第64話 優れた人
正志が作ったコミュニティは、なんとか平和な生活を続けていた
しかし、そんな生活を脅かす存在が現れる。
「ば、化け物だ!」
都市部から逃げ出してきた緑色の鬼のような姿をした怪物『ゴブリン』が、村に侵入して襲い掛かってきた。
「う、うわぁぁぁぁ」
村の住人たちが弓矢で応戦するも、彼らは当たった矢をものともせずに押し寄せてきた。
「な、なんで倒れないんだ」
「ソウルウイルによる怪物化によって肉体の再生力も強化されているみたいだな。矢では倒せないみたいだ」
やけに冷静に正志が分析する。怪物たちには今まで警官や自衛隊員と闘ってきたのか、あちこちに銃弾の痕がついていた。
「そ、そんな。どうすれば?」
「仕方ない。俺が戦おう」
そういって正志が前にでる。彼は今まで集めた鉄製品から加工した、特別な武器を持っていた。
彼がもっているのは、砕棒(かなさいぼう)と呼ばれる、いわゆる鬼の金棒のような形状をした武器である。手で持つ部分は持ちやすいように丸く細めに作られており、打撃部分は八角形で刺が立っている。
「ふんっ!」
正志の持つ砕棒で叩かれると、矢も効かない不死身の怪物が叩き潰されていく。
「すごい!お兄ちゃん強い!」
あっというまに10匹はいた怪物が駆逐され。それを見ていた住人たちは歓声を上げるのだった。
「喜んでいる場合じゃないぞ。こういう化け物が今の日本にはたくさんいるんだ。これからもこの村は襲われるだろう」
正志の言葉に、住民たちは恐怖する。
「そんな、どうすれば?」
「人に頼るな。自分たちで闘えるようになれ」
すぐ自分に頼ろうとする住人たちを、冷たく突き放す。
「だ、だけど、俺たち戦いなんかしたことないし……」
躊躇する男たちに、正志は悪魔のような笑みを向ける。
「心配するな。俺が徹底的に仕込んでやる。まずは腕立て伏せからだ!」
正志が指をはじくと、男たちの体内のソウルウイルスが反応して、強制的に腕立て伏せさせられる。
「まずは300回だな」
「ひぃぃぃっ」
スパルタ式指導を受け、軟弱な都会の生活に慣れきっていた若い男たちは悲鳴を上げるのだった。
数日後
正志は弟子たちの仕上がりを確かめる。
「よし。大分腕の筋肉がついたようだな」
ソウルウイルスで腕の状態をチェックして、満足そうな笑みを浮かべた。
「そ、そりゃ……」
「いつでもどこでも、無理やり腕立て伏せを強制させられたら、筋肉がついて当然ですよ」
弟子たちは、疲れ切ったような顔でつぶやいた。
「まあそう言うな。本格的な格闘の修行に入る前に、腕の筋肉をつけておかないと話にならないのでな」
そういうと、正志はこの数日自分で作った武器を手渡す。それは少し目方を減らした金属製の砕棒だった。
「刀なとの刃物はすぐ刃こぼれして役にたたなくなる。獲物に広範囲で衝撃を与えられる鈍器と致命傷を与えられる槍先が合わさった、砕棒が最強の武器なのさ。まずはその重さになれるところから始めろ。素振り100回」
「ひいいっ」
再び悲鳴をあげる弟子たち。
こうした正志の指導を受け、彼らははどんどんたくましくなっていくのだった。
ある夜。正志が村の周囲を見回っていると、看護婦の穂香がやってきた。
「正志君、こんな夜遅くまで何をしているの?」
「怪物は夜に動きが活性化するんだ。だから警戒している」
木刀を構えて油断なく村の外を警戒する正志を、穂香が気遣った。
「……正志君、無理していない?あまり寝ていないんでしょう」
「大丈夫だ。俺たち魔人類は睡眠もコントロールできる。三時間も寝れば、肉体的な疲労は回復する」
そう言い放つ正志に、すっとバスケットが差し出された。
「でも精神的な疲労は回復しないんでしょう?ごはんでも食べて、少しは息抜きしようよ」
「……そうだな……」
穂香の誘いにのって、湖の湖畔でサンドイッチをつまむ。水面には美しい満月が映っていた。
その月をみながら、穂香はつぶやく。
「でも、正志君はすごいね。私より年下なのになんでもできて。そのサバイバル知識はどこで学んだの?」
「学んだというより、ダウンロードしたんだ」
「えっ?」
首をかしげる穂香に、説明する。
「俺たち魔人類は、進化した人間だ。だからこの『地球』という巨大なホストコンピューターに精神をネットでつなげることができる。現人類と大きく違うところさ」
自分の頭を指さす。
「旧人類の脳の機能じゃ、一個人が自らの同胞が開発した知識や技術のすべてを継承するには限界があるだろ。どんなに勉強したって脳の容量の問題でな。無理に詰め込んだって発狂するだけだ。チンパンジーに人間の教育を施しても無駄なことと同様にな」
そういって正志は笑う。
「しかし、必要な知識を必要な時に、地球意識というクラウド上に存在するメモリーからダウンロードできる魔人類は違う。我々は文明が崩壊した世界に放り出されても、数年で一般人のレベルで生活できるようになるだろう」
それは人類が今まで積み上げてきたすべての知識と技術を、一個人が継承できるということである。
この能力を持つ魔人類と持たない旧人類では、まさにチンパンジーと人間くらいの生物としての差があった。
「そっかー。私たちはチンパンジーなのか」
落ち込む穂香を、正志は慌ててフォローした。
「別に俺個人が優れていたわけじゃないぞ。俺は昔は人間の間では落ちこぼれだったしな」
「え?落ちこぼれだったの?」
「ああ、虐められて辛い思いをした」
そうつぶやく正志に、穂香は優しく笑いかけた。
「よかったら、私に話してみなよ」
年上の包容力があるお姉さんに水を向けられ、武三は自分の過去のことを話すのだった
「そっかー。正志君も苦労していたんだね。家族や幼なじみにまで虐められていたなんて」
過去に正志が受けたいじめについて穂香は同情する。
「でも、今は正志君のおかげで私たちが守られているよ。ありがとう」
穂香は柔かい笑みを浮かべる。
正志の実践的な戦闘の指導を受けた結果、村の若者たちは重い砕棒を振り回せるようになり、村を襲う怪物たちとも戦えるようになった。
今では彼らは「金剛鬼砕流」を名乗り、正志を師匠として慕っていた。
「きっと正志君をいじめていた人たちは、人として一番大切なことを忘れていたから、色々理由をつけて正志君をいじめていたのよ」
「大切なこと?」
穂香の言葉に、武三は首をかしげる。
「そう。今君がやっていること。優れた人はその力と知識を他者にマウントを取るために使うのではなくて、仲間のために使うべきだって事」
そういうと、穂香は正志の手を握る。
「本当にありがとう。私たちはあなたによって生きていられる。本当に感謝しているわ」
そういうと、穂香は村に帰っていった。
「優れた人はその力と知識を他者にマウントを取るために使うのではなくて、仲間のために使うべき……か」
残された正志は、その言葉を噛みしめる。
「そうだよな。俺が得た力は、俺のためじゃなくて人類全体に為に使うべきなんだ」
そう思った正志は、彼らが自立して生きていけるようになるまで、全力で彼らを守ろうと決意するのだった。
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