第57話 妹などいらない
学校が怪物に取り囲まれて数日
生徒たちは、飢えとのどの渇きに苦しんでいた。
「お腹すいた……」
「水……」
生徒たちは、屋上に座り込んで苦しみ続けている。
それは澄美や美樹も一緒だった。
「もう食べ物はもってないの?」
「持ってません……」
澄美は息も絶え絶えの生徒たちにどなりつけるも、誰もが首をふる。
「なによ。使えないわね」
一つビンタして、澄美は去っていく。残された生徒たちは、恨めしそうな顔で彼女を睨んでいた。
もともと授業中に怪物に襲われたので、水や食料を用意する余裕もなかった。わずかに持ち込まれたのは、食べかけのお菓子や飲みかけのペットボトル程度である。
それも女王である澄美や側近である美樹たちにすべて取り上げられてしまい、生徒たちは限界を迎えようとしていた。
「本当に、正志さまは助けにくるんだろうな」
「もしそのまま来なかったら、奴ら、ただじゃ済まさねえ」
食べ物を自分達だけで独占している澄美と美樹、そしてその取り巻きとなった生徒たちを、他の生徒たちは憎しみの目で見つめる。
屋上の王国には不穏な空気が漂いはじめていた。
「どうなっているんだ。正志さまは来ねえじゃねえか!」
ついに我慢の限界を超えた一部の生徒が、美樹と澄美を責め立てる。
「何よ!もうちょっと我慢していなさいよ」
「そうよ。おとなしくしてないと、お兄ちゃんが来た時に言いつけるわよ。こいつらは妹である私に逆らったってね」
負けずに美樹と澄美も言い返す。屋上は一種即発の緊張感に満ちていた。
その時、冷たい声が響き渡る。
「俺を呼んだか?」
ハッとした生徒たちが空を見上げると、真っ黒い鎧を来た正志が浮かんでいた。
「正志さまだ!」
「や、やっと助けにきてくれた!」
生徒たちが歓喜の声を上げる中、澄美は不機嫌な顔をして正志に怒鳴りつけた。
「なによ!遅いのよ!さっさと助けに来なさいよ!」
この数日、生徒たちに女王扱いされ、すっかり思いあがっていた澄美は、正志との確執を忘れて以前のように上から目線で正人に命令する。
しかし、正志からは冷たい笑いで返された。
「ははは……何を言っているのやら。なんで俺がお前なんか助けないといけないんだ?」
その言葉に、澄美は激昂する。
「何よ!私は妹なのよ。兄なら助けて当然でしょ?」
「残念だけど、俺には家族なんて必要ない」
その言葉とともに、いくつかの映像が浮かび上がる。それは正志の父である龍二・母である涼子・そして兄である正人の最後の様子だった。
「くくく……親父もお袋も兄貴も、俺に見捨てられて苦しみながら死んでいった。残るはお前だけだ」
「そんな……」
家族の死に様を見せつけられて、今まで強気だった澄美の心が急速に萎えていく。
「お願い、お兄ちゃん。助けて」
ついには懇願し始めるが、正志はその願いを一蹴した。
「お前だけは助けてやらない」
「そんな!私はお兄ちゃんの妹なのよ!」
必死に妹アピールして救いを求めるが、正志の返事は冷たかった。
「そうだ。妹だ。だからこそ、俺はお前が憎いんだ。お前は血の分けた家族であるにもかかわらず、俺に対する親愛など一切示さなかった。常に俺をこき下ろし、馬鹿にして踏みつけにしてきた」
周囲の映像に、正志が今まで澄美から受けてきた仕打ちが浮かび上がる。
「お兄ちゃんが、私のお菓子とったの」
「なんだと!正志、兄のくせに妹を虐めるとは何事だ!」
幼いころから冤罪を着せられて親にある事ない事いいつけられる。妹を溺愛していた親は、その言葉が事実かどうかも確かめずに一方的に正志を殴りつけた。
その関係は成長期を迎えるといっそうひどくなり、澄美からの暴言もエスカレートしていく。
「ほんと、きもいわよね。あんたなんかいなけりゃ、うちの家族は完璧なのに」
そんなことを言われつづけ、優秀な家族のストレスのはけ口として正志は差別されつづけてきた。
今まで澄美が行ってきた行為を見せつけられ、生徒たちの間からも非難の声があがった。
「ひどい……」
「正志さまが怒るのも当然だ!」
生徒たちから責められ、澄美の顔が真っ青になっていく。
その時、側にいた美樹がいきなり澄美をビンタした。
「このビッチ!正志さまになんてことしてたのよ!」
狂ったように殴りつけられ、澄美の頬が真っ赤になる。
それにつられて、生徒たちも騒ぎ始める。
「俺にも殴らせろ!」
「正志さまの復讐だ!」
周囲の生徒たちが澄美に殺到する。
澄美は生徒たちからリンチされて、顔がフグのように腫れあがった。
永遠に続くかと思われたリンチだが、唐突に終わる。
何がザラっとしたものが生徒の身体に入る感覚が走り、動けなくなった。
「そこまでにしろ。それ以上やったら殺してしまうだろうが」
上を見上げると、正志は不機嫌な顔をしている。
「お、お兄ちゃん、助けてくれたの。ありが……」
「そいつの始末は俺がつける」
助けられたと思った澄美は、それを聞いて心底恐怖を感じた。
「ご、ごめんなさい。今まで悪かったわ。これからは妹としてお兄ちゃんに尽くすから」
上空の正志に向かって土下座をするが、正志は冷たい顔で見降ろしてきた、
「ソウルウイルス活性化。ホメオスタシス(生体恒常性)固定化」
正志によって制御されたソウルウイルスが、澄美の体内で活動を始める。澄美の腫れあがった顔が「正常な状態」と肉体に認識され、自然治癒の機能が停止した。
「その顔はもう治らない。その状態がデフォルトに固定されたのでな。以前は弓に治してもらったみたいだが、既に奴はいない。お前は一生その醜い顔で生きていけ」
「そんな……ひどい……」
澄美は号泣するが、周囲の生徒たちは彼女を嘲笑った。
「ざまぁみろ!」
「今まで散々威張ってきた報いだ!」
今まで女王として彼らの上に君臨していた澄美は、こうして「負け組」になったのだった。
「こ、これで私たちを助けてくれますよね」
美樹が媚びるように正志に頼み込むが、彼は冷たい笑みを浮かべたままだった。
「くくくく…少し前までは俺たちを散々悪の化身だと非難して、弓たちを崇めていたくせに、掌を返して救いを求めるか。勝手なもんだな」
そう言われて、生徒たちは気まずい顔になる。
「なあ、俺は世界を破滅させる悪の大魔王じゃなかったのか?」
「ちがいます。正志さまこそが正義で真の救世主です」
生徒たちは、必死になって正志に媚びへつらった。
「そうさ、状況が変われば、悪が正義になり、正義が悪になる。善と悪なんて、その時々の状況によって変わる程度のものなのさ。平和な世の中では俺たちは女を無理やりさらう極悪人で、破滅的状況になれば救ってくれる救世主とされるようにな」
正志は自嘲気味につぶやいた。
「俺に救ってほしいか?」
「救ってください!正志さま!」
それを聞いて、正志は満足そうな顔になった。
「よし。なら審査してやろう。俺に救われる奴は次の条件を満たしたものだ」
生徒たちの精神をスキャンし、今までの行動を吟味する。
「まず、たくさん俺たちの子供が産めそうな、容姿が優れた若い女であること。男は誰一人として救わない」
「そんな!」
そう言われて、男子生徒たちは絶望する。
「次に、新世界で俺たちのハーレム要員になることを受け入れる者」
「は、はい。私をハーレムにいれてください」
「ずるい!私のほうが可愛いです。私を!」
今井美樹をはじめとする女子生徒たちが必死にアピールする。
しかし、正志は無視して三つ目の条件を出した。
「最後に、今までいじめをしてなかった者だ。残念だが、ここにはそんな奴はいないな」
「えっ?わ、私たちはいじめなんてしてないですよ」
正志に切り捨てられ、生徒たちは必死に否定する。
「いじめをしているだろう。たった今、俺の目の前で俺の妹をいじめていたじゃないか」
そう言われて、生徒たちはハッとなる。彼らの前で、澄美は地面に伏して泣いていた。
「残念だ。それじゃあな」
そう言いおいて、正志は去っていく。
残された生徒たちの顔に、徐々に怒りが浮かんでいった。
「おい!てめえらのせいで正志さまに見捨てられてしまったじゃねえか」
「何言ってんのよ。あんたたちもいじめていたじゃない」
生徒たちは、互いに責任を擦り付け合って罵りあう。
屋上は、互いが憎しみ、貶め合う地獄と化すのだった。
生徒たちが互いに責任を擦り付け合っている間に、階段に設置したバリケードが破られる。
「グァァァァァアア!」
腹をすかした怪物たちが、一斉に屋上になだれ込むのだった。
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