世紀末世界編

第63話 避難民の利用

自殺の名所である青木が原樹海は、富士箱根伊豆国立公園の一部である。国の天然記念物、国立公園の特別保護地区に指定されているので、開発が規制され、ほとんど人が住んでいない。

シェルターの入り口があるそこから少し離れた忍隠村に、正志たちは避難民を連れてきていた。

「どうやら、元の住民たちは怪物化して餌をもとめて都市部にいったらしいな」

ほとんど無人になった村を見て、正志はつぶやく。

「ここなら安心暮らせていけるだろう。周囲ではコーン じゃがいも 稲 だいこんなどの豊富な種類の農作物を作っているし、さらに近くの山中湖、河口湖、西湖ではワカサギ、ウナギ、コイ、オイカワ、ヒメマスが取れるからな」

それを聞いて、避難民たちは感謝の声をあげる。

「ありがとうございます。正志さま」

「礼はいい。俺たちはこれからシェルターに入りきらない人員を、この周辺に集めてくる。お前たちは力を尽くして生活を建て直せ」

「はいっ」

感謝する避難民たちを置いて、去っていった。

「正志さま。人間は救わないのではなかったのでしょうか?」

魔人類の幹部の1人、メフィスト木本が聞いていた。

「そのつもりだったが、考えが変わった。生き残った人間に手を貸して、利用しようと思う」

「利用とは?」

アスモデウス上田が聞いてくる。

「俺たち魔人類たちといえども、シェルターに入ると無力になる。一応入口周辺にフィールドによる結界は張るつもりだが、不測の事態が起きるかもしれない。だから、俺たちを信奉する現人類を集めて、シェルター近辺を守らせる」

「なるほど」

それを聞いた幹部たちも納得する。

「だけど、魔人類を信奉する現人類っているんでしょうかね」

「それをこれから集めるんだ」

正志は狡猾な笑みを浮かべた。

「現在、田舎で生き残っている現人類を救って、恩を着せる。そうして全国から連れてくるんだ」

「わかりました」

魔人類たちは、正志の命令を実行するために散っていった。


正志は周辺の地域を周り、まだ生き残っていた若者たちを集めて連れてくる。。避難民たちは、富士山周辺の忍隠村で共同生活を送ることになった。

しぱらく村にとどまり、彼らの護衛をすることにする。

正志は避難民を養うために、民家や商業施設から物資を集めたり、近辺の山からシカやイノシシなどを狩ったりしていた。

「すごい……こんな大きなイノシシをどうやって?」

軽トラの荷台に積まれたイノシシを見て、避難民の大人たちは驚いた。

「簡単なことだ。これで小突いただけだ」

拳を振り上げる。

「これで頭を一発ガツンとなぐれば、頑丈なイノシシも一発だ」

そういって笑う正志を、子供たちはキラキラした目で見つめた。

「お兄ちゃん。強い。カッコイイ」

「そ、そうか?他にもこんなのを持ってきたぞ」

正志は、集まってきた子供たちにスーパーから調達したお菓子を渡す。

「わーい。お兄ちゃん。ありがとう」

純真な子供たちに礼を言われて、正志は頬をゆるませた。

「いつもありがとう。私たちを助けてくれて」

少し年上の看護婦にそう言われて、正志は照れる。

「そ、そうか?あっ、そういえば、薬局があったから、あんたが頼んだ医薬品も持ってきたぞ」

「ありがとう。これで傷ついた人の手当ができるようになるわ」

看護婦はにっこりと笑って、正志に感謝した。

こうやって頼られることに悪い気はしないが、彼らが勘違いしないように正志は念を押す。

「だけど、こうやって物資を持ってこれるのは最初のうちだけだ。すぐに周辺のスーパーにもモノが無くなるだろう」

周辺の町のスーパーを探して缶詰めなどを持ってきているが、流通が破壊されているのでもちろん補充などはされない。消費しているだけでは、いずれ物資が底をついてしまうのは目に見えていた。

「それに、俺もいつまでも外にいられるわけじゃないしな。魔人類の皆が避難民を連れて帰ってきたら、シェルターに入るつもりだから」

「そんな……私たちを見捨てるのですか?」

すがるような目で見てくる住民に、正志は冷たく告げた。

「甘えるな。俺たち魔人類はいずれいなくなる。それまでに自立できる力をつけておけ」

それを聞いた住民たちは、目に見えて落ち込む。しかし、一人の女性が彼らに活を入れた。

「正志君の言う通りよ。いつまでも彼に頼っちゃだめ。私たちは自分の力で生きて行かなきゃ」

その看護婦は仲間を叱ると、正志に向かって頭を下げた。

「ごめんね。せっかくあなたたちに助けてもらったのに、勝手なことばかり言って」

「き、気にするな」

年上の美しい女性に頭をさげられ、正志は照れる。そんな彼を好ましそうに見ると、、看護婦は笑顔を向けてきた。

「私は鈴木穂香よ。よろしくね」

20歳くらいの美しい看護婦は、手を差し出してきた。

「あ、ああ。よろしく」

初心な正志は、少し顔を赤らめながらその手を握り返す。

「まあ、すぐにシェルターに入らないといけないってわけでもない。お前たちだけで自立できるようになるまでは、協力してやろう」

正志はそういって、胸をそらすのだった。


それから正志は、彼らのリーダーとして、自給自足の生活が成り立つように住民たちを指導した。

物資を調達すると同時に、住民たちが凍えないように気を配る。

「さ、寒いよぅ」

「炭を作って暖をとれ」

地球意識からダウンロードした知識を使って炭焼き小屋を作り、住人達に炭の作り方を教える。その炭を使って囲炉裏・炭炬燵・火鉢を作り、住民たちを暖めた。

「あったかい……」

まったりとする住人たちに、正志は容赦なく命令する。

「遊んでいる暇はないぞ。屋内にいるときは小物の制作だ。とりあえず武器を作れ」

住民たちを指導して、弓矢などのさまざまな物を作らせる。

「よし、今日は釣りに行くぞ」

またある日は、子供たちを連れて近くの山中湖に行く。

「はっ!」

湖中の魚の気配を感じ取り、その近くに釣り糸を垂らした正志は、見事に大量のワカサギを釣り上げた。

「兄ちゃん。すげー」

憧れの目で見てくる子供たちに、正志は告げる。

「遊びじゃないんだぞ。さ、お前たちもやってみろ」

「うんっ」

子供たちは素直に従うのだった。

「春から秋にかけてはウナギが釣れるから、頑張ってみるんだな」

「ウナギ……食べたい」

よだれを垂らす子供たちに、正志は苦笑する。

「いいか、ウナギ釣りのコツはな……」

こうして、正志は子どもたちに釣りを教え込むのだった。


そしてまたある時は、住民たちをつれて狩りに出かける。

「ま、正志さま。私は東京でサラリーマンをしておりましたので、狩りなどしたことがなく……」

「ㇱッ」

何か言いかけた若い男をだまらせる。正志が指さした方向には、一頭の立派な角を持つシカがいた。

「ちょうどいい獲物がいるな。よし、気配を消して回り込め」

「だ、だから私たちは……え?」

何か言いかけた若い男たちの身体が、勝手に動き出す。

「こ、これは?」

「お前たちが素人だってことはわかっている。だからソウルウイルスを通じて身体をコントロールした。文字通り、狩りの仕方を身体で学ぶがいい」

「そんな!」

抗議したいが身体の自由が効かない。結局男たちは、無理やりシカを包囲させられてしまった。

「今だ!うて!」

正志の号令により身体が勝手に動き、弓に矢をつがえて放つ。放たれた矢は、見事にシカを仕留めていた。

「えっ……こ、これを俺たちがやったのか?」

自分たちの手で仕留めたシカを見て、男たちは戸惑う。まだ手には矢を放った感覚が残っていた。

「どうだ。お前たちでもやればできるだろう」

「た、たしかに……」

東京でサラリーマンを続け、無味乾燥な生活をしていた頃とちがい、自らの手で獲物を手に入れたという感覚が男たちを歓喜させる。

「よし。次は皮はぎと血抜きなどの解体作業だ。一気にやってしまえ」

「ひ、ひいっ」

またも強制的に身体を動かされ、シカの血にまみれながら解体作業をさせられた男たちは悲鳴を上げるのだった。






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