第8話 悔しい思い

そして、二ヵ月が過ぎる。

あれから新聞やネットで競売物件の情報を集めていたが、手に入れたいと思うような物件は見つからなかった。

「くそ……今から考えたらあの物件ってすごく良かったよな。550万でもめちゃくちゃ安かったよ」

不動産に興味を持ったので、競売以外にも一般不動産のチラシなどを読んで研究している。

そうすると、その地域の大体の相場が分かってくるのである。

新人の家の地域で、平地で30坪くらいの一戸建てだったら、一千万~二千万ほどが相場だった。

未練がましく落札できなかったことを後悔しながら、隼人は毎日不動産のチラシを読みふける。

そんなある日、近所に新しい売却物件が出ていた。

「えっと……価格が1680万円で、広さは……え?」

その物件の情報を見ていた新人は、思わず声を上げてしまう。どこかそれは見覚えがあった。

「これって……あの競売にかかっていた物件じゃ?」

そのチラシには元が競売物件であることなどは全くかかれていなかったが、間取りといい場所といい、550万で落札された物件にそっくりだった。

「まさか、あの男は不動産業者で、550万で手に入れた家を、1680万円で売るんじゃ?」

新人の脳裏に、あの落札した男の姿が浮かぶ。想像の中の男は、札束を抱えて笑っていた。

「……見に行ってみよう」

いてもたってもいられなくなり、慌てて家を出る。

あの物件があった場所に行ってみると、そこは見違えるように変わっていた。

くすんだ外見だった壁は真っ白に塗装されており、まるで新築のようになっている。

家の前では、「新発売 中古一戸建て 価格 1680万円」という札がかかっていた。

新人はその家の前で呆然としていた。

(なんで……550万が1680万になるんだよ! )

張り出されている写真を見ると、内装まで綺麗になっている。

もはや競売物件であったとは誰も思わないだろう。

呆然として外から見ていると、車が二台やってくる。

車から降りたのは、セールスマンといった感じのスーツの男と、若い家族連れだった。

「この物件はお買い得ですよ。駅も近いし平地だし、スーパーも近くで……」

熱心にこの家のセールスポイントを説明する不動産会社の社員に、赤ちゃんを抱いた若夫婦がまんざらでもないような顔をしている。

「へえ……結構広くていいね」

「うん。周りの環境もよさそうだしね。いい所かもしれないね」

楽しそうに笑いあう若い夫婦からは、未来に対しての希望が感じられる。

そのまま彼らは、楽しそうに家に入っていった。


「……」

新人はその幸せオーラに当てられ、その場を逃げるように離れる。

「くそっ。あの調子じゃ、たぶん1680万でも売れるんだろうな……あの時もっと高い金額で入札していたら……今頃はこの家は俺のものになっていたのに」

地団駄を踏んで後悔しても、後の祭りである。

新人の予想通りその物件は一ヶ月もしないうちに売れてしまい、新しい家族が生活を始める。

逃した魚の大きさに苦い思いを残し、新人の最初の競売物件の挑戦は終わるのだった。




新人は真面目にコールセンターのアルバイトを続けていた。

あれから競売物件についてはじっと探し続けていたが、これといった物件はなかったのである。

「はあ……やっぱり大家になるって難しいな……」

そんなことを思いつつも、夢をあきらめきれない。

そして、生きていくために毎日一生懸命働いている。

そのおかげで、やっと仕事にも慣れていった。

「新人君、やっとちゃんと電話を取れるようになってきたね」

コールセンターの女性上司が、笑顔と共に声をかけてくる。

「ありがとうございます。指導していただけたおかげで、なんとかできるようになりました……」

初めて上司に褒められて、新人は照れる。

アルバイトも三ヶ月目に入り、少しは客あしらいも覚えてきた。

まだ一人前とは言えないが、次第に戦力になってきている。

そうなってくると、上司による新人への注意も少なくなっていき、同僚に馬鹿にされるようなこともなくなっていった。

「がんばって。これからも続けてね」

「どういたしまして。がんばります」

新人はそういって、目の前の電話をとる。

「お電話ありがとうございます。こちらは大帝保険お客様相談係、大矢でございます……」

「あんたのところはどうなっているんだ! 」

あいも変わらず苦情電話によくあたったが、今まで散々怒鳴られてきて経験を積んだ新人は動揺しなかった。

「お客様にご不快な思いをさせてしまい、まことに申し訳ありませんでした。それでは、どういった不手際があったかをお伺いしてもよろしいでしょうか?」

冷静に、相手に怒鳴る隙を見せずに話を進める。

「お、おう。頼んでいた書類が届いてないんだよ」

「はい。お調べいたします。……はい。確認が取れました。このたびの不手際をまことにお詫びいたします。今から速達でお送りいたしますので、明日までお時間をいただけませんでしょうか?」

テキパキとした新人の対応に、電話の客は怒りをそがれる。

「明日か……わかったよ。早くおくってくれ」

「はい。それでは発送させていただきます。今後、何かございましたら、お手数ですが私あてにお電話をいただけませんでしょうか? 責任を持って対応させていただきますので……」

気持ちのいい新人の対応に、客も好感を持つ。

「わかったよ。今度からあんたに頼む事にするよ」

「はい。これからも大帝保険をよろしくお願いいたします」

こうして、スピーディに苦情が処理されていく。

ずっとニートを続けていた新人は、やっと一人前フリーターにステップアップする事ができていた。


そんな忙しくも充実している日常を続けていたある日、新人は運命の物件に出会う。

「え……一戸建てで、買受可能価格160万だと……? 」

新聞には、隣町にある競売物件の情報が載っていた。

何度見直しても、160万円と書いてある。

「この物件だったら、最初に手を出すにはちょうど良いんじゃないか?価格が安いから、そんなにリスクがないだろうし。リフォームして人にかすか、ここに引っ越して今の家を売り飛ばすかして……」

この物件に興味を抱いた新人は、より詳しい情報が乗っているネットで確認する。

競売物件を紹介する公的なサイトには、物件について詳しい内容が乗っていた。


事件番号 123

買受可能価格160万

売却基準価格200万

宅地 80㎡ 二階建て 4DK 70㎡

賃借権なし 所有者在住

上水 共同井戸 下水あり 


他にも詳しい図面と、家とその周囲が写真つきで乗っている。

「……たしかに100万円台の物件だな……」

幽霊屋敷といったほどではないが、激安物件だけあって外壁は相応に汚れている。

写真でみるかぎり、中の様子も酷いものであった。

「二階は普通なんだけど……一階が……」

台所の床が抜けかけており、崩壊寸前である。

まだ所有者が住んでいるので廃墟にはなっていないが、やっぱり100万円台の家というだけあってかなり痛んでいた。

「なんかこれ……みたことがあるぞ。あっ!」

新人は思い当たる。昔のアニメに出てくる、平凡な二階建てに外見がよく似ていた。

いわゆる「のび太くんホーム」である。

「うーん。場所も微妙だなぁ」

地図で物件の位置を確認した新人の顔が渋くなる。

この物件がある場所は、山を削って作られた団地のかなり奥にある。

おまけにバスも運行しておらず、平地まで降りてこないと公共交通施設がない。

車がなければ生活できそうにない、かなり不便な場所だった。

「まあ……あそこならこれくらいの価格だよな。人気のない場所だし」

その辺りの相場は通常の売買でも500万円ぐらいである。納得の格安物件といえた。

「だけど……一応一戸建てなんだし、家自体は広い。駐車場もある」

家は古いものの、4DKのファミリータイプで小さいながら庭もあり、車も小型車なら駐車可能である辺りは住宅地なので、普通に住人はいるようで、生活できないというわけではなさそうだった。

「それに、激安スーパーが近くにある」

新人もよく利用している、安さには定評があるスーパーとホームセンターがその団地の下のほうにあり、平地にはJRの駅と小学校、中学校もある。

山の上にあるという点さえ目をつぶれば、入居者が見つかるかも知れなった。

新人自身もここなら住めないわけではない。

「やるだけやってもようか……でも、どうせ低価格で落札できないだろうしなぁ」

以前失敗したことで、落札価格を予想するのは難しいという事がよくわかっている。

手間隙かけても無駄足に終る可能性が高いのである。

「……いいか。別にそこまでして欲しい物件というわけじゃないし。160万で手に入れられるなら考えてもいいけど……今回は見送るか」

面倒くさくなって、今回は入札しない事を決める。

新人はそっとパソコンを消すと、アルバイトに向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る