第55話 石打刑

しかし、そんな彼らの幸福も、厳しい現実の前にたった数日で崩れることになる。

「おい。食べ物はないのか?」

野球部のメンバーは、そういってシェルターから逃げてきた上級国民の若者たちを怒鳴りつける。

「無理言わないでよ。残っていた食料なんてわずかなんだから」

ドームにあった売店の商品、倉庫にあった在庫など合わせても。大勢の若者たちの胃袋を満たすにはたりない。

そのせいであっという間に食料が尽きてしまい、全員が空腹に苦しむことになる。

「いったい、助けはいつくるんだ!」

「もう限界だ。こんなところにいられるか!」

そういって逃げ出そうといる者もいたが、ドームから出た瞬間に怪物に捕まって、食われてしまう。

この数日で怪物たちは加速度的に増えており、東京ドームの周辺を取り囲んでいた。

「おい!それは俺たちのものだ!」

野球部員の1人が、東京69の持っているお菓子に目をつけて奪おうとする。

「何よ。自分たちばっかり食べて。これは私たちのものよ」

それに対して、メンバーは必死にとられまいと抵抗する。

ほんの数日前に成立したカップルは、早くも破局を迎えようとしていた。

「いい加減にしないか!食料は俺が管理する」

見かねた監督が仲裁に入るが、彼らの不満は監督にもむけられる。

「ああん?何偉そうにしてんだ!そもそもお前がこんなところに連れてきたから、俺たちが困っているんだろうが!」

「大人なら私たちを助けなさいよ。本当に使えないわね!」

互いにいがみ合って収拾が付かなくなった時、冷たい声が響いた。

「ははは。スポーツ選手だの、アイドルだの偉そうにしていたが、一皮むけば食料をめぐって争うだけの猿どもだったか」

そういって空中に現れた男は、大魔王と称される吾平正志だった。


「ま、正志……」

宙に浮いている正志を見て、正人と弓は恐怖の表情をを浮かべる。

しかし、他の野球部や東京69のメンバーは、歓喜して歓迎の声をあげた。

「正志さま、やっと来てくれた」

「お、お願い。私たちを助けて!」

手を振り上げて正志に祈る。しかし、彼の反応は冷たかった。

「残念だが、お前たちを救うつもりはない」

「なぜだ!」

非難の声をあげる若者たちに、正志は告げた。

「お前たちは、とっくに救われる資格を失っているからだ。俺は今まで散々大破滅が来る、悪魔教に参加しろと警告してきた。それを今まで無視してきたのは誰だ」

そう言われて、グラウンドにいた者たちは気まずそうな顔になる。

「これから救われる者は、我々が選んだ我々に都合のいい、新しい世界に必要な者のみだ」

それを聞いた瞬間、監督が大声をあげて自己アピールしてきた

「お、俺を助けてくれ。俺は東京元タイタンズの有名なプロ野球選手、安倍茂雄だ。助けてくれたら、きっと役に立つ」

必死な様子の監督に、正志は聞き返した

「どうやって?」

「そ、それは……俺は野球が得意で……新しい世界にもそれを伝えて……」

「野球か……それが新世界に復活するのはいつの話になるんだろうな。大破滅後は人口が1/100以下になるんだ。しかも一から文明を建て直さなければならない。とても野球なんてやっている余裕はないだろうな」

正志はそう言って切って捨てた。

「た、頼む。俺たちを助けてくれ。俺たちはスポーツで体を鍛えている。きっと役に立つから」

「残念だけど、労働力は「信徒」たちだけで充分だ。そうでない男など奴隷としても必要ない」

野球部のメンバーたちは、そういって捨てられた。

「お願い。私たちを助けて!私たちはアイドルよ!あなたたち「魔人類」に尽くすから」

必死の形相でアピールしてくる東京69のメンバーたちに、正志は少し考える仕草をする。

「……たしかに、容姿のよい若い女は、貴重な人材ではあるな。子どもを産ませる道具として」

それを聞いて一瞬顔を輝かせるも、次の言葉で絶望の淵に叩き落とされた。

「でも、あんたたちはこの数日野球部のメンバーとさんざん良い事してきたんだろ?全部伝わってきているぜ」

「あっ……」

そう言われて、この数日相手をとっかえひっかえして享楽に浸っていた彼女たちは真っ青になる。

「処女じゃないと助けないなんて了見が狭い事はいわない。だけど現時点で旧人類の子供を宿している可能性がある女など、わざわざ救ったりしない。俺たちが若い女を救うのは、魔人類の子供を産ませるためだからだ」

「そ、そんな……」

それを聞いて、メンバーたちは膝から崩れ落ちた。

「何より気に入らないのは、お前たちが正人と弓の関係者だからだ。なあ、俺がその二人を散々憎んでいることを知っているだろう?」

それを聞いて、野球部と東京69のメンバーがいっせいに正人と弓を振り返る。二人は恐怖に顔を引きつらせ、ガタガタと震えていた。

「正人がよく自慢していたぜ。野球部のメンバーとは、スポーツで結ばれた固い友情の絆があるんだと。俺に対しても、スポーツができないから誰にも相手にされないんだって嘲笑っていた」

それを聞いた野球部のメンバーたちは、殺意を込めた目で正人を睨みつけた。

「東京69のメンバーたちも、弓様弓様と持ち上げて、センターに抜擢していたじゃないか。立派な仲間だ」

それを聞いて、野球部のメンバーと弓を信奉していた東京69のメンバーたちは、必死に首を振った。

「ち、ちがう。俺たちはこんなやつと無関係だ」

「そうよ!関係ないわ」

関係ないと喚き散らす彼らに、正志はニヤリと笑って告げた。

「なら、自分たちでそれを証明してみるんだな。それができたら救ってやろう」

空から巨大な二本の十字架と、頑丈そうなロープが落ちてくる。

ロープを手にすると、少年少女たちは正人と弓を取り囲んだ。



グラウンドのマウントに、二本の十字架がたてられて、弓と正人が縛り付けられている。

「お前のせいで、こんなことが起こったんだ!」

「俺のプロ選手の夢を返せ!」

野球部のメンバーは、昨日まで仲間としての絆で結ばれていた正人に対して、口々に罵声を浴びせていた。

「何が救世主よ。この詐欺師!」

「あんたのせいで、正志さまに嫌われたのよ。どうしてくれるのよ」

東京69のメンバーも、昨日まで救世主として崇めていた弓を罵っていた。

十字架にかけられた二人は、それでも必死に弁解する。

「ち、違う。誤解なんだ。俺は正志を弟として可愛がっていた。ただ、ちょっと厳しく接してしまっただけなんだ」

「そ、そうよ。私たちは幼馴染なの。小さい頃からずっと一緒で仲が良かったの。思春期になって意識するようになって、ちょっと冷たくしていただけ。照れ隠しだったの!」

空中の正志は、そんな二人を無言で冷たく見下ろしている。言い訳が通用しないと知った二人は、ついにお互いに罪を擦り付け始めた。

「悪いのは弓だ!こいつが正志に悪口を言うからこんなことになったんだ!」

「何言っているのよ!あんたが正志をいじめたんじゃない」

延々と続く罵り合い。昨日まで恋人として愛し合っていた二人は、互いに親の仇のように口汚く罵倒しあっていた。

それを聞いているうちに、さすがの正志もうんざりして、見守っていた若者たちに聞いた。

「さて、どっちが悪いと思う?」

「両方です!」

野球部と東京69のメンバーは、全員一致でそう叫び声をあげると同時に、彼らにむけて野球のボールを投げつけた。

「そうだ。こいつらのせいだ!」

「こいつが俺たちをだましたんだ!!」

スピードが乗った固いボールが、容赦なく二人に降り注ぐ。

顔面を含むありとあらゆる場所にボールが命中し、二人は苦痛のあまり泣き叫んだ。

「痛い!痛い!」

「やめろ!やめてくれ!」

野球部のメンバーたちは高校生とはいえ、プロ予備軍たちである。そのボールを投げる速さは、常人をはるかに超える時速120/kmを超える。

つまり、一般人が石をなげるよりはるかにダメージを与えることができる。

そんなボールに晒された二人は、みるみるうちに傷だらけになっていった。

「ふふ。まるで現代の石打ち刑だな」

石打ち刑とは、罪人を生き埋めや磔にして、身動きが取れない状態にして、大勢の者が投石を行い死に至らしめる処刑法である。処刑の中でも最も苦痛が多いとされている。

この刑に処された罪人は、周囲からの憎悪を一身に浴びて、心身ともに激しい苦痛の中で死んでいくのだ。

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