第61話 父親たち

夕方になり、避難してきた避難民の数も減ってきた。

「ふう……なんとかひと段落したな」

そう呟くのは、木本警部。魔人類対策部隊の指揮官として、当初から事件を担当していた警察官である。

彼は大破滅が始まった後も、なんとか人々を救おうと職務を遂行していた。

「星がきれいだな……史郎もこの夜空の下のどこかにいるんだろうか」

停電して真っ暗になった東京の夜空を見上げて、警部は息子のことを思う。彼の息子は魔人類に参加して『メフィスト木本」となっていた。

「結局、息子の言っていたことが正しかったんだな。大破滅が起きて現人類は滅ぶ。助かるためには魔人類に参加するしかない……か」

自分の反対を押し切って、家出した息子の方が正しかったとしり、警部は苦笑していた。

「だが……私は後悔はしていない。たとえ滅びるとしても、私は警察官としての職務を全うすべきだろう」

警部がそうつぶやいた時、聞きなれた声が響いてきた。

「やれやれ……親父、どこまで頑固なんだよ」

その言葉と共に、黒い影が二つ降りてくる。それは大魔王吾平正志と、メフィスト木本を名乗るその部下、本名木本史郎だった。

「史郎、俺は警視総監に挨拶にいく。お前は親父さんと最後の別れをしろ」

「はっ」

史郎はうやうやしく頭をさげる。正志は警部に黙礼すると、そのまま建物に入っていった。

「警視総監に挨拶だと……?」

「ああ。実は警視総監はとっくに俺たちの協力者になっているんだ。娘さんの麗奈さんを通じてな。今までいろいろ便宜を計ってくれたみたいだ」

「そうか……それであの東京ドームに魔人類たちが入りこんでいたのか……」

警察の厳重な審査を潜り抜けて観客席にはいれたのも、最初からグルになっていたと知れば納得できる。

「結局、私は最初から最後まで魔人類にかなわなかったのだな」

自嘲気味につぶやく警部に、史郎は慰めの声をかけた。

「仕方ないさ。俺たち魔人類は地球の庇護を受けた新人類だ。いわばチートを与えられたようなものだからな。誰が担当していたって勝てるはずはないさ。世代交代を通じて新世代の子供は旧世代の親を追い越して進化していく。そうでないと生物の生きている意味はないからな」

「確かに……そのとおりだ。だが、少しばかり誇らしいぞ。父親にとっては、息子に乗り越えられるのは無上の喜びだからな。お前は常識にとらわれず、自分の意思で新しい時代にいきる権利を掴み取った。それだけで、古い価値観にこだわった父より優れているんだ」

旧世代の父親は苦笑して、新世代の息子をほめたたえた。

しばらく沈黙が続いた後、史郎が口を開く。

「親父……これからどうするんだ?」

「もちろん、これからも警察官として人々を怪物から守っていく」

警部は迷いなくそう答えた。それを聞いて、史郎は哀しそうな顔になる。

「なあ、親父。悪いことは言わないから今すぐ逃げろ。もうすぐ東京は火の海になるだろう」

「なんだと?どういうことだ?」

「それはな……」

これから東京などの都市部に起こることを告げると、警部の顔が悲しみにゆがんだ。

「史郎。正志君に頼み込んで、ここにいる人たちだけでも、助けてくれないか?」

「全員は無理だ。シェルターの収用人数にも限りあるし、厳格な基準が適応されている」

史郎はそういって首を振る。

「そこをなんとか……せめて幼い子どもだけでも」

「無理だ。救われるのは子どもを産める若い女と、ほんの一部の信徒だけだ。情に負けて一人でも例外を認めると、我も我もと救いをもとめる人々が押し寄せ、結局は誰も救えなくなる。すべての人を差別せず救わなければならない『正義』では、大破滅から人類を救えないんだ」

史郎は厳しい顔をして、父親の願いを拒否した。

「……そうなのか……」

「だから我々は『悪』を名乗っているのさ。自分達に都合のいい人材しか救わず、多くの人を見捨てる『悪』でないと、大破滅から生き残れないからな」

二人の間に沈黙が降りる。夜の闇の間から、怪物に襲われる多くの人々の叫び声が聞こえてくるが、彼らにももう何もできないのだった。


総監室

「正志君。麗奈は元気にしているかね?」

警視総監、山口源五郎はそう聞いてきた。

「ああ、ピンピンしているぜ。元アイドルだった星美と並んですっかり『信徒』たちのカリスマだ。新しい世界で、彼女は女性の代表者になるのかもしれん」

正志は苦笑しながらそう返す。それを聞いて、源五郎は頬をゆるめた。

「そうか。君たちに人生を賭けた娘の選択は間違ってなかったわけだ……。それで、今更私に何の用だね」

「最後の警告に来た。アメリカや中国、ロシアの始祖たちからの情報だ。軍のシェルターに入りこんでいるソウルウイルス感染者の意識から、ある情報が伝わってきた。想定していた最悪の事態が起こる可能性が高い」

それを聞いて、源五郎は疲れたような顔になる。

「こんな事態になっても、現人類の愚かさは治らないのか……我々は滅ぶべき存在なのかもしれん」

「いや、愚かさというより、現人類の自殺本能のようなものだろう。本能的に自分たちの時代が終わりをつげることを悟り、自爆スイッチを押そうとしているんだ」

正志の声には現人類への憐憫に満ちていた。

「……それは避けられないのか?」

「おそらく。だから今すぐここから逃げ出した方がいい。怪物化の発症していない者を連れて、人がこない田舎にでもいって、コミュニティを作れ」

そう警告してくる正志に対して、源五郎は首を振った。

「残念だけどそれはできない」

「なぜだ」

「今いる避難民を全員運べるほどの車両は、もはや警察には残っていないからだ。それに……」

源五郎はほろ苦い笑みを浮かべる。

「我々まで逃げ出したとなれば、東京に残された人々は最後の希望を失って絶望するだろう。我々は最後の瞬間まで、人々を守り続ける警察官でありたい」

そういうと、彼は正志に向かって頭を下げた。

「君に頼みたい。今ここにいる避難民は若者ばかりだ。彼らを救ってやってくれ」

「……わかった」

正志はその願いを受け容れるのだった。


「……私たち、これからどうなるんだろう」

「大丈夫よ。ここにいたら安心だから」

警視庁のビル内では、収納された避難民がそう互いを励まし合っている。

彼らは、自分たちを守ってくれる警察官を信頼の目で見ていた。

そんな彼らの中で、目立たないように隠れている一人の少女がいる。

「高人類」の1人、愛李美香は痛そうに口元を抑えていた。

(く、口が痛い……)

三人の口裂け女たちに付けられた、口元の傷がうずく。

トイレにいって鏡で自分の顔を確認した美香は、悲鳴を押し殺した。

(く、口が裂けて広がっている……)

美香の口元は、出血と共に少しずつ頬が裂け、口が大きくなっていた。

(わ、私はこれからどうなっちゃうの?あの女たちみたいに私も怪物になっちゃうの?そんなの嫌!)

恐怖と焦燥感で狂いそうになりなからも、マスクで口元を隠して避難民たちの収容場所に戻る。

その時、避難民の若い女性が話しかけてきた。

「ねえ、あなたもこっちに来ない?一緒に食べましょうよ」

彼女の近くには、輪になっておでんを作っているグループがいた。

「い、いや、私は……」

「遠慮しないでいいから」

親切な女性は、美香の手を引いておでんの鍋の前に連れていく。そしておでんの具を取って、美香に差し出した。

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