第4話
一週間後
兄が再び訪れてくる。
「ほら。これがこの家の権利書だ。名義をお前に変えておいた。そして銀行から親父の預金を下ろしてきた。これもお前のものだ」
ドンっと一千万円の札束と書類を新人の前に投げ出す。
「え? こ、これを本当に貰っていいの?」
目の前に今まで見たこともない大金を積まれて、思わず喉がゴクッとなった。
「ああ。遠慮なく受け取っておけ。だが、その代わり一つだけ約束して欲しい」
「約束って」
新人がけげんな顔になると、兄は今までに見たこともないような厳しい顔をした。
「これでお前との縁はお終いだ。はっきり言うが、お前にはほとほと愛想が尽きた。父さんたちが死んだ今、お前とはもう兄弟でもなんでもない。二度と会わないと約束してもらおう」
兄の厳しい言葉に、新人はビクっとなる。
「え、縁を切るって……」
「お前みたいな奴、どうせこの金もあっという間に使い果たすだろう。そのときになってこっちに頼られても困る。だからここで宣言しておく。これからお前には一切かかわらない。何があろうと見捨てる。この金は手切れ金みたいなもんだ」
「わ、わかったよ……」
新人は一千万円を受け取り、これから二度と関わらない事を誓う。
「それじゃあ達者で暮らせ。もう二度と会うことはないだろう」
そのままさっさと家を出ていく。後には呆然とした新人がそのまま残される。
「ふん、あんな奴、こっちから願い下げだ。何がこんな金、すぐに使い果たすだろうって?馬鹿にするな。一千万もあるんだ。これから10年は遊んで暮らせるさ。その間に俺の作品が出版されて、アニメ化されて何億も印税が入ってきて……。ははは、その時になって頭を下げてきても、絶対に許してやらないぞ」
そんな事を思いながら、手に入れた大金をうれしそうに抱きかかえる。
新人は今までずって親の庇護の下にいたので、生活というものにいかにお金がかかるかというものをまったく理解してなかったであった。
それから半年後
「はぁ……このままじゃまずいよなぁ……」
新人は目減りした預金残高を見て、ため息をつく。
「やっぱり、働かないと生きていけないんだなぁ……」
そんな当たり前のことを、ようやく理解する。
一人になった新人は、しばらくはニート生活を続けていた。
「あはは……ニート生活最高! 」
だと思っていい気になっていたのはわずかな期間だけであって、ただ生きていくだけで急激にお金が消費されるのを実感していた。
「食費に光熱費にネット代に水道……税金……はぁ……」
銀行の預金残高はどんどん減っていく。たった半年で、100万円も目減りしていた。
それを見るたびに自分の残りの命が消費されていくようで、徐々に恐怖がわいてくる。
「この小説が大賞をとれば……100万円の賞金と印税が……」
相変わらず自分の妄想をかきなぐった小説を出版社に送っても、何の反応もない。
パチンコや競馬で逆転を狙っても、所持金が減っていくばかりである。
とうとう新人はお金を使うことに恐怖を感じ、今まで以上に家に引きこもるようになった。
「頼む……奇跡が起こってくれ」
ネットゲームやネット小説を読み漁り、ひたすら奇跡が起こるのを待つ。
『ネットゲームの世界に入れ! もしくは異世界に召喚されろ! 』
しかし、いくらそんな事をしても現実では無意味である。
新人は24歳にして、ようやく現実と向き合わなければならなくなった。
「このままじゃダメだ、とにかく何でも良いから働いて、収入を手に入れないと」
やっと重い腰を上げて、働く事を決意する。
コンビニやファミレスにおいてある求人誌をめくり、ネットで情報収集を始めた。
「どんな仕事がいいかな……なるべく楽で稼げる仕事がいいんだけど」
そんなこと思いながら仕事をさがしても、資格もなにもない彼が応募できるアルバイトは、工場などの肉体労働系が多かった。
「工場とかは嫌だな。立ち仕事で男ばかりで汗臭いし。大体俺は文系だから肉体労働にはむかないんだ。エアコンが効いたきれいなオフィスで、ずっと座っていられてパソコンの操作するような仕事で、できれば出会いがあるように女の子がいっぱいいる楽な仕事はないかな? 」
果てしなく虫がいいことを考えながら求人誌をめくっていくと、一つの広告が目に入った、
「急募! コールセンター。20代~30代の男女が楽しく働いています。時給1000円。社会保険付。
お客様からのお問い合わせに答える簡単な仕事です」
その求人の写真は、きれいにオフィスで若い男女が笑っていた。
「これだ! これだよ! 」
理想の仕事を見つけたと思い、新人は小躍りする。
エアコンの効いた中で、座って電話応対するだけの楽な仕事に思えた。
(これいいんじゃないか? 肉体的につらくないし、時給も高い。しかも女の人が多いから優しくしてくれるだろう。決めた!)
勇気を出して応募すると、運よく採用された。
「これで俺も立派な社会人だ! 」
晴れてフリーターとなった新人は、自分の将来に明るい希望を感じ、意気揚々と出社する。
しかし、当然のことながら、現実はそんなに甘くなかった。
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