第48話 メフィスト木本
メフィスト木本、本名木本史郎は、アイドルオタクである。魔人類の幹部となった現在でも、それは変わらない。
彼のタイプは、ずばり「人気アイドル」である。テレビで正志の東京69への狼藉を見て感動した彼は、止める父親を振り切って家出して、悪魔教に入信。そしてめでたく魔人類に進化した。
「星美たんは正志様に取られてしまったし,東京69の他のメンバーたちは弓たちにソウルウィルスを消されてしまったから手を出せないな。なら、狙うのは他のアイドルだ」
そんな史郎は、黄泉比良坂49というグループをターゲットにする。
「ここが黄泉比良坂49の寮か。よし、フイールド設定。ソウルウイルス注入」
気づかれないように外からフィールドを設定して、中にいる者たちにソウルウイルスを感染させる。
「さて、勧誘に向かうとしますかね」
史郎は堂々と正面から入っていった。
黄泉比良坂49の女子寮は、アイドル訓練所も兼ねており、地下に広大なレッスン場が作られている。
このグループは「お化け」をコンセプトにしており、可愛らしい魔女やミイラ、妖怪のコスプレをした少女たちが昼夜を問わず、激しいレッスンが繰り広げていた。
「はい。では次の新曲「恋のうらめしや」のダンスを練習します。はじめ」
振付師の合図で、少女たちはステージに散らばる。
他の少女が激しくダンスするなかで、センターの猫娘少女だけは動きが無く、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
歌パートになると、入れ替わりに決められたパートを熱唱する。中盤にさしかかると、センターのその少女の番になった。
「えーっと……みん♪なの、笑顔が、うらめ、しくて」
しかし、その少女の歌声はセンターに抜擢されたにも関わらず、音程が狂っていた。
それを聞いた他の少女は顔をしかめるも、黙ってダンスを続け、前衛と後衛が入れ替わるパートになった。
その時、いきなりセンターの少女が歌うのをやめた。
「ちょっとあんた!今私の前を横切ったでしょ!私の顔が見えなくなるじゃない」
そう怒鳴りつけたのは、「高人類(タカビー)」の1人、愛李美香である。
なぜか彼女は、黄泉比良坂49のセンターとして特別参加していた。
「で、でも、ここのパートじゃそうしないと次の位置に移動できなくて……」
何か言い訳しようとしたメンバーを、センターのツインテール少女はビンタする。
「口答えすんな。あんたたちの救世主である美香さまに逆らうつもりなの?」
そう傲慢に胸をそらした美香に、あわててマネージャーが駆け寄った。
「ご、ごめんね。この子たちにはよく言っておくから」
「ふん。今日中に振り付けを変えなさい。もっとセンターである私が目立つようにね」
そういうと、プイッと顔をそむけて練習場を出ていった。。
卑屈な表情でその後ろ姿を見送ったマネージャーは、一転して冷たい顔になると、ビンタされたメンバーを睨む。
「何やってるのよ!美香さまを怒らせちゃったじゃない!」
「そんな……私は最初の振り付け通りに踊っていただけで……」
怒鳴りつけられた子は、涙目になって抗議した。
「そうよ!」
「『高人類(タカビー)』だか何だか知らないけど、いきなり入ってきて横暴よ!」
他のメンバーも同調して文句を言ってきたが、マネージャーは取り合わない。
「文句いわない。うちみたいなマイナーグループに入ってもらえただけでも、ありがたいと思いなさい」
そういうと、マネージャーはメンバーを残して出ていく。後には悔しそうな顔をした少女たちが残されていた。
「貞子ちゃん。大丈夫?」
メンバーたちが、ビンタされた少女を気遣う。
「うん。私は平気」
元センターの、鹿嶋貞子は起きあがって、気丈な笑顔を見せた。
「何あいつ。無理やり私たちのグルーブに入ってきたと思ったら、歌もダンスもできないド素人じゃない」
メンバーたちは、口々に美香への不満をもらす。
「なんでも、東京69には椎名弓さまが加入するからって、プロデューサーが慌てて他の2人に声をかけたみたいよ。それに応じたのが、美香さんなんだけど……」
貞子はそういって、暗い顔になる。
「顔もアイドルとしては並だし、ダンスは素人。それなのにいきなり私たちのセンターにしろだなんて……。しかも、下手ならもっと練習すればいいのに。すぐ『疲れた」とかいってサボりにいくんだから!」
みんな口々に美香への不満をみもらす。
「そもそも、うちたちは陰キャをターゲットにした「ダウナー系アイドル」よ。うるさい美香なんか、最初から合わないっつーの」
メンバーたちの不満は正しい。黄泉比良坂49のコンセプトは「お化け」である。明るく楽しく踊り騒ぐことをテーマにした他のアイドルと違い、「怖いほどきれいで、そしてかわいい」という個性を追求したグループである。
陽キャの化身みたいな美香が入っても、雰囲気を壊すだけなのである。
その時、いきなり暗い声が練習場に響き渡った。
「なるほど。『ダウナー系アイドル』か。俺たち『魔人類(デモンズ)』に精神的な波長が合うかもな」
その声とともに、黒いマントとシルクハットをかぶったマスク怪人が入ってくる。
「き、きゃーーーーーーー!」
黄泉比良坂49のメンバーたちは、たちまちパニックに陥るのだった。
侵入してきた史郎を見た黄泉比良坂49のメンバーたちは。当然ながら騒ぎ出した。
「あ、あんた誰?不審者?」
「け、警察に……えっ?」
警察に連絡しようとした少女の身体が硬直する。
史郎は、動けなくなった彼女たちをニヤニヤしながら見ていた。
「へえ。やっぱり近くで見ても可愛いなぁ。誰を俺のハーレムに入れようかなぁ」
鼻の下を伸ばしながらそんなことをつぶやく史郎に、黄泉比良坂49のメンバーたちは身震いした。
そのとき、ドタドタという音がして、屈強な警備員が入ってくる。
「い、いったい何があったんだ」
そう聞かれたメンバーたちは、必死に体を動かして史郎を指さした。
「へ、変な人がいるんです」
そう言われた警備員は、史郎を問い詰めた。
「なんだキミは」
「なんだキミはって?そうです。私が変な……じゃなくて。こほん。改めて名乗ろう。我が名はメフィスト木本。魔人類の1人」
タキシード風の魔鎧をまとった史郎は。彼女たちの前で堂々と名乗った。
「魔人類ですって?」
「怖い!」
今までテレビやネットの向こうでしか見なかった悪魔と接して、メンバーたちは恐怖に震えるのだった。
史郎の腕の一振りで、警備員は昏倒する。
「子猫ちゃんたち、俺の話を聞いてくれないかな」
史郎は紳士的に話しかけるが、黄泉比良坂49のメンバーたちは話を聞いてくれなかった。
「怖い!助けてーーーー」
ひたすら泣き叫んで、まともに動かない体を無理にひきずって部屋の隅っこに逃げる。
「……仕方ないな」
そうつぶやきながら、史郎はマスクを取る。その下からは、絶世の美男子が現れた。
「えっ?か、かっこいい」
「そうだろ。いろいろ研究して整形……じゃなくて調整したんだ」
魔人類はある程度、自分の身体をマニュアルでコントロールすることができる。史郎の顔も、筋肉や目鼻口の位置をさんざん調整した結果、元の雰囲気はそのままでイケメン度をあげることができていた。
超絶イケメン美男子をみて、黄泉比良坂49の警戒心が少し和らいだ。
「よし。今だ!」
その精神のほころびを狙って、彼女たちと史郎の精神を直結させる。
「こ、これは何?私たちの心に、何かが入ってくる……」
黄泉比良坂49の心に、史郎の個人情報から、大破滅の内容まですべての真実が流れ込んできた。
同時に、メンバーたちの苦しみや葛藤も史郎は理解する。
「さすがダウナー系アイドルだね。苦労している子が多いんだな」
いじめられて引きこもっていた子、毒親に虐待されて捨てられた子、親に借金のカタに売り飛ばされてしまった子なんてのもいた。
それでも頑張って人気アイドルを目指そうとする彼女たちに、史郎は好感を覚える。
「大丈夫。君たちの傷はすべて俺たち魔人類が受け止める。君たちには新しい世界のアイドルになってほしいんだ」
その言葉に、鹿嶋貞子を始めといるメンバーたちは考え込んでしまう。
「……でも、あなたたちに魂を売ったら、魔人類のハーレム要員にならないといけないんでしょ?」
貞子の探るような視線に、史郎は頷いた。
「まあ。確かに。だけど俺たち魔人類はある程度容姿を整形……じゃなくて調整できるから、イケメンぞろいだぞ。しかも老化も遅いし、ハゲないし、元モテない君たちだから君たちに対しても優しいぞ」
そういって誘ってくる。
「貞子ちゃん。この話を受けようよ」
「どうせもうすぐ大破滅が来るんだし、怪物に襲われて死ぬのなんてやだ。それに、新世界でトップアイドルになれるかもしれないし」
メンバーたちからそんな声が上がり、ついに貞子は決心した。
「わかった。私たちも『信徒(サタニスト)』になる」
こうして、史郎は自分に従うアイドルグループを手に入れたのだった。
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