第62話 世界の破滅

「さ、どうぞ。マスクを取って召し上がれ」

「い、いらない」

マスクを取ったら、裂けた口がバレてしまう。その時。美香のマスクをみた女性が心配そうな顔になった。

「あ、あなた、マスクに血がついている。大丈夫?ちょっと傷口を見せて」

「い、いやっ」

頑なに拒否する美香に、その女性は安心させるように笑いかける。

「大丈夫よ。私はこう見えて看護婦の資格をもっているから。さぁ、見せて」

そういうと、美香の口元に手を伸ばしてくる。

追い詰められた美香は、拒否しながら女性を睨み返した。

「いいっていっているでしょ!あっ」

看護婦は美香に構わず、マスクを取る。そして美香の顔を一目みた瞬間、叫び声をあげた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」

その叫び声を聞いて、避難民が一斉に美香を見る。

「な、なんだあの顔は!」

「ブサイクだわ!まるで獣みたい」

そのささやき声は、美香の心を深く傷つけた。

(わ、私は可愛い可愛い美香ちゃんよ。この私がブサイクだって?そんな……)

その時、部屋にある鏡が目に入る。そこに映った自分の顔は、二目とみられないほど醜いものだった。

いかなる美貌も台無しにするほどの醜い裂けた口をみて、美香は怒り心頭に発する。

その怒りがソウルウイルスを活性化させ、身体の内部からある衝動が押し寄せてきた。

(自分だけ不幸になるのは嫌!ミンナもオナジ不幸にマキコンデやる……)

美香の裂けた口から、とがった牙が伸びていく。

同時に顔もさらに崩れ、しわくちゃの老婆のようになっていく。

「グルァァァァァァ」

元は美香だったモノは、口裂け女からさらに進化して、妖怪「山姥」となる。

彼女は叫び声をあげて避難民に襲い掛かっていった。


「きゃぁぁぁぁぁ!

いきなり建物の中から悲鳴が聞こえてきて、外にいた史郎と木本警部は顔を見合わせる。

「もしかして、怪物が中に入りこんだのか?」

「親父、行くぞ」

二人は慌てて避難民たちがいる部屋にいく。

中にはいると、護衛していた警察官が避難民を守っていた。

「皆、下がって!」

避難民たちを背後に庇って、襲ってくる山姥に対して立ち向かう。

「ウケケケケケ!」

しかし、山姥の鋭い爪に引き裂かれ、喉笛を食いちぎられて勇敢な警察官たちは死んでいった。

「くそっ!」

それを見た警部は、避難民たちを守るために山姥に立ち向かおうとする。

「親父、さがっていろ!」

そんな警部を制して、史郎が前に出た。

「俺が相手だ。この化け物め!」

史郎の拳が輝きだす。

「くらえ!ソウルウイルス鎮静!」

拳が山姥の腹に食いこみ、体内のソウルウィルスを鎮めようとする。

しかし、いまだ体内にのこる「高人類」の聖なる力が、史郎の制御をはねのけた。

「ウキッ!」

山姥が一声叫ぶと、腕を一閃させる。史郎は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「くっ。こいつ、強い!」

『高人類(タカビー)』の生命力がソウルウイルスと融合して強化され、美香は最強の怪物と化していた。

「ㇱネッ!」

山姥の牙が、史郎の喉元に迫る。

史郎が観念して目を閉じたとき、その間に一人の男が入った。

「バケモノめ!息子になにをする!ぐっ」

史郎をかばってその牙を受けたのは、父親である木本警部だった。

「親父……」

史郎の身体に、父から流れ出た温かい血が降り注ぐ。

「史郎……逃げろ……」

そういうと、警部の身体から力が抜けていく。山姥は、そんな警部の首元にかじりついて、さらに貪り食おうとしていた。

「くそっ!」

父親に守られた史郎は、激しい怒りを拳に込めて、山姥の裂けた口元にぶち込む。

「ギャッ!」

史郎の拳は口を貫き、さらにその奥にあった延髄をもぶち抜くのだった。



その頃、アメリカの軍のシェルターにて

「ジョーカー司令官、決断してください。今なら怪物どもは都市部に集中しています。敵国の主な都市に核ミサイルによる攻撃を!」

眼鏡をかけた副司令官が、司令官にそう迫っていた。

「だが……そうすれば、報復措置でロシアと中国、北朝鮮まで連鎖的にわが国や同盟国に対して核ミサイルを放つかもしれん」

「仕方ないではありませんか。それに、もしそうなれば、我々の手を汚すことなくわが国の怪物たちも一掃できます」

副司令官は冷たく言い放った。

「だ、だが……」

「司令官。すでにわが国の大統領や閣僚たちとも連絡が取れなくなっていて、秩序を保てているのは軍だけです。アメリカを再建できるのは我々だけなのです」

それを聞いて、ついに司令官も決心した。

「やむを得ん……」

核ミサイルのコードを書き換え、手動で発射する。

指令を受けた核ミサイルは、中国・ロシア・北朝鮮などの東側諸国に飛んでいった。

同時に、それを感知した彼らは西側諸国に対しても、核ミサイルを撃ち込む。

東京やニューヨークが火の海に包まれるのを見て、司令官は涙を流した。

「神よ……お許しを……」

「これで世界は一度滅び、新たな秩序を我がアメリカが作っていくのです」

副司令官が得意そうに言い放ったとき、怒りの表情で破滅する世界を見ていた兵士の1人が叫び声をあげる。

「なんてことを……ニューヨークには俺の家族がいたのに……くそっ……これで世界は終わりだ……ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

その兵士の身体が巨大化していく。彼はアメリカの伝説の木こり妖怪、大巨人ポール・バニヤンとなって仲間たちに襲い掛かっていった。

「そんな馬鹿な!ここにいる者は、徹底的な健康チェックをしていたはずだ!ソウルウイルスとやらは検知できなかった」

副司令官の叫び声が、シェルターに響き渡る。

「ぐはっ」

巨人のパンチの一撃で、副司令官は頭を吹き飛ばされて死んでいった。

ソウルウイルスは肉体を動かすプログラム、いわゆる精神に感染するコンピューターウイルスである。物理的な検査では感染しているかどうか検知できない。目に見える現象しか信じない現代文明人の物理万能主義がもたらした弊害であった。

「う、うてっ!」

他の兵士たちが銃弾を撃ち込むも、巨人は倒れない。

「うわぁぁぁぁぁ」

逆にその腕の一振りで、兵士たちはなぎ倒されていった。

「た、助けてくれ!」

必死に命乞いをする司令官を、巨人は容赦なくひねりつぶす。

同じことは世界各国の政府系シェルターでも起こり、すべての人類の指導者たちは核ミサイルのボタンを押した後に、シェルター内部から現れる怪物に襲われて死んでいった。

世界中の主要な都市は破壊しつくされ、人類の文明は完全に滅んでしまう。

あとは、生き残った人々と怪物の長い長い闘いが始まるのだった。



警視庁

延髄を破壊された山姥は、力なくその場に崩れ落ちる。

「や、やった……あの化け物を倒してくれた」

「私たちを助けてくれて、ありがとう!」

パチパチという拍手の音が上がる。

しかし、史郎は父の身体を抱きしめて涙を流していた。

その肩に、優しく手が置かれる。顔をあげると、悲し気な顔をしていた正志がいた。

「親父さんは最後にお前を救ったんだな」

「はい……」

史郎は涙を拭いて立ち上がる。

「避難民をシェルターには収納できないが、せめてその近くの田舎の集落につれていってやろう。それがお前を守った木本警部に対する礼だ」

正志は最後まで警察官としての職務を全うした木本警部に対して、黙礼するのだった。

「……さあ、行こう」

「はい」

正志と史郎は、避難民たちを連れて宙に浮きあがる。そしてそのまま警視庁を後にした。

他の魔人類たちと合流し、正志たちは彼らが救った避難民たちを連れて東京を離れる。

しばらくした後、ドーンという音と衝撃が伝わってきた。

後ろを振り返った正志と魔人類たち、そして避難民たちが見たものは、核ミサイルによって発生したキノコ雲だった。

核ミサイルによる爆発で、東京は焼き付くされていく。

「……これで現人類の世界は、完全に終わったな」

正志はそれを見て、悲しそうにつぶやくのだった

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