第65話 怪人類(モンストル)

富士五湖に隣接したとある集落では、一人のズタ袋を頭にかぶった太った若者が恐怖に震えていた。

「やめろ……どこかに行ってくれ……」

せまいニワトリ小屋にこもり、ぶつぶつとつぶやいているのは島田利光。以前、井上学園の1-Aに所属し、工藤啓馬の取り巻きになって正志をいじめていた少年である。

彼は正志の学園封鎖事件の後、顔の生皮をはがされて醜くなった顔を家族に嫌われ、祖父と祖母がくらす山梨県の農家に預けられていた。

そこで新しい生活をする予定だったのだが、どこの高校も受け入れてくれず、仕方なく農家の手伝いをしてくらしていたのだが、今回の大破滅で村人たちが怪物になってしまったのである。

「キヒヒ……出ておいで……」

「オマエも仲間になるんだ……」

外からそう呼びかけてくるのは、元は彼の祖父母だった者たちである。彼らは体中が泥にまみれた「泥田坊」という妖怪に変化していた。

「やめてこれ……どっかに行ってくれ……」

利光は暗くて汚いニワトリ小屋の中で、卵を食べながら何日もすごす。

空腹と喉の渇きで衰弱死しそうになったとき、唐突に銃声が響いた。

「ギャァァァァ!

外から、怪物たちの断末魔の叫び声が聞こえてくる。

「ヒャッハー!当たったぜ」

「くはははは。まさか好き放題銃を打てるようになるなんてな」

外からそんな声が聞こえてくる。納屋の壁の隙間からこっそりと外をのぞくと、フルフェイスのメットをかぶった迷彩服をきた男たちの姿が目に入った。

「じ、自衛隊?やった!助けにきてくれた!」

喜んだ利光は、顔を隠すためのズタ袋をかぶって小屋を飛び出す。

「た、助けて下さい」

そういって自衛隊員に呼びかけた。

「ああん?なんだてめえは」

しかし、殺気だった彼らに銃を突きつけられてしまった。

「あ、怪しいものじゃありません。この村に住んでいたんですけど、怪物に襲われて今まで隠れてたんです」

「はあ?だったらなんで袋なんて顔にかぶっているんだ。取れ!」

自衛隊員たちに組み敷かれて、頭のズタ袋を取られてしまう。その下からは、生皮をはがれた醜い顔が出てきた。

「やっぱり化け物じゃないか!」

「ち、違うんです。これは吾平の奴にはがされてしまったんです……お願いです。殺さないでください!」

利光は地面に土下座して泣き出す。

さすがの自衛隊員たちも、気勢をそがれて殺す気がなくなっていった。


「……もういい。立て。命だけは助けてやる」

しばらくして、自衛隊員のリーダーがそう告げる。

「ゆ、許してくれるんですか、ありがとうございます」

「その代わり、食い物をよこせ」

そう要求され、利光は家の倉庫に案内する。そこはかなり荒らされていたが、まだ米などの食料が残っていた。

「こ、ここにあるものがすべてです」

しかし、自衛隊員たちはそれを見て首を振った。

「ああん?俺たちが必要なのは肉だよ」

「に、肉ですか……」

そう要求されて、利光は困惑する。普通の農家である利光の家に、豚や牛など肉などあるはずがない。

「そ、そんなもの、ありません」

「あるじゃねえか……くくく」

自衛隊員は、鋭い眼光で利光を睨む。背中に冷たい汗が流れるのを感じた利光は、仕方なく、ニワトリ小屋に案内した。

「ヒャッハー!肉だぜ!」

自衛隊員たちは、ニワトリたちを捕まえて生きたまま貪り食う。あっという間に小屋はニワトリたちの血にまみれていった。

「うめえ…!」

夢中になって食べている自衛隊員の口元から、尖った牙が生えている。それを見た利光は、たとえようもない恐怖を感じた。、

たっぷり食った自衛隊員たちは、再び利光に銃を突きつけた。

「よし。約束通り、今は命を助けてやろう。お前はこれから俺たちの奴隷だ」

「ど、奴隷ですか?そんな、ひどい」

抗議を仕掛けた利光だったが、次の言葉で震えあがった。

「なんなら、飯でもいいんだぜ。まるまると太っていて旨そうだし」

ギャハハハハと笑って、仲間内で笑い合う。生でニワトリたちが貪り食われるのを見た利光は、その冗談に笑うことができなかった。

「わ、わかりました」

「決まりだな……お前には新しい名前をやろう。顔が剥がれて肉がむき出しになっているから、「ササミ」ってのはどうだ?」

「は、はい」

こうして、利光は自衛隊員たちによって駐屯地につれていかれてしまうのだった。


富士山周辺にある駐屯地では、奇妙な光景が繰り広げられていた。

外の炊事場では、どこか崩れたようなヤンキーみたいな恰好をしている少女たちが、洗い物をしている。

「あんたたち、今日の獲物はそれ?」

「ああ、うまそうだろ?」

男たちはにこやかに笑って、利光を小突く。少女たちは利光をじろじろ見ると、納得したように頷いた。

「若い肉で助かるよ。自衛隊員のおっさんたちの肉は、年取ってて硬かったから調理しないと食えたもんじゃなかったからね」

そういって少女たちは屈託なく笑う。その口元からは、尖った牙が現れた。

「え……自衛隊員の肉って……」

「ああ。ここを襲撃した時の獲物さ。服や武器だけじゃなくて、肉も手に入ったからたっぷり食えたよ」

よく見ると、彼女たちが洗っているのは血が付いた人間の腕や足だった。

「ひ、ひいっ!」

あまりの光景に、利光は腰をぬかしてしまう。少女たちは鼻歌をうたいながら、洗って血抜きした腕や足たちを干していた。

「諦めな。お前は俺たちのエサだ」

「そ、そんな!あなたたちは自衛隊員じゃないんですか?」

「誰がそんなことを言ったよ」

自衛隊の装備を奪った男たちはヘルメットを脱ぐ。すると、その下からモヒカン頭やハゲ頭、リーゼントなどが現れた。

「俺たちは新たに生まれた新人類。高人類の方々によって、怪物から人間に戻った選ばれた者たち、『怪人類(モンストル)』だ」

ひときわ狂暴そうなリーダーが、そう名乗った。

彼らは魔人類の襲撃によって一度はソウルウイルスに感染し怪物化した後、弓たち「高人類」の聖なる光で人間に戻った者たちである。

身体は人間に戻り、怪物化への免疫はついたものの、もともと理性に乏しくいじめや暴力を繰り返していた者たちなので、この大破滅におけるソウルウイルスの拡大において精神だけが怪物化して、人間を捕食する生物になってしまったのだった。

「くくく……俺たちは軟弱な人間の精神を捨てて、新たな人類として生まれ変わったんだよ。だからこういうことができる」

そういうと、生のまま干していた人間の足や腕をかじる。

「オマエは本当に旨そうだ。たっぷり時間をかけて食ってやる」

ギャハハと笑う怪人類たちに囲まれて、利光はもう逃げられないことを実感するのだった。



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