第3話
なんとか葬儀は終わって親戚も帰り、家には兄と二人きりになる。
新人は冷たい目をした兄の前で、正座させられた。
「……まったく! お前は本当に24歳にもなる大の男なのか! いい年して仕事もせずに遊んでいて、親を看取ることもできなかったなんて!」
「あ、アニキ。俺は別に遊んでいるわけじゃ……夢を追っているんだ」
兄の視線に萎縮しながらも、新人はなんとか弁解を試みる。
「夢だって。何がしたいんだ。言ってみろ」
「そ、その……ライトノベル作家になりたくて……」
口の中でモゴモゴというが、兄は鼻で笑うのみ。
「それで、今までの成果は? 充分に時間はあったはずだ。一冊くらい出版できたんだろうな」
兄の容赦のない言葉に、思わず下を向いてしまう。
「あ、あの……えっと。実はまだ書きかけなんだ。でも大丈夫だよ。いくつか自信作があるから、これから応募すれば……」
最後まで言い終わらないうちに、また兄におもいっきりビンタされた。
「ふざけるな! 今からだって? 高校を卒業して6年。今迄何してきたんだ!就職どころかアルバイトもせず、親に小遣いを貰って遊んでいただけだろうが」
兄の言葉に反論できず、新人はうなだれる。
確かに兄の言うとおりで、彼は現実逃避していただけであった。
兄はそんな新人にあきれ果てて、説教する気もなくなる。
「もういい。お前なんかに説教しても仕方ない。さっさと事務的な話をするぞ」
そういって、新人の前にいくつかの書類を投げ出す。
「これは?」
「親父達が残してくれた財産だ。この家の土地建物、親父達がかけておいた生命保険金、そして貯金や株券などの有価証券の一覧だ」
そういわれて、新人は書類に目を通す。世間知らずの彼は何が書いてあるのかさっぱり分からなかったが、とにかくいくらかの財産があるということだけはわかった。
「え、えっと……その……俺にもいくらかは分けてくれるんだよね」
卑屈に上目遣いで兄を見上げる。
兄はそんな新人の態度を見て額に怒りの血管が浮かぶが、なんとか自重した。
「ふん。どうせ世間知らずのお前に相続手続きなんてできないだろうから、全部俺がしてやる。保険金と親父達の遺産を全部合わせたら、大体5000万くらいになるだろう。心配しなくても遺産相続はちゃんとしてやる」
それを聞いて新人の顔に安堵が浮かぶ。
兄はそんな新人を冷たく見つめながら、言葉をつないだ。
「それで、どうするんだ?お前は何を選ぶ?」
それを聞いて新人は混乱しながらも、おそるおそる言った。
「えっと……できればお金が欲しいんだけど……」
「ほう。そうか。ならこの家から出て行くって事だな?」
「え?」
思っても見ないことを言われて、新人はキョトンとする。
兄は半月の形に口元を開きながら、説明を続けた。
「当然だろう。金を選ぶという事は、この家は俺のものになるという事だ。言っておくけど、お前なんかをこのまま住まわせる気はないぞ。全部ぶっ壊して建て替えて、売り飛ばしてやる」
「そ、そんな! 今まで思い出がつまった家を売るなんて……」
新人は慌てて抗議するが、兄は限りなく冷たかった。
「ふん。俺は大学のときに既に家を出ている。いまさらこんな家に何の未練もない。東京に自分の家を買っているしな。こんなの持っているだけで邪魔だ」
「そんな……」
新人は「絶句するが、兄は冗談を言っているようには見えなかった。
いきなりのホームレスの危機に、新人は慌てて言い募る。
「そんなの嫌だよ。俺はこの家から絶対に出て行かないからな! 」
そんな新人に、兄は冷たくうなずいた。
「いいだろう。なら、この家はお前のものだ」
それを聞いて安堵するが、兄は続けてこう言い放った。
「この家は築30年だから、建物に価値はない。土地で大体1000万くらいの価値だろう。ちょうど親父の残した預金が1000万あるから、それもくれてやる。その代わり、保険金と有価証券が合わせて3000万ほどあるから、そっちは俺が貰うぞ」
「え? そんな……それじゃ不公平じゃ……」
思わず不満の声を上げる新人だったが、兄はにやりと笑う。
「不満か? 俺より6年も長くこの家で親に養ってもらっておいて?お前は俺より親から多くの利益を与えられているんだ。その分、俺に多く遺産を受け取る権利がある」
「……でも……」
「不満なら裁判でも起こすか?相手になってやるぞ。それ以前にお前に相続の手続きが出来るのか?」
そういわれて新人は沈黙する。
確かに、家に引きこもって世間の事を何も知らない彼が、兄に対抗するのは無理だった。
「わかった……兄さんに任せるよ」
力なくうなだれる新人を前にして、兄は満足そうな笑みを浮かべる。
「なら、この書類に判子をつけ」
兄に言われるまま、遺産相続協議書に同意する新人だった。
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