第13話 リフォーム
四日後
「見積もりができました。外壁と内装他をあわせて、150万になります」
不動産屋が見積書を持って来る。
「え? それくらいですか?」
何百万もかかると思っていたので、新人は拍子抜けだった。
「はい。キッチンは一番安い4万円のものに代えて、外装と屋根の修理、畳の表層がえと襖と障子、台所の床工事がこのお値段で……」
一つ一つかかる費用を説明をしてくれる。
どれも納得できる金額だったので、新人は胸をなでおろした。
「えっと、つまり諸費用あわせて取得にかかったお金が約170万で、これからかかるリフォーム代150万か。ということは、合計320万だな」
この物件にかかる投資の総額を計算する。
あとは、何年で回収できるかである。
「10年? いや、そんな時間はない。最低でも5年で元をとらないと……。」
早くも脳内で皮算用が始まっている。
五年で投資金額を回収いうことは、最低でも利回り20%以上は必要になる。それから逆算して、いくらで賃貸に出すかを決めた。
「あの、えっと、家賃は65000円くらい欲しいんですが……」
ちょっと欲を出して、高めに設定した家賃を相談してみた。
「うーん。少し高いような気がしますが、条件によっては借り手があるかもしれません」
不動産屋は少し困った顔をするが、新人は構わず頼み込む。
「条件なんて何でもいいです。ペット可、外国人可、生活保護でもなんでもOKです」
欲の皮がつっぱった新人に不動産屋は苦笑する。
「まあ、リフォームと平行して募集をかけてましょう。この辺りは意外と工場が多いから、なんとかなるかもしれません」
「お願いします」
新人は頭をさげてお願いするのだった。
新人の家から二キロほどはなれた小高い丘には、古い団地が広がっている。
近く、といっても一キロは離れたところに電車が通っているが、その代わりバスも通っていないような田舎だったが、ともかくも住人は多く、国道も走っていて、24時間スーパーやホームセンター、病院や小学校などもある。
この、不便ではないけど便利でもない微妙な場所が、新人が手に入れた築30年の競売物件のある町だった。
「うーん。やっぱりここに住むとなると、ちょっと面倒くさい気がするなぁ……」
この家を見に来るたびに、新人はそう思う。
車や原付ならともかく、ここまで歩いてあがるのは大変だった。
近くにバス停などもないため、駅まで歩かなくてはならない。
行きは下り坂なので楽だが、その分帰りは坂が大変そうだった。
「いや、そうでもないぜ。俺もこの近くに住んでいるからな。住めば都さ」
新人のぼやきを聞いて、家の中で作業していたおっさんが返事をする。
彼はこの家のリフォームを任された大工である。60代の日焼けした肌をもつ、いかにも職人といった風貌だった。
「そうなんですか……別に治安が悪いとか、問題がある地域とかじゃないですよね。きっと借りてくれる人はいますよね」
「ああ。兄ちゃん。安心しな。この近くには自動車会社の寮もあるし、古い団地だけど犯罪が起こったという記憶もねえ。きっと借り手はあるさ」
おっさんは新人に対して安心させるように笑うのだった。
新人は不動産屋に鍵をわたし、すべてのリフォームを任せることにした。その結果、彼が一人でこの家のリフォームを担当することになったらしい。
「あの……一人でリフォームって、大丈夫でしょうか?」
「ああ、この程度の小さい家の修復なら、俺一人で大丈夫さ。下手に人を雇ってやってたら、人件費が高くつくからな。ま、安心してみていな」
そういうと、彼は鼻歌を歌いながら仕事に戻る。
隼人が契約した不動産屋は、どこかの建設会社に外注するのではなく、お抱えの職人である彼一人に内装に関しては全てを任せているらしい。
新人はバイトが終わってから、毎日のように物件を見に来ていた。
その際、近くの激安スーパーで仕入れた一本30円のジュースなどを差し入れなどをする。
そうしているうちにだんだん仲良くなっていった。
「何かあったら、俺も手伝いますから」
「おう。それじゃ新しいキッチンを運ぶのを手伝ってくれ」
おっさんは気さくに用事を頼み、新人もそれにこたえる。
懸念していた台所も、今ではしっかりと新しい床ができていた。
「なんとか歩けるようになりましたね」
「ここは一番に直さないと、あぶねぇからなぁ」
前歯が抜けた口を大きくあけて、おっさんは笑う。
床が抜けそうだった台所には板が張られ、問題なく歩けるようになっていた。
「ここにビニールクロスを張れば、きれいになるぜ」
床を踏みしめてその強度を確認しながら、おっさんは笑う。
見た目は怖そうだったが、なかなか良い人だった。
「ま、古い家ってのは、何かしらガタが来ているもんさ。台所みたいに床があからさまに抜けているなんて、可愛いもんだ」
「そうなんですか?」
家について何も知らない新人は首をかしげる。
「問題なのは、目に見えない部分が壊れていることだな。ほら、みてみろ」
おっさんはそういいながら、隣の六畳間に新人を連れて行く。
「六畳間の方でも、畳を支えていた床材が割れていたぜ。このまま放置していれば床が抜け落ちていただろうな」
確かに一階の和室の畳をめくってみると、床板のいくつかが壊れている。
さすが築30年の家だけあって、家の内部を開けて見ればいろいろ問題があるようである。
「あ、あの、。これってシロアリとかでは? 」
「いや、単に老朽化だな。ほら、腐ってはないだろ」
そういわれて、割れた床材を良く見てみる。
確かに割れてボロボロになっていたが、腐ってはないし、虫に食われたような形跡もなかった。
「虫関係はまったく問題ないぞ。床下はカラカラに乾いているから、ちゃんと直せばまだまだ使える家だな」
それを聞いて、新人は疑問に思う。
「なぜ床下が乾いているんですか? 普通なら日光が当たらないから、湿っているようなイメージがあるんですが? 」
その疑問を聞いて、おっさんはニヤっと笑う。
「兄ちゃん、持ち主なのにこの家の事を知らないのか?」
「中古で手に入れた物件なんで……」
それを聞いて、おっさんは納得する。
「なるほどな。ちょっと来て見ろ」
おっさんはそういうと、新人を連れて前庭に出る。
「ほら、ここから屋根の上に小さなパネルがあるのが見えるか?」
屋根からちょっと突き出すように設置されている、小さなパネルを指し示す。
「確かにパネルがありますね。あれって何なんですか?」
「太陽発電型の、床下送風機だな。太陽エネルギーで風を床下に送って、家全体を乾燥させて湿気を取るシステムだ。これだけで40万くらいする設備だぜ」
「……マジですか?」
ボロ家だと思っていたが、意外と進んだ設備がついていたので新人はびっくりする。
「何なのかと思えば、そんなものが付いていたんだ……」
「家が乾燥していたら、長持ちするからな。ちゃんと直せば、後20年は充分使えるぜ」
おっちゃんの言葉を聞いて、新人はますます嬉しくなるのだった。
リフォームは続いていき、家はどんどんきれいになっていく。
おっさんとも少しずつ仲良くなっていき、新人はプライベートでもニート時代のコミニュケーション不全を少しずつ克服していった。
「にいちゃん。資材を家の中に運ぶのを手伝ってくれ」
「はい」
休日になれば自発的に物件に行って、おっさんの仕事を手伝ったりしていた。
そうすると、色々と新しい事を学ぶ事も出てくる。
「このドアノブはガタついているな。交換したほうがいいんじゃねえか?」
おっさんが二階の洋間のドアをガチャガチャしながらつぶやく。
「交換ですか……」
「確か請け負った仕事には入ってなかったな。だけど、サービスで交換してやるぜ」
そういわれてホームセンターから買ってきたドアノブを交換してもらう。
新人はおっさんがドアノブを交換しているのを興味深そうに見ていた。
「へえ、そんな感じで簡単に交換できるんですね」
「この程度なら素人でも簡単にできるぜ」
「なるほど……ついでに居所や風呂場のドアノブも交換しておこうかな。30年前のドアノブだから,かなリ古いし」
おっさんから教えてもらい、調子に乗って全部のドアノブを自分で交換したりするのだった。
「兄ちゃんは結婚しているのかい? 夫婦でここに住むとか? 」
弁当を食べながら、おっちゃんが聞いてくる。
「いえ、独身なんですよ。仕事もアルバイトだし……。たぶん一生結婚できないでしょうね」
新人がさびしく答えると、おっさんは豪快に笑った。
「人生なんてどう転ぶかわかるもんかい。兄ちゃんでもいいって女が、世の中に一人ぐらいはいるかもしれねえぜ。小さいながらも自分の家を持っているんだしな」
慰めてるんだか馬鹿にされているんだか分からないが、新人はそれを聞いて苦笑する。
「そんな人がいたら紹介してくださいよ」
「ああ、いたらな。ところで、この家は中古で買ったんだろ? いくらだったんだい? 」
それを聞いて、新人は逆に聞き返す。
「いくらぐらいだと思います?」
「そうだな……この辺りの相場から考えて、500万くらいか?」
おっさんの返事を聞いて、新人は顔をほころばせた。
「ふっふっふ……実は諸費用込みで、170万で買いました」
「ほう。それはまた安かったな……。いったいどうやってそんな値段で手に入れたんだい?」
価格を聞いて、おっさんは素直に驚く。
「実はですね……競売で出ていたのを見つけて、落札しました」
この家を手に入れた経緯を説明する・
「ふーん。競売なんてヤクザがするもんだと思っていたけど、兄ちゃんみたいな素人でも出来るのか。ボロだと思ってたが、その値段ならむしろ大得だったな。ここは近くに24時間スーパーとホームセンターがあるし、暮らすには困らないしな。この家だって思ったよりしっかりしているから、安心してすめるだろうし。下手に新築マンションなんか買って住宅ローンに追われるより、賢いやり方かも知れんなぁ……」
おっさんは新人に感心する。
「ありがとうございます」
褒められて、新人は照れるのだった。
「しかし、何でまた独身なのに家なんか買おうとおもったんだ? 実家から自立するためか? 」
「いえ、親はいないんですよ。実は、両親は交通事故で亡くなってしまって……」
おっさんに自分の身の上話をする。
今までニートしていたせいで実の兄にも見捨てられてしまったと聞いて、おっさんし憤慨した。
「そのアニキとやらも冷たいよなぁ。二人きりの兄弟なんだろ。兄ちゃんの面倒ぐらい見てやればいいのに、金だけもってとんずらかよ」
「いえ……今なら兄の気持ちもわかる気がします。結局、俺がバカだったんですよ」
両親が死んで、新人は曲がりなりにも自立して生きてきた。
そうすると世の中の事もだんだんと分かっている。
早くから自立して一人で生きてきた兄にとって、いつまでも親元ですねかじりしている新人は、理解不能の許しがたい化け物に見えていたのだろう。
「今じゃ、強制的に自立するきっかけを与えてくれた兄にも感謝しているんですよ」
今の新人にとっては、兄に対する恨みなど全くなかった。
「そうか……あんたも苦労しているんだな。がんばれよ」
おっさんは気さくに新人を慰めてくれる。
「それでですね。住む場所は両親が残した家があるので困らないけど、人から社会に出るのが遅れた分、何かをしなければいけないと思って……」
いろいろと考えた結果、収入を増やす方法として不動産投資を思いついた。
「ここをきれいにして、人に貸そうと思います。アルバイトの給料と足せば、なんとか人並みに暮らせるんじゃないかと思います。そうやって、徐々に物件を増やして収入を上げていこうかと」
新人は自分なりの考えを話す。
仕事の面で出世できないのなら、大家として資産家になろうというものだった。
「なるほど。面白い考えじゃないかじゃないか。うん、ここならたぶん借り手自体はいるんじゃねぇか? 月6万くらいで貸せば、五年くらいで元が取れるし、ここを担保に入れて銀行から金を借りる事もできる。最初はこんなボロ家を買うってどうしたのかとおもっていたが、あんた若いのにしっかりしているんだなぁ。いいと思うぜ」
何年ぶりかに他人から褒められて、新人は嬉しくなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます