第58話 工藤啓馬
「さて……一応、井上学園の高等部の方もみておこうかな」
中等部を離れる際、併設している高等部を見ると、校舎から勢いよく火の手が上がっていた。
「火事だ!逃げろ!」
中に立てこもっていた生徒たちは、炎に耐えられずに逃げ出していき、怪物に襲われている。
「あーあ。あれじゃ生存者はいないだろうな。中に何人か俺の知っている奴もいたみたいだけど、焼け死んだんなら仕方ないか」
正志は肩をすくめると、救いの手を差し伸べるために次の場所に向かうのだった。
数日前
顔に包帯を巻き、部屋にひきこもっている少年がいる。彼はテレビで大破滅が始まったと知り、狂ったように笑っていた。
「あはは……いいぞ!俺を見捨てた世間の奴ら、みんな怪物に襲われて苦しんでいやがる。メシウマだぜ」
一人部屋の中で暗い愉悦に浸っているのは、工藤啓馬。元井上学園1-Aで、正志をさんざんいじめていた生徒である。
彼は正志に復讐されて、顔の生皮をはがされてしまった。そのせいで外にもでられなくなり、こうして部屋にひきこもっていたのである。
しかし、そんな彼もすぐ自分にまで火の粉が飛んできているのを実感することになる。
ずっとテレビで街の惨状を見物していたが、ふいにテレビ放送が中断されてしまった。
「あれ?もう終わりか。もっと見せろよ」
しぶしぶテレビを消す。すると、自分の空腹に気づいた。
「ちっ。クソババアの奴、なんで飯もってこないんだよ。もう夕方だぜ。使えねえな」
世間から嫌われひきこもりになった自分の面倒を見てくれていた母親を、容赦なくこき下ろす。
仕方なく部屋から出て、一階に降りていった。
台所にはいると、洗いものをしている母親の後姿が見えた。
「おいババア。さっさと飯を作れ。なにやってんだよ」
そう声をかけても、母親は無言である。
「おい、聞こえないのか。何しているんだ!」
そう言いながら後ろから覗き込んだ啓馬が硬直する。母親が洗っているのは、血まみれになった父親の頭だった。
「洗い洗い洗い……綺麗にしましょ♪シャキシャキに~」
振り向いた母親の顔は、痩せたぎょろっとした目の
老婆のような姿だった。
伝説の妖怪「小豆洗い」にそっくりである。
「あなたも洗ってあげる~シャキシャキ―」
妖怪と化した母親は、笑顔で包丁片手に迫ってくる。
「う、うわぁぁぁぁぁ」
啓馬は死に物狂いで家から飛び出すのだった。
安全だと思った家から一歩外に出ると、そこは地獄だった。
「ケッケッケ……カッパッパ~」
緑色で頭に皿を乗せた男が、女性に噛みついている。
「あはは……私、背が伸びたんだ。たかい、たかぁい」
まるでキリンのように首だけが伸びた女が、呟きながら通りを歩いていた。
多くの怪物や妖怪と化した人が人間を襲っており、襲われた人間はまた化け物と化していく。
テレビを通してみているのと違い、実際に生の目で見たその光景は、たとえようもないほどの恐怖を啓馬に与えた。
「う、うわぁぁぁぁぁ……」
啓馬は訳も分からず、ただ安全な場所を探して逃げまどう。
その途中、ポニーテールの美少女剣士が日本刀で闘っているのを見た。
「ひひひひひ……くねくね、くねくね」
彼女を取り巻いているのは、極限まで薄くなった身体をくねらせて迫っている男たち。彼らはまるで一枚の布のように、ひらりひらりと身体をひるがえしながら彼女に迫っていた。
「妖怪め!この元祖新免流剣士、宮本巴が成敗してやるわ!」
少女は威勢よく妖怪に切りかかっていくが、刀身に身体を巻き付けられて刀を奪われてしまう。
「か、返しなさい!きゃぁぁぁぁぁぁ」
やがて複数の男たちに巻き付かれて、その少女は窒息して動かなくなっていった。
別の豪華な屋敷では、ピンク色の巨体を持つ壁のような女たちに取り囲まれている。
「ぬりぬりぬりぬりかべかべかべかべ」
その屋敷の窓からは、太った男が顔を出し、啓馬に助けを求めていた。
「た、たのむ。助けてくれ。私は金田工業の社長、金田満だ。金ならいくらでも……ぎゃーーー」
壁のような身体を持つ女たちが、無理やり屋敷に侵入し、すべてを破壊していく。太った男はその肉壁に押しつぶされてしまった。
「なんだこれは……これは悪夢だ……現実じゃない……」
啓馬は恐怖のあまり滅茶苦茶に逃げ回っていく。
その時、ヒュンという音とともに、啓馬の耳元を銃弾がかすめた。
「ひ、ひいいっ」
銃弾が飛んできた方向を見ると、『山内組』という看板が掲げられた豪華な屋敷があり、そこには複数の屈強な男たちが立てこもっていた。
屋敷の周囲には多くの怪物の死体がある。
「た、助かった……あそこに匿ってもらえば」
一筋の希望を見出し、啓馬がふらふらと近寄ると、再び銃弾が身体をかすめた。
「ここに近づくんじゃねえ。近づくやつは、誰だろうがぶっころずぞ!」
血走った眼をしたヤクザが、そう怒鳴り上げる、よく見ると、怪物たちの死体にまじって人間の死体も倒れていた。
「そんな……」
なすすべもなく、その場に立ち止まる。
すると、通りから一人の軽薄そうな男が走ってきた。
「た、助けてくれ。俺は有栖川家の御曹司、有栖川公輝だ!ほ、ほら、この通り金もある」
公輝と名乗った男は、ポケットから札束を出して地面にばらまく。
次の瞬間、ダーンという音がして、公輝の眉間に穴が開いた。
「バカかてめえは。こんな世界になって、金に何の意味があるってんだ」
容赦なく公耀を撃ったヤクザは、唾を吐きながらそうつぶやく。
次の瞬間、銃口が顔に包帯を巻いた啓馬にも向いた。
「てめえも化け物だな!ミイラ男ってやつか!」
「ひいいいいっ!」
もはや人間にも頼れなくなって、啓馬は絶望の表情を浮かべて逃げ回るのだった。
気が付くと夕方になり、辺りが暗くなる。
すでに都市内はすべて停電しており、辺りは漆黒の闇に覆われつつある。そこかしこから、怪物に襲われて断末魔の叫び声をあげる人間の声が聞こえてきた。
「と、とにかく、明るいところに……」
啓馬は明かりを探して、ただひたすらに歩き続けていた。
すると、ぼんやりと明かりがともっている施設が目に入った。
「ここは……学校か?」
名門校である井上学園には、非常用の発電機が設置されている。それを思い出して、啓馬は学校の高等部にはいっていった。
学校の中には、学園の生徒たちの他にも、近隣の中学・高校からも大勢の生徒たちが逃げ込んでいた。
「なんでこんなことになったんだ……」
「お父さんもお母さんも怪物になって……これからどうしたらいいの?」
あちこちから生徒たちの嘆きが聞こえてくる。
「でも、俺たちは怪物に襲われても、平気だったよな」
「やっぱり、正志さまはワクチンを打ってくれていたんだよ」
ぽつりぽつりと、正志に感謝する声もささやかれていた。
「きっとここで待っていたら、正志さまが助けにきてくれる」
そんな希望を口にする生徒もいる。
「でも、来てくれるだろうか?だってここは正志さまにとって、虐められた忌まわしい場所だぜ」
「なあに。いざとなったら1-Aの連中を生贄にさしだせばいいさ」
そんな声が聞こえてきて戦慄するが、今更出ていくこともできない。外は怪物でいっぱいである。
やむなく、啓馬は彼らから身を隠すようにこそこそしながら元の1-A の教室に向かう。
教室の中には、元のクラスメイトたちがいた。
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