第2話
「はあ……」
とある平凡な一軒家のリビングで、テーブルに並ぶ食べ物を見て新人はため息をつく。帰る途中でスーパーによって手に入れた夕食は、半額のシールがべたべたと貼られた激安弁当だった。
「寂しい……」
半額弁当をレンジで温め、一人もそもそと食べる。
独身男の悲哀を感じさせる光景であった
食べ終わってシャワーを浴び、一人さびしくテレビを見る。
テレビではアイドルが踊り、お笑い芸人が騒いでいたが、新人の頭の中には何も入ってこなかった。
「……あれ? どうしたんだろう。ひとりでに涙が……」
ふいに一人暮らしの寂しさがわきおこり、新人の目から涙がこぼれる。両親が死んだ直後は自由な一人暮らしを満喫していたが、最近では毎日のように孤独を感じていた。
(はぁ……俺はいったい何をやっているんだろう)
涙を拭いて、孤独から逃れるようにテレビに集中すると、恋人特集をやっていた。
「……」
そこでは誰もが幸せそうである。それを見ているうち、自分ひとりだけが別世界に生きているように感じていた。
(一人で生きていくのがこんなに辛いなんて。どうしてこんな事になったんだろう)
新人は重いため息を吐く。流されるままに生きてきて、気がつけばもう24歳である。
(親が生きているうちに、ちゃんとした会社で正社員になっていればよかった)
そんなことをいまさら思っても手遅れであった。
「おやじ……おふくろ……なんで死んでしまったんだよ~」
テレビを消し、仏壇の両親の遺影に向かって愚痴る。
二人は笑顔を浮かべているのみで、彼の問いかけには何も答えてくれなかった。
「結局、二人の言っていることが正しかったのかな……」
新人は両親が生前言っていた事を思い浮かべる。
「新人、アニメばかり見ていないで勉強しなさい。いい大学にいってまともな会社にいかないと、将来苦労するぞ」
父は毎晩アニメを見ている新人の側に来ては、こういって説教していた。
「お兄ちゃんは真面目に勉強していい大学にいったのに、なんであなたは……」
母親はこういって優秀な兄を引き合いにして新人を責めたてる。
「ふん。学歴にこだわるなんてもう古いさ、今からの社会は実力だ。若いうちに遊んで好きなことを見つけて、社会に出てから実力を発揮すればいいだけさ」
彼らに説教されるたび、こんなことを言って両親に反抗していたのが悔やまれる。
結局、隼人は高校を卒業してもどこにも就職できず、ずるずるとニートを続けた。
親が死んでからさすがに反省して、慌ててフリーターになったものの、自分より若い女性に指導されこき使われる身分である、
彼は今、孤独と絶望で、将来に希望を見出せなくなっていた。
夜になり、明日に備えて早めに床につく。
暗い部屋の中で布団に包まっていると、自然に今までのことが思い浮かんできた。
大矢新人、24歳。職歴 コールセンター一ヶ月のみ。つまり元ニートである。
兄が一人いるが、東京の一流企業で働いており、成人の事など全く相手にしなかった。
新人は高校を卒業したとき、就職に失敗してニートデビューしてしまった。
もともと内気な性格で、物事にあまり積極的に取り組もうという意欲が乏しかった。
当然のごとく小・中・高と苛められていたし、勉強もできない。趣味はゲームとネット、そしてライトノベルという典型的ダメ人間である。
特に高校を卒業しからは、働かない彼に両親は愛想を尽くし、ほとんど無視されていたが、それは彼にとってはむしろ好都合だった。
何一つ期待されずに自由に過ごせたからである。
かくしてニートデビューした新人は、6年間ずっとだらだらと過ごしてきた。
両親は彼に対して無関心だったが、小遣いをきちんと与えていたので、成人はひきこもることもなく、日中はネットカフェに行ってマンガを読んだりなど、ある意味自由を満喫していた。
それでも次第に将来に対する不安を感じ、新人は夢に向かって努力を始める。
(そうだ。ライトノベル作家になろう。今まで溜め込んだオタク知識を総動員して書けば、すぐにベストセラーになってアニメ化されて……)
そう思って必死に小説を書き始めるも、その努力も長くは続かなかった。
今までに書いた、『ゼロの召喚魔』『後退の小人』『リアルかくれんぼ』『アホと試験と殺人教室』などの作品はすべて有名作品の劣化パクリであり、どれも最後まで書ききれずに放置されていた。所詮リアルでの経験にとぼしいニートの新人では独創性を打ち出すことができず、人気作品の都合のいいところの継ぎはぎになってすぐネタが尽きたのである。
(夢を追ったのが間違いだったのかな……)
それでもいつかデビューする日を夢見て、両親から小遣いを貰って気ままに生きてきた。
そんな彼の気楽な生活は、ある日突然に終わりを迎える。
いつものように朝からネットカフェに出掛け、好きなだけ漫画を読みふける。そして家に帰ると、いきなり家の様子が変わっていた。
「な、なんだこれ……」
家には多くの黒いスーツを着た知らない人がいて、忙しそうに動き回っている。
「な……あ、あんたたちは誰だ」
新人が慌てて近寄ると、彼らは慇懃に頭を下げた。
「大矢新人さんですね。私たちは葬儀社のものです.お兄様からご依頼を受けて、葬儀の準備を承らせてもらっています」
礼儀ただしく礼をする彼らの腕には「○○葬儀社」という腕章を付けていた。
「そ、葬儀って? だ、誰の?」
一人混乱する新人に向かって、彼らは気の毒そうな顔をする。
すると、家の中からスーツをきたメガネの男が出てきた。
「新人! 今までどこにいっていたんだ! 」
その男は鬼のような顔を浮かべて、いきなり力いっぱい新人を殴りつけてきた。
「アニキ! いきなり何するんだ! 」
その男は、確かに東京のにいるはずの兄だった。
新人は頬を押さえて抗議するが、兄は冷たい目でにらみつけてくる。
「お前こそ、こんな時にどこほっつき歩いてたんだ! なぜ連絡してこない!」
「れ、連絡って?」
「警察から俺に連絡が来た!父さんと母さんが交通事で死んだんだぞ!」
その言葉を聞いて、新人が言葉を失う。
「う、嘘だ」
「嘘じゃねぇ! まったく、親が死んだのに連絡がつかないとは。どうせ遊びに行ってたんだろ! 」
そのとおりなので、新人は何も言い返せなかった。
「さっさと着替えて、邪魔にならないように隅で座っていろ! 」
喪服を投げつけられるように渡される。
新人は魂が抜けたような顔をして、言われるままに喪服に着替えた。
ううう……」
葬儀の場で、新人は変わり果てた両親の遺体と対面する。
おとついまでは元気だった二人は、今は物言わぬ躯となりはてていた。
「ほんとうに、かわいそう」
「だれも看取る人もいないで、病院に放置されていたなんて……」
「いい年して仕事もしていないのに、なにをしていたんだか……」
集まった親戚達の視線が、容赦なく新人を痛めつける。
彼らのせめるような視線に、新人は耐え続けることしかできなかった。
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