてあましていたマンションの購入者が決まり、新人はほっとした。
一週間後に相手方の住宅ローンが降りますから、○○銀行に来てください」
「わかりました」
新人は安心して、その日を楽しみに待つのだった。
それから一週間後、コールセンターを休んだ新人は、着慣れないスーツを着て指定された銀行の建物の前に来ていた。
「き、緊張するなぁ……」
新人は銀行の窓口をほとんど利用した事はない。なんとなく入る事を躊躇していた。
そうしている間に、不動産屋と買主らしき夫婦がやってくる。
「大矢さん? どうして外に居るんですか?」
「い、いや……なんか入り辛くて……」
そんな新人を、夫婦は不審な者でもみるような目つきで見てくる。
彼らにとっては売主がこんな若造だったことが、意外だったのだろう。
「あはは、大丈夫ですよ。取って食われたりしませんから」
不動産屋に励まされ、新人は彼らと一緒に銀行に入っていった。
すると、おくの応接室らしき場所に通される。
「今から住宅ローンが実行されますので、それではその間に書類を書きましょう」
慣れた様子の不動産屋に従い、新人と買主は書類を書き込んでいった。
「えっと……売買価格は850万でよろしいですね」
「はい」
お互いに金額に合意して署名し、印鑑を押す。
そのほかにも多くの書類があり、全部書き終えるにはかなり時間がかかった。
そうしているうちに、女性行員が札束を持ってくる。
「お待たせしました。850万になります」
ニッコリとした笑みを浮かべた女性行員は、新人の前に札束を置いた。
(うわっ……すげえ。札束だ)
生の札束をみるのは両親の保険金以来久しぶりだったので、新人のテンションが上がる。
喜ぶ新人に対して、満面の笑みを浮かべて不動産屋が言い放った。
「それでは、それぞれ手数料が必要になります」
中古売買の場合、不動産屋に払う手数料は売却代金の3.24%+64,800円に消費税になる。そのほかにも収入印紙代がかかり、新人の負担する金額は、約35万くらいになるのだった
(結構お金がかかるんだな……)
かなり引かれる気がしたが、これはどうしょうもない。
新人は観念して、行員が持ってきたお金から支払うのだった。
無事取引を終えた新人たちは、銀行から出る。
「大丈夫ですか? 私が取引銀行まで送りましょうか?」
不動産屋が心配そうに告げる。
今回不動産の取引した銀行には新人は口座を作っていなかったので、札束のまま代金をカバンに入れて持って出たのである。
「い、いえ。大丈夫ですよ。今からすぐに銀行に行きますから」
新人は慌ててそういって、自分の原付に乗り込む。
(失敗したな……自分の通帳を持ってくるのを忘れた。だから振込みしたくても口座番号がわからない。すぐに家に帰って、それから三時までに取引銀行に行かないと)
その日は一日中、800万の札束を抱えてウロウロするはめになり、新人はどっと疲れるのだった。
「ま、でもいいか。結局、諸経費を合わせても200万くらいは儲かったんだし。色々不安にさせられたけど、終わりよければすべてよしだな」
札束を見てニヤける新人だけど、世の中そんなに上手くはいかない。
半年後、思いもよらない悲劇が彼に訪れるのだった。
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