第15話 トラブル

それから数ヶ月後。季節は冬を迎えて、雪が積もるようになってきた。

そんなある日、突然不動産会社から連絡が入る。

「大矢さん。実は、入居者から電話がありまして、家にトラブルがあったようです」

何ヶ月も問題なく、家賃も普通に振り込まれていた所にいきなりトラブルと聞いて、新人はびっくりする。

「あ、あの、なんでしょうか?」

「トラブルというか、ある意味仕方がないんですけどね。実は、この寒波でお風呂が壊れました」

「えっ?」

「今の賃貸物件のお風呂は灯油式で、水を灯油を燃やして暖める方式だったんですが、その水の管が凍りついて破裂したみたいです」

今までお風呂の事など考えたこともなかった新人は、思いかげないトラブルにうろたえる。

「え、えっと……修理は私がしなければならないんでしょうか?」

「そうですね。賃貸物件の故障の修理の義務は大家さんにありますから」

「そうですよね……」

ほうっておけば自動で家賃が入ってきていたので、そんな事は想定外である。

「では……直したらいくらぐらいかかりますか?」

「えっと……たぶんそれほどはかからないと思います。ただ、灯油式はどうしても冬になると、寒さで水が凍って管が破裂する恐れがあります」

「それじゃ……直してもまた壊れる恐れがあるということですか?」

「ええ。そうですね」

不動産屋の言葉に、新人は考え込む。

「なんとかならないでしょうか?」

「そうですね……最近の電気温水器に交換すれば、こういったトラブルはなくなるのですが。ただ、安いものでも20万位以上はかかりますね」

「そんな……今まで入ってきた家賃が全部なくなってしまいますよ」

大家経営は意外にいろいろと費用がかかる事を実感して、新人は悲鳴を上げる。

それでも、お風呂は絶対に直さなければならないのである。

「他には、ガス式に交換することですね。ただ、うちではいくらになるかはよくわかりません」

「わかりました。ちょっと自分で調べてみます」

新人はそういって、不動産屋との電話きった。

「えっと。たしかうちもプロパンガスだったよな。今まで顔も見たこともないけど、とりあえず電話してみようか」

実家に設置されているプロパンガスに書かれている電話番号に電話してみる。

「はい。大田ガスです」

「あの。実は相談があって、持っている家のお風呂が壊れたみたいなんです。だから、ガスにかえたいんですが……」

必死に事情を説明すると、ガス屋は新人の意を汲み取ってくれた。

「そうですね……。うちには取り壊しになった家から取り外した、旧式ですが凍結防止機能がついたガス湯沸し設備があるんですが、それでよければ工事費込みで四万円で交換できますよ」

「そ、それでお願いします」

渡りに船だと思い、ガス屋の提案に飛びつく。

「わたりました。それじゃすぐに現場に行きますね」

こうして、どうにか最初のトラブルは四万程度の費用で解決できた。

しかし、この物件にまつわるトラブルはここでは終らなかったのである。


それからさらに一ヵ月後、今度は契約している派遣会社から電話が入る。

「あの……大矢さんでしょうか? 実はあの物件の持ち主について、教えて欲しいとあの辺りの住人から問い合わせが入っているのですが……」

派遣会社の担当者も困惑したような声である。

「えっ? まさか、またトラブルとか?」

「いえ、苦情とかではないのですが、なんでも水道について相談があるとか?」

「相談……ですか? たしか共同井戸を使用しているはずだったのですが……」 

そういわれて、新人も戸惑ってしまう。

「その井戸についてお話があるみたいですよ」

「分かりました。それでは、相手の電話番号を教えてください」

派遣会社からその地域の住人代表の家の電話番号を聞いて、かけてみる。

電話に出たのは、共有井戸の管理を代表でしている近所の住人だった。

「えっ? 井戸をやめて、上水道に接続するんですか?」

「ええ。井戸の水質には問題がないのですが、汲み上げるポンプが老朽化して、よく断水するんですよ。だからこの際、みんなで上水道につなげようという話になって」

いきなりの話だったが、話を聞いて納得である。

「そうですね。そのほうがいいかも」

「つきましては、一人当たり負担金を18万円お願いします」

それを聞いて、新人は笑顔のまま固まった。

「負担金……?」

「ええ。市道のところまでは水道管が来ているのですが、そこから先は私道になります。そこを掘って、水道管を新しく埋めて設置するのは、利用者の負担になるのです」

電話先の男性の声には、すまなそうな口調が合った。

「そ、そんなのいきなり決められても……。私が居ない所で勝手に……」

当然ながら新人は抗議するが、相手の男性は冷静だった。

「もちろん。反対意見もでました。今までのポンプを修理すればいいという意見もありましたが、もう古すぎて部品がないんですよ。もう30年は使っている計算になりますから」

「うっ……」

「新しいポンプに変えたら、結局同じくらいの負担になります。だからここで思い切って、上水道につなげたほうがいいんじゃないかという結論になりました」

「わかりました……」

いちいちもっともな理屈である。新人は観念して、負担金を受け入れるしかなかった。


(なんだよ! せっかく大家になって不労所得を手に入れることができたと思ったのに、出費ばかりああってぜんぜん儲からないじゃないか! )

この半年で、確かに家賃収入は6ヶ月入ってきた。

しかし、給湯器の故障で四万円の出費、さらに上水道への接続の負担金18万円と、かなりの出費を強いられてきた。

正直手間をかけた割にはぜんぜん儲からない。それどころか、もっと出費がかさむ可能性があるのである。

(それに……もし住人が出て行ったら……)

これだけ投資して、家賃収入が安定してこなくなったら割に合わなくなる。

新人の不吉な予感は当たり、ついにその日はやってきた。

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