第19話 短期売買

「競売物件の資料って、本当に当てにならないな。裁判所は何しているんだか……」

思わず新人は、資料を作った裁判所に八つ当たりしてしまう。

「……写真と違うじゃないか……」

新人は一応、入札前にネットで競売物件について調べている。

それには物件の内部の写真も載っているので、大体の状態がかるのであった。

よって、この物件には問題はないと思い込んでいたのだが―

左の洋室に入った瞬間、かび臭い匂いがムワっとした。

「な、なんでこんな状態になっているんだよ……」

新人の目に飛び込んできたのは、左の壁に作られた窓の周辺に広がる黒ずんだカビと、ふやけてビリビリになった壁紙、そしてまるで殺人事件の現場のように広がる床の黒い染みだった。

「湿っている……」

しかも床は水でもまいたかのように、ぬれていた。

「この水ってなんなんだ? もしかして……」

おそるおそる窓に近づいて確認すると、サッシが歪んでいて裂け目が開いている。

「ここから雨水が入ってきたのか。そういえば昨日は雨だったな……なんなんだよ……雨が降るたびに部屋が水浸しになるんだったら、まともに住めないじゃないかよ!」

思わず怒りの声を上げるが、そんな事を言ってもいまさら遅い。

そらに、この部屋には問題があった」

「えっと……外の状態はどうなっているんだろ……えっ?」

窓を開けた新人が硬直する。

なんと、窓を開けたちょうど目の前に、こちらを向いて立っている墓があった。


「えええええ? 何でこんな所に墓が?」

慌てて外に出て確かめると、それは近所の人が所有する墓所だった。

「まてよ……そういえば、はるか昔にこの山の上に火葬場があったような……」

新人自身も忘れていたが、確かに大昔に火葬場が山の上にあって、そこで葬儀が行われた様な記憶があった。

「新人。近所でお葬式があって火葬場を使うから、外に出ないようにね」

幼い新人に母が何度かそういったことがあるのを思い出す。

その火葬場はとっくの昔に取り壊されてなくなっていたのだが、その名残のように墓が残っていたのを思い出した。

「た、確かにこの墓は昔からあったけど……なにもここに窓を作らなくてもいいのに、これじゃ、この窓を開けたら墓が丸見えじゃないか!  夜は怖くてあけられないよ」

新人はうかつな自分に腹を立てる。

いまさらお化けを怖がるような子供ではなかったが、気持ちが悪い事には変わりない。

「……しかも、外壁にヒビが入っている」

外から確認したところ、部屋が水浸しになった原因が分かった。

外壁のヒビが窓のサッシにまで達しており、そこを伝って雨水と湿気が入ってくるのである。

あまりにトラブルが多くてくじけそうになるが、もう後には引けない。

自分のものになった以上、何とかするしかないのである。

「たしか、外壁とかの問題は管理会社が対処してくれるんだったよな。相談してみよう」

新人は管理会社に電話して、外壁の修理を依頼するのだった。


マンションを管理している会社に連絡すると、担当者が出てきた。

「新しく所有者になられた方ですね。それでは、前の所有者の管理費滞金額、30万円のお振込みをお願いします。あと、毎月2万円の管理費の支払いをこれからよろしくお願いします」

「はい……」

分かっていた事とはいえ、実際に支払いを要求されるとへこんでしまう。

管理費の滞納分だけではなく、これから毎月2万円も余計な出費がかかるのである。

新人はマンションを落札した事を心底後悔したが、ここでくじけるわけにはいかない。

「わかりました。それで相談があるのですが……。買った部屋の外壁の一部に裂け目があって、そこから雨が入ってくるので、修理してください。それに、窓の外の敷地に草が生えていますから、それを刈ってもらえないでしょうか」

ちゃんと管理費を払うという義務を果たす以上、権利も主張する。

「わかりました」

意外とあっさり管理会社は了承し、すぐに外壁の一部の修理と草刈をしてもらえた。

「ふう……なんとか雨水の問題は解決したな……」

外壁の補修と敷地内の清掃が完全に終わったのを確認して、新人は滞納管理費を払う。

それと同時に、不動産屋がリフォームの見積もりを持ってきた。

「湿気で剥がれた壁紙の交換と、雨水が入ってきて汚れた床のカーペットの交換ぐらいでしょうかね。ただし、この部屋は湿気がたまり易いようなので、防湿に優れた壁紙を使う必要があります」

その説明を聞いて新人もうなずく。

外壁に接しているマンションの部屋は、外壁が傷んでくると湿気が入り易くなり、カビが生えてしまうのだった。

「そうですね……畳とかもあわせて、今回は全部で50万になりますね」

「わかりました。それでお願いします」

結局、マンションの本体が諸費用合わせて530万に、管理費の支払いが30万、リフォーム代が50万と、600万以上かかる事になり、両親が残した現金のほとんどをつぎ込む事になるのだった。




「まずいな……完全に失敗したかも。やっぱり前の物件みたいに、安い100万円台の一戸建てにすればよかった」

いまさらながら手をだしたことに後悔するが、そんな事を思っても後の祭りである。

こうなったら、何とかしてこのマンションをお金に換えなければならないのである。

「それで、このお部屋は賃貸に出されますか? このマンションの他の部屋の家賃は、月に7万が相場のようですが……」

不動産屋の言葉を聞いて、新人は考え込む。

(7万で貸したとすると、管理費・修繕積立金・駐車場代を引いてて、実際に手に入れられるのは毎月47000円か。ここまでかかった費用は、約600万円だから、元を取るのに10年以上かかってしまう。利回りは相当低くなるな……)

新人は頭の中で計算して、ため息を吐く。

利回り10%ならそう悪い投資でもなかったが、マンションには他にも大きなリスクがあった。

(たぶん、10年以内に大規模修理をしないといけなくなる、そのときに所有していたら、絶対追加費用を要求される)

また何十万も要求されて、困る事になる。

しかも10年後は築30年のマンションになるのである。古くなっても土地の価値は変わらず残る一戸建てと違い、マンションは資産価値が低くなる一方である。

(ダメだな。こうなったら早く売り飛ばして、さっさとお金を回収しよう)

頭の中でそろばんをはじいて、マンションをトン隊にまわすのは割りにあわないと結論付ける。

「……いや。すぐに売りに出そうと思いますので、お願いします」

「わかりました。価格はいくらにしますか? 」

「えっと……そうですね。最初は850万の価格でお願いします」

ちょっと欲張って価格を設定する。

散々苦労したり不安を感じさせられたりしたので、少しでも利益が出ないと損だと思っていた。850万で売れると、250万くらいは儲かる。

「わかりました。その金額で買いたいという人を探しましょう」

こうして新人は売却を依頼するのだった。


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