第14話 はじめての不労所得

工事開始から一ヵ月後、ついにリフォームが終了する。

「これは……予想以上だな」

美しく仕上がった家を見て、新人は一人でニヤニヤとする。

ぼろぼろだった170万円の家は、見違えるようにきれいになっていた。

「やっぱり外壁まできれいにしてよかったな。これなら実家よりも新しくみえる」

以前はくすんだ灰色をしていた外壁は、吹きつけ塗装により真っ白な壁に生まれ変わっていた。

「苦労した甲斐があった」

家の周りを一周して、新人は満足する。

あれから新人なりにがんばって掃除をした結果、草ぼうぼうだった庭もきれいになっており、下段には花が植えられている。

「駐車場も問題ないな。近くにホームセンターがあってよかった」

以前の駐車場は土むきだしだったが、今は綺麗に砂利が敷き詰められている。

新人がホームセンターで大量に購入して、せっせと撒いたのであった。

「まあ、確かにここは山の上でバスもないけど、車があれば関係ないか」

公共交通機関がないのは痛いが、新人はそう割り切る事にした。

新人は鍵を開けて、家の中に入る。

以前は重くてちょっと持ち上げないと動かなかった玄関の引き戸も、カラカラと軽快に音をさせながらスムーズに開いた。

「うん。問題ないな。特にキッチンが素晴らしい」

床そのものが落ちかけていた台所も、綺麗なビニールクロスが張られて新築同様である。

キッチンは安物とは新品であり、ピカピカに輝いていた。

「脱衣所も問題なし」

洗面台も新品に交換され、その横には洗濯機置き場もちゃんと作られている。

風呂場の割れたタイルも補修され、ちゃんとシャワーも取り付けられていた。

「次は二階だな……。階段はまだちょっとギシギシ鳴るけど、仕方ないか」

できるだけの補修はしてもらったが、やはり築30年の家である。

完全には直らなかった階段を上りながら、二階に向かった。

「なんということでしょう。まるで新築みたいです」

二階は天井と壁にクロスを貼り、畳の表層換えをした。

ただそれだけで古い部屋が新しくなったように感じる。

「うーん……今の家を売って、ここに引っ越してきてもいいかも」

新しい匂いがする畳に寝転がりながら、新人はそんな事も思った。

「まあ、面倒くさいからそれは今はやめておこう。どうしても入居者がいなかったら、ここに住んでもいいな。他にも、高い値段で売ってしまうという手もあるし」

綺麗にリフォームをした今のこの家ならば、いろいろ使い道はありそうである。

「よし。賃貸と売買で両方で出してみよう。どうなるかはこれから次第で」

一応家賃65000円と、販売価格500万で平行して不動産屋に依頼している。

「どっちに転んでも、これで儲けられるぞ。これからどうなるかな?」

新人はうきうきしながら、反応を待つ間だった。


それから一ヶ月

不動産屋から新人の携帯に連絡が入った。

「大矢さん、入居を希望している方が見つかりました」

「ほ、本当ですか? よかった……」

あれからすぐに反応があるかと思っていたが、予想は外れて一ヶ月何もなかった。

そろそろ不安になり始めていた頃だったのである。

入居希望者が現れたと聞いて、新人はほっとするのであった。

「それが……少々特殊な入居者になるんですが……」

なぜか電話の不動産屋は、歯切れがわるい。

「え? 特殊って……?」

新人が聞き返すと、不動産屋は入居希望者について説明を始めた。

「まず、家賃は相手様から60000円にして欲しいという希望がありました」

「……まあ、それくらいならいですよ」

自分でもちょっと家賃設定は高かったかなと思っていたので、家賃の減額に快く応じる。

「そして、契約者は派遣会社になります。法人契約だから、家賃の支払いが滞るということはあまりないですね。当社も何件も紹介させていただいている取引先です」

入居には法人が契約者になって、そこの社員を住まわせることを希望しているらしい。

「うん。いいじゃないですか。個人よりも法人のほうが、家賃をきちんと払ってもらえるかも」

なんとなくだったが、法人貸しのほうが信頼できるイメージがあった。

ここまでは良かったのだが、次の言葉を聞いて新人の顔はこわばる。

「実際に入居されるのは、若い男性が五人ですね」

「ご、五人ですか……? 」

五人も共同生活するということで、家が荒れるかもしれない。

さらに、不動産屋はとどめの一言を放った。

「ええ……それと申し上げにくいのですが、入居者は全員中国の方です」

「えっ……」

それを聞いて絶句する新人。

いきなり外国人が五人も入居すると聞いて、さすがに躊躇する。

そんな新人に、あわてて不動産屋はフォローを入れる。

「ご心配要りませんよ。彼らはちゃんと会社が管理してくれていますから。技術を学びにくる留学生のようなものです」

「で、でも……、もし家賃が滞納とかしたら、どうやって交渉したらいいか……」

当然の不安を新人は漏らすが、そのことについては問題ないと不動産屋は断言した。

「それた大丈夫です。あくまでも派遣会社が『契約者』なので、何かトラブルがあった場合はすべて派遣会社に責任がいくようになっています。入居される方も中国で信用の置ける会社に勤めている人たちだから、不法入国されるような方とは階層が違います」

「は、はあ……そうですか……」

それを聞いて新人も少し落ち着く。

「それに、正直この物件で入居者を探すのには苦労しています。やはり一戸建てとはいえ、丘の上にあるのは問題があるかと……」

「たしかにそうですよね……」

そういわれて、新人は納得する。

この際、贅沢を言っている余裕はないのである。

「わかりました。その方でいいです」

こうして。ともかくも入居者が決まった。

「それでは、敷金三ヶ月分と翌月家賃をお支払いします」

家賃四か月分、24万を受け取って、代わりに鍵を渡す。

「……これで、バイト代16万と家賃6万で、月収22万か。うん。いいかも。どうせ結婚する予定はないんだし、一人で暮らしていくのなら充分だ。後はこれを繰り返していけば……」

こうして、新人の大家デビューは成功し、毎月不労所得を手に入れることができるようになったのだった。


某保険会社のコールセンター。

勤めはじめて半年間、ようやく新人は仕事に慣れ始めてきた。

電話を取る件数も平均に達し、面倒な電話がかかってきても対処法を学びだした。

「あんたの所はどうなっているんだ」

「お客様にご不快な思いをさせて、申し訳ございません。それでは、上司の者に代わりますので、少々お待ちください」

電話を保留して、女性上司に相談する。

「こんな感じで怒っています」

「わかったわ。電話をつないで」

淡々と上司にバトンタッチして、次の電話を取る。次第に仕事の要領がわかってきた。

要するに、ひたすら頭を下げて相手をクールダウンさせて、それでも納得しない面倒な電話客は、さっさと上司やさらにその上の正社員に丸投げすればいいのである。

下手に自分で対処しようとするから余計にこじれる。新人は処世術らしきものを学び始めた。

こうして仕事に余裕ができてくると、周囲と雑談する余裕も出てくる。

こっちから話しかけるようになってくると、職場の女性たちも段々と新人を仲間として認めてくれるようになってきた。

「新庄さんの家は賃貸なんですか? 」

暇なときには、隣の席の人と家庭の話をすることもあった。

「そうなのよ~。家賃が高くて困っちゃうわ。毎月5万もするから大変。もう20年も住んでいるんだから、ちょっとは家賃を安くしてくれてもいいのにね~」

隣の席の、人のよさそうな顔をした小太りのオバサンが嘆く。

「毎月5万で20年って、つまり総額1200万ですか?  中古の家なら買えていますよね」

新人がそういうと、新庄さんは残念そうな顔になった。

「そうなのよね~。でも入居した当時は、今とは比べ物にならないほど家が高かったしね。それでも、水商売していて羽振りがいいときもあったから、いつかは家を買って出て行くつもりだったけど」

悲しそうな顔になる。

「え?新庄さんって夜の仕事していたんですか?」

新人は驚く。彼女は美人でもないただのおばさんで、正直元ホステスとは思えなかった。

新人の顔をみて、彼女は不機嫌になる。

「失礼ね。これでもバブルの頃はナンバーワンだったのよ。Tバックにボディコン来て、男をはべらして、扇子もって踊っていたんだから。ジュリアナのお立ち台に乗ったこともあるわ」

新庄さんはプンスカと怒りながら、何かをもってクネクネとしたしぐさわする。

「はあ……」

意味不明な単語を聞いて、新人はあいまいな顔になる。生まれたときから不景気しか知らない彼にとって、バブル時代など御伽噺である。

そんな新人を見て、新庄さんは苦笑した。

「まあ……昔の話よね。そのあともホステスしていたんだけど、でもやっぱり夜の仕事はだめね。肝臓を壊してやめたわ。娘も生まれたけど、直後に男にも逃げられたし……後は諦めて、ずっとコールセンターで働いているの。女手一つで子供を育てるのって大変なのよ。家を買うどころじゃなかったわ」

そういうと、新庄さんは寂しそうに笑った。

「それはまた……なんかすいません。生意気な事を言ってしまいました 」

新人は気まずい思いをして、謝った。

「いいのよ。それに、住んでいるところにも愛着があるしね。できればずっと、今の家に住みたいんだけどね……」

新庄さんのつぶやきを聞いて、新人はある事を思いつく。

「なら、大家さんに交渉して今の家を買い取ればいいんじゃないですか? 家賃5万円を払う事を思えば、長いローンを組んだら同じぐらいになるんじゃないでしょうか? 」

新人は名案を思いついたとばかりに言うが、新庄さんは苦笑した。

「うん。私もそう思って、交渉したこともあったけど、ダメだったわ。大家さんが頑固な人でね。例え何十年貸したとしても、家を売るつもりはないみたいよ」

「そうですか……それは残念ですね」

「それに、パートのオバサンなんかに、銀行はなかなかお金を貸してくれないの。まあ、当分は今のまま賃貸暮らしね」

新庄さんはそういうと、仕事に戻っていった。

家を借りている人の話を生で聞いて、新人はピンとくる。

「そうか! 最初は賃貸で人に貸しておいて、何年かしたら入居者に高く売りつければいいんだな。そうすれば古くなる前に家を手放す事ができるし……今の家もそうしよう」

賃貸物件を所有するリスクの一つに、経年劣化してリフォーム代がかかるというものがある。

それを考えると、適当に人に貸して、元金が回収できた頃に売り飛ばす方法もある。

「ふははは……これで金持ちになる道筋が見えてきたような気がするな……」

だんだんと小ずるくなっている新人だった。


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