第59話 火あぶり

「啓馬……来たのか」

「ああ……結局、ここにしか居場所がないからな」

啓馬は自嘲気味につぶやく。この一連の事件の発端となったのは、正志による学園封鎖である。それにより、日本中に啓馬たちが行ったいじめ事件が晒されてしまったので、どこに行っても元1-Aの生徒たちは嫌われ排除される。

従って、傷をなめ合うかのように元の教室に自然に集まってきていた。

「俺たち、そんなに許されないことをしたのかな」

一人男子生徒がぽつりともらす。

「さあ……でも、俺は疲れたよ。人から嫌われて虐められ、のけ者にされるのって、こんなにもつらいことだったんだな。俺が悪かった」

啓馬はしみじみとつぶやく。

「とにかく、吾平が来たら、精一杯謝ろう。もう俺たちにはそれしかできることはない」

啓馬の言葉に全員が頷く。

そして、一縷の望みにかけてじっと教室で待ち続けるのだった。


そして数日後

「出てこい!」

「お前たちを生贄にしたら、きっと正志さまが来てくれるんだ!バリケードを解け!」

1-Aの教室の外から、そんな怒号が聞こえてくる。。

「な、なあ、大丈夫だよな。奴らは入ってこないよな」

「あ、ああ。ありったけの机と椅子で出入口をふさいだんだ。ちょっとやそっとじゃ入ってこれないだろう」

啓馬たち元1-Aは、必死にバリケードを抑えながら励まし合う。しばらくすると、諦めたのか外にいる生徒たちは去っていった。

あれから何度もちょっかいをかけてくる他の教室の生徒たちを撃退するために、出入り口を机と椅子でバリケードを作って立てこもっている。

しかし、そのせいで食料も水も取りに行けず、兵糧攻めのような有様になっていた。

「腹減った……」

「喉が渇いた……」

元1-Aの生徒たちと啓馬は半死半生の有様になっていた。トイレにもいけないので、すでに教室は排泄物の匂いで充満している。

飢えと渇き、臭い匂いのせいで、啓馬は気が狂いそうになっていた。

「吾平……俺たちが悪かった。許してくれ」

死の淵でうわごとのようつぶやくが、正志は現れない。

「もしかして……俺たちは完全に見捨てられてしまったのか?」

そんな絶望に駆られるが、もはやここから出る事はできない。一歩でも教室から出たら、他の生徒たちに捕まってリンチを受け、生贄にされることが目に見えているからである。

「いじめなんてするんじゃなかった……」

自分がいじめられ、危害を加えられる立場になって、初めて啓馬たちは後悔するのだったが、今更もう遅かった。

その時、教室の外から声が聞こえてくる。

「いつまでも立てこもっていられると思うなよ。出てこないなら、強制的に追いだしてやる」

その言葉とともに、ピチャピチャという音とともに、独特のにおいが鼻をつく。

外の生徒たちは、割れた窓から机に向かって液体を振りかけていた

「な、なんだ?この匂いは、ガソリンか?な、何をするつもりだ!」

啓馬たちが不安におびえていると、外からマッチが投げ込まれた。

マッチの火は瞬く間に広がり、教室が火の海に包まれた。

「あ、熱い!」

「助けてくれ!」

たちまち炎に取り囲まれる生徒たち。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

顔の包帯に火が付き、啓馬は絶叫した」

「あーーーっはっはっは、ざまぁみろ」

外から生徒たちのあざけ笑う声が聞こえてくる。

「こ、こんな死に方は嫌だ!頼む!誰か助けてくれ――――!」

啓馬たちは、生きたまま焼き殺されてしまう。その炎は瞬く間に学校中に広がり、忌わしき井上学園は業火の炎に焼き尽くされてしまうのだった。



とある街中を、必死に走っている少女がある。

「もう、なんなのよ!しつこいのよ!」

その少女はカモシカのようなすらりとしたスタイルで、かなりの美少女であるが、今は苦しそうに顔をゆがめて見る影もなかった。

元「高人類(タカビー)」の1人、日岡里子である。

彼女は追ってくる怪物から逃げるため、必死に走り回っていた。

「ウケケケケケッ。サトコ、マテ」

奇声をあげながら追いかけているのは、髪を振り乱した中年男である。彼の両手はまるでカマキリのように鎌状の刃と化していた。

「はあはあ、なんなのよ岡田の奴。しつこいのよ!」

おわれている少女は吐き捨てるようにつぶやく。変わり果てていたが、追っている男には見覚えがあった。元井上学園の教師、岡田泰である。

実は、彼女は以前体育教師である彼とつきあっていた。その頃の記憶が怪物になっても残っているのか、しつこく追いかけてくる。

「くっ……変身さえできれば、あんな雑魚簡単にやっつけてやるのに」

走りながら悔しがるが、神々が封印されてしまった以上、『高人類(タカビー)』になることはできない。

借りものの力が使えなくなった以上、彼女は自分の持つ脚力に頼って逃げ回る事しかできなかった。

怪物から逃げているのは彼女だけではない。周囲には多くの人がいて、みな怪物から逃げ回っている。

「はぁはあ……も、もう走れない」

体力の限界を迎えた人から怪物に襲われて、新たな怪物となっていく。いつしか人間の数はどんどん減っていき、里子を追う怪物も増えてきた。

(こ、このままじゃ捕まっちゃう。なんとかしないと)

里子がそう思った時、ダーンという音がして。追いかけてきていた怪物たちの一匹が倒れる。

「そこの少女、こっちにこい!」

彼女を救ったのは、迷彩服を着た自衛隊の部隊だった。

「あ、ありがとうございます」

気が付くと、前方に戦車の群れがバリケードを組んでいる。

「発射!」

自衛隊の発砲により、民間人たちを追いかけていた怪物たちは慌てて逃げていった

「あの……私たちどこにいけば……」

自衛隊に保護された民間人たちは、不安そうに聞く。

「あなたたちは、とりあえず立川の自衛隊駐屯地に避難してもらおうと思います」

自衛隊員の言葉に、保護された民間人はほっとする。

「さあ、トラックに乗ってください」

里子と民間人たちは、トラックに乗って駐屯地までの道を進むのだった。


軍用トラックの荷台には、大勢の人々が詰め込まれている。里子もその中で座り込んでいた。入口には二人の自衛官がいて、怪物に襲われないように警戒している。

トラックの中では、今までの苦労とこれから先への不安のため、重苦しい雰囲気が漂っている。そんな中、里子の正面にすわっていた中年のおばさんが、話かけてきた。

「ねえ、あなた『高人類(タカビー)』の日岡里子さんじゃない?」

そう言われて、トラックの中の人たちが一斉に里子に注目する。

「そ、そうだよ。テレビで見たことある」

「ねえ。あなたが怪物たちをなんとかしてくれるんでしょ?」

そんな期待を掛けられて、里子は必死で首を振った。

「む、無理よ。もう私は『高人類(タカビー)』に変身できないもの」

それを聞いた人々は、がっかりした顔になった。

「何よ!使えないわね!」

「今までさんざん救世主だって威張っていたくせに」

そんな声が上がり、期待を裏切られた人々は里子を憎しみの目で見つめる。

追い詰められた里子は、とうとう逆切れしてしまった。

「何よ!だったらあんたたちが自分で闘いなさいよ。勝手に私たちに期待したくせに、勝手に失望して責任転嫁してんじゃないわよ。いい大人の癖に」

開き直られて、人々の怒りは頂点に達した。

「何が責任転嫁よ。元はと言えば、あんたがこの大破滅を引き起こした吾平正志をいじめていたからじゃない」

「そうだそうだ!あんたのせいでこうなったんだ!責任とれ!」

「私の子供を返せ!」

せまいトラックの中は、里子に対する罵声であふれた。

「み、みなさん、落ち着いてください」

まだ理性を保っていた自衛官たちは、必死になだめようとするが、人々の怒りは収まらなかった。

傷ついた人々の怒りがソウルウイルスを活性化させ、今まで怪物にならなかった人たちも「発症」する。

「ユルサナイ……コロシテやる……」

怪物化した民間人が、里子に襲い掛かる。

「うわぁぁぁぁ」

トラックに同乗していた自衛官は、恐怖を感じながらも必死で応戦するのだった。


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