第53話 毒親たちの末路
人々の怪物化は、シェルターの外でも同様に起こっていた。
昨日までは善男善女として普通に生きていた大人たちが、いっせいに怪物化してまだ無事な人々に襲い掛かっていく。
「たすけてぇ!」
そんな叫び声をあげて逃げまどうが、圧倒的な体力を誇る怪物たちに捕まって襲われる。
襲われた者は、瞬く間に新たな怪物と化して、ねずみ算式にその数を増やしていく。
たちまち地上は怪物であふれる地獄と化した。
老人や中年、あるいは幼児や赤ちゃんが次々と怪物化していく中、襲われても怪物にならなかった者たちがいる。
正志率いる魔人類に一度襲撃され、ソウルウイルスを撃ち込まれた学生たちである。
「お、襲われた!もうだめだ!」
怪物たちの鋭い牙や爪によって傷つけられ、一度は絶望した彼らだったが、しばらくたっても自分たちは怪物にならないことよ気が付いた。
「ああ……やっぱり、悪魔教の星美たんのいうとおり、あの襲撃はワクチン注入だったんだ」
この時初めて、学生たちは魔人類たちに感謝する。
「助かるためには、正志さまの言われる通り、学校にたてこもるしかない。そこで、救いを待つぞ!」
学生たちは怪物の襲撃により傷つきながら、通っていた学校に向かうのだった。
その頃、正志は仮想世界「エデン」で地獄と化した地上を見ていた。彼はソウルウイルスに感染した人間の目を通し、地上の情報を手に入れることができる。
「……こうなることはわかっていて、覚悟もしていた。だけど、やはり辛いな」
老人や中年たちがどんどん死ぬか怪物になっていくのは、今まで傲慢にふるまってきた人類のツケが回ってきているのだと想うこともできる。
しかし、年端も行かない子供や幼児たちまで殺されていくのを見ていて、心が痛んだ。
「だけど……仕方ないんだ」
新しい世界では、すべてが失われて一からやり直すことになる。そんな中、労働力にならない血のつながらない子供たちを育てていく余裕などがあるはずがない。
「いつまでも見ていても仕方がない」
正志は場面を切り替えて、自分の家族がどうしているかを見た。
「うわぁぁぁぁ」
吾平法律事務所では、正志の父である吾平龍二が、頭を抱えて机の下に潜り込んでいた。
「先生!あなたも手伝ってください!このままでは扉が破られてしまいます」
若い弁護士や事務員がそう怒鳴りつけてくるが、龍二はしゃがみこんだまま動かない。
「こ、こんなのは違法だ。法律で他人の心身及び財産に危害を加えることは禁止されている……だから、違法なんだ……」
座り込んだままブツブツつぶやく龍二に、若い事務員たちは心底軽蔑した。
(何が弁護士だ。そうやって威張っていられたのも社会秩序が保たれている間だけで、非常時には法律の知識などクソの役にもたたない)
そう思うと、今まで彼の下でブラック労働環境に耐えて仕事をしていたのが馬鹿らしくなってきた。
「もう俺は逃げるぞ。こんなやつ知るか!」
一人がドアを抑えている手を放し、非常口に走る。
「ま、まて。そっちにも怪物が……」
他の同僚が止めようとしたが、もう遅かった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
入ってきた猿のような怪物に噛みつかれて、その男は絶叫する。
そしてその姿がどんどん変わっていった。
「ひいいっ!」
入ってきた怪物によって、パニックになる弁護士事務所。
「これは違法だ……訴えれば勝てる……」
事務員たちが逃げまどう中、龍二のうつろな声だけが響き渡っていた。
「親父は死んだか。あっけないものだな」
映像で父親の死を確認して、正志はつまらなさそうにつぶやく。
「なんだかスッキリしないな。なぜだろう」
少し考えて、彼らに恨み言を伝えることもできずに死なせてしまったからだと気づく。
「なら、元家族たちが死ぬ前に、一言ぐらい言ってやるか」
そう思うと、正志は仮想世界「エデン」から出て現世に戻っていった。
地上の混乱は、正志の母である吾平涼子の勤める都立病院でも起こっていた。
「先生!もうベッドが足りません!」
怪物に襲われけがをした人が、次から次へと送られてきて、ただでさえ医療崩壊を起こしかけてきた病院はパンク状態になった。
すでに廊下にまで傷ついた人が寝かされており、治療も受けられずに放置されている。
「みんな、なんとか頑張って!」
その病院の女医、涼子は必死になって手を尽くしていたが、状況は刻一刻と悪くなっていくばかりだった。
(これからどうなってしまうの?すでに病院は患者でいっぱいで、薬も底をついた。私たちはこのまま、怪物に襲われて滅んでしまうのかしら)
そう思うと、たまらなく不安と恐怖を覚える。
「正人と澄美とも連絡がとれない……なんでこんなことになったの……?」
愛しい子どもたちのことを想うと、胸が張り裂けそうになる。
その時、患者の1人が祈る声が聞こえてきた。
「正志さま……お助け下さい」
その声は次第に大きくなっていき、やがてすべての患者たちが合唱するように正志へ祈りをささげる。
「あなた様を信じなかった、私たちが悪かった」
「お願いします。せめて子供だけでも助けてください」
その声を聴いているうちに、自分が産んだ子供のことも思い出していた。
「正志……これはあなたがやったことなの?」
正志は昔から地味な子供だった。勉強でもスポーツでも容姿でも優れた所は見いだせず、やがて自分たち夫婦は優秀な二人だけを可愛がるようになり、正志のことを無視するようになっていった。
そんな実の母からも無視されるような息子が、いまや大破滅から救ってくれる唯一の救世主として崇められている。
その時、同じように祈りの声をあげていた看護婦の1人が、涼子にすがりついてきた。
「お願い。涼子さん。あなたは正志さまのお母さんなんでしょ?私たちを助けて?」
それを聞いた病院内の人間が、希望にみちた目で涼子を見つめた。
「む、無理よ……どこにいるのかもわからないし……」
「何言っているのよ。お母さんなんでしょ!正志さまは絶対に助けにきてくれるよ」
そう言い放つ看護婦の目は、正志の母という蜘蛛の糸になんとかすがりつこうと血走っていた。
その時、冷たい声が響く。
「無理だな、俺はそいつを救うつもりはない」
患者たちがその声を聞いて、いっせいに振り向く。彼らが見たものは、豪華な鎧とマントをまとい、窓の外に浮いている正志の姿だった。
「正志さま!」
そんな彼にすがろうと、多くの人間が窓に殺到して手を伸ばすが、正志は空中に浮いているために着ているマントすらつかめなかった。
「あ、あなた……空に浮かんで」
「何を驚いている。俺は地球の意思を代行する、魔人類の始祖だ。地球が発している重力をコントロールすることぐらい簡単なことだ」
正志は傲然と告げる。そんな彼からは、以前とは比べ物にならない圧倒的な存在感が感じられた。
まるではるかな高みに位置する存在から声をかけられたかのように、涼子は自分の息子に対して萎縮する。
それでも勇気を振り絞って、正志に願い出た。
「お、お願い……私たちを救って」
おもねるように媚びた声を出すが、返ってきた言葉は冷たかった。
「ははは……断る。お前など俺にとって必要ない」
「そんな!あなたを産んだのは、母親である私なのよ。大切な家族である私を見捨てたりはしないでしょう?」
それを聞いたとたん、正志の顔が怒りに染まった。
「なら、なぜ大切な家族である俺が車椅子になったとき、見捨てたんだ?」
「あ……」
涼子は、正志が事故で入院したときに自分がとった態度を思い出して真っ青になる。
「なら、なぜ大切な家族である俺を兄妹の中でさんざん馬鹿にして、冷たく扱ったんだ?」
「……」
もはや言葉もなく、涼子はただ立ち尽くす。
「俺がここに来たのはな。最後に無様なお前の姿を見たかっただけだよ」
正志はそう言って、プイッと顔を背ける。
「あばよ。毒親という言葉にふさわしい愚かな女よ。新しい世界では、お前は永遠に許されない醜い母親として伝説に残るだろうぜ」
正志はそういうと、興味を失ったように去っていく。
「待って!」
必死に窓から手を差し伸べるが、正志の姿はすぐに見えなくなっていった。
残された者の中で、急速に涼子に対しての敵意が強まっていく。
「お前のせいで見捨てられた……」
「母親のくせに、息子にも助けてもらえないなんて」
敵意が怒りとなり、ソウルウイルスが活性化していく。
「オマエのセイだぁぁぁぁ」
「コロシテやるぅぅぅぅぅぅ」
患者と看護婦たちが、一斉に怪物化する。涼子は怪物たちに取り囲まれて、絶望を感じるのだった。
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