第47話 権威の否定
倒れていた師範代が片付けられ、広い道場には道着を着た巴と鎧武者の魔鎧をまとった武三が相対している。
その周囲を門下生たちが正座して見守っている。
正面の壇には武蔵が使っていたという名刀が飾られ、その脇には総師範である武彦が正座していた。
「あんた。そんなごつい鎧を着ないと怖くて私と戦えないわけ?」
ポニーテール美少女剣士の巴が、そう挑発してくる。
「この『魔鎧』は俺の魔人類としての象徴でね」
大小二つの木刀を構えながら、武三はそう答えた。
「ふーん。まあいいわ。そのほうが容赦なく叩きのめせるもんね」
そう言いながら、巴は木刀を正眼に構える。
(ふっ。相変わらずバカね。そんな重そうな鎧を着てて、まともに動けるとおもっているのかしら。無防備な頭を狙えば、一撃よ)
勝利を確信した巴は、心の中でほくそ笑む。
「始め!」
武彦の号令がかかった瞬間、巴は武三の脳天めがけて木刀を振り下ろしていた。
(おいおい。マジで頭を狙うのかよ。結局こいつは自分の強さに驕りたかぶって、相手のことなんて何も考えてないんだな。そっちがそう来るなら)
木刀が頭に当たる寸前、武三はわずかに右に首を傾ける。狙いがはずれ、巴の木刀は肩にあたり、鎧に防がれた。
次の瞬間、武三の小太刀が巴の胴を薙ぎ払う。
「きゃっ⁉」
すさまじい衝撃が伝わり、吹っ飛んだ巴は道場の壁に叩きつけられた。
「よし。一本、俺の勝ちだな」
武三は、長い方の木刀を巴に突きつけて、勝利宣言をした。
「先にあてたのは私よ。私の勝ちよ」
「違うね。お前の一撃は俺の鎧に防がれた。防がれるとわかっているから、あえて受けてやったんだ。これが真剣勝負なら、お前は死んでいたぜ」
脇腹の痛みをこらえながら抗議する巴の前で、武三は傲然と胸を張る。
「……このままでは平行線だな。よかろう。巴、もう一度立ち会ってやりなさい。だが武三、次は言い訳できないように、その鎧を脱げ」
「ふっ。いいだろう」
武彦の言葉に従い、武三は鎧を脱いで黒タイツ姿になる。二人は再び相対した。
「許さない、この卑怯者。絶対にボコボコにしてやるわ」
「やれるものならやってみるがいい」
黒タイツの武三が再び挑発する。
(許さない。殺してやるわ)
バカにされているようで、巴の憤怒は頂点に達した。
「始め!」
再び号令がかかり、巴は全身全霊の力を込めて武三の喉元めがけて突きを放つ。
(殺ったわ!)
巴が勝利を確信した次の瞬間、目にもとまらぬスピードで動いた武三は、突きをかわしていた。
「えっ?」
「バカめ。魔鎧を脱ぐということは、それだけスピードが速くなるということさ」
耳元で武三のあざけるような声が聞こえた瞬間、信じられないような痛みが足の甲をおそう。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
巴はもんどり打って倒れ伏す。武三はすさまじい勢いで巴の足を踏みつけ、足の甲の骨を完全にくだいていた。
「痛い!痛い!卑怯よ。足を踏むなんて」
床を転げまわりながら泣きわめく巴。いつものクールビューティな美少女女剣士の姿はそこにはなく、卑怯卑怯と駄々っ子のように繰り返していた。
「はっ。足元に隙があるからだろうが。その程度で動揺して勝負を放棄するなんて、元祖新免流も大したことないな」
あまりの非道さに、見ていた門下生たちからも非難の声が上がる。
「卑怯だぞ!剣で勝負しろ。ルールを守れ」
「武蔵の教えにルールなんてあったかな。それはお前たちが後付けで勝手に決めたことだろう。そうやって自分たちに都合のいいルールを決めれば決めるほど、武道から離れてダンスに近づいていくのさ」
ブーイングを浴びる中、武三は気持ちよさそうに胸をそらして傲然と立っていた。
「文句がある奴は出てこい。相手になってやる」
そう言われた門下生たちは、非難の声をぴたりと止めた。
「どうした。出て来いよ。俺の相手になる奴はいないのか」
そう睨みつけられ、門下生たちは慌てて目をそらす。
弟子たちの情けない姿に憤慨した武彦は、ついに壇から立ち上がった。
「巴。もういい。下がれ。こういった輩には、仕置きをせねばならぬ」
痛い痛いと泣きわめく巴を脇に下がらせ、武彦は傍らにある刀掛けから刀を取った。
「ルールが必要ない真剣勝負がしたいといったのは、お前だ。まさか今更逃げ出したりはしないだろうな」
見せつけるように、武三の前で鞘から刀を抜く。
「これは我が祖先宮本武蔵が、細川家から授かった豊後国行平作『白波』だ」
「だからどうした。名刀の権威にすがらないと相手を脅すこともできないとは、いよいよ元祖新免流も地の底まで墜ちたな」
真剣を前にしても、武三の挑発は止まらなかった。
道場で、木刀を構えた武三と真剣を構えた武彦が相対する。武三は真剣を相手にしても、平然としていた。
(こ、こやつ……真剣が怖くないのか?)
総師範である武彦も、現代において真剣を相手に剣を交えたことなどない。真剣を使う時は、型が決まった演武の時に限られる。
それが、まったく動じない武三を相手にして、真剣を構えている武彦のほうが困惑してしまった。
(ど、どうせ虚勢を張っているだけだ。こやつに真剣を相手に戦う度胸などあるはずがない)
必死に自分にそう言い聞かせ、気圧されそうになる心を奮い立たせる。
「始め!」
門下生の号令がかかった瞬間、武彦は目にもとまらぬ速さで刀を振るっていた。
(やった!)
刀身が武三の首元に吸い込まれるように近づくのを見て、武彦は勝利を確信する。
しかし、その寸前、武彦の脳裏に理性が蘇った。
(ま、待て!このまま刀を振るったら、こやつの首が飛ぶ。この後は……)
血まみれになった道場。阿鼻叫喚の悲鳴を上げる門下生。その後に来る警察の捜査と、殺人罪で起訴される自分。長年続いた道場が閉鎖に追い込まれ、武蔵以降綿々と続いた元祖新免流が途絶える未来。父親と家業を失い、貧困にあえぐ家族。
そんな雑念が浮かび、刀に急ブレーキがかかった。
寸止めをした武彦を見て、武三はニヤッと笑う。
「あんたはやっばり、武道家じゃなかったな」
その言葉とともに武彦の鳩尾に木刀が突き刺さり、アバラ骨が全壊する。。
「ぐはっ!」
武彦は血反吐を吐いて、その場に倒れた。
「バカな……ワシが寸止めしなければ、死んでいたぞ」
顔をあげた武彦は、信じられないといった顔でつぶやく。
「ふっ。何を甘い事を。現実にお前は刃を振るうことをためらい、結果負けたんだよ。くっくっく」
武三は、そんな彼を嘲笑った。
「真剣はだれでも怖い。振るう方もな。偉そうに振り回しているが、お前には実戦で刀を使いこなす覚悟がなかったというだけだ。所詮お前は武道家じゃなくて、ダンス教室の先生だったんだよ。剣を振るたびに地位や金が脳裏にちらつくような雑魚にはお似合いだ」
そういうと、武三は床に落ちた刀を拾い、思い切り膝に叩きつける。パキンという音とともに、名刀白波は二つに折れた。
「元祖新免流の権威など、大破滅が来たらこの折れた名刀のように何の価値もなくなるのさ」
和也は、折れた白波を踏みにじりながらつぶやいた。
「さて、続きをはじめるか。今日が元祖新免流最後の日になる。貴様たちは皆殺しだ。不詳の弟子どもなど、真の武蔵の後継者である俺が葬ってやる」
悪魔のような顔で武三が周囲を見渡すと、門下生たちは一斉に逃げ出した。
「ひ、ひいっ!」
「人殺しだ。悪魔だ!助けて~~」
今まで散々武三をバカにして虐めていた門下生たちが、必死の形相で逃げ出していく。
そして、道場には巴と武彦だけが残された。
「い、今までのことは謝るわ。ごめんなさい。お願い、許して」
すべてを失った巴は、みっともなく土下座をして許しを請う。
そんな彼女を、武三は呆れたように見下ろした。
「本当は、態度次第ではお前を大破滅から救ってやろうとも思っていたんだよ。俺に叩きのめされて、今までの態度を反省していればな」
その言葉に、巴は許されたと勘違いして顔をあげる。しかし、目に入ったのは冷たい顔をしたままの武三だった。
「だが、お前は自分の敗北を受け入れることもできず、みっともなく言い訳して俺を罵った。武道家としての正しい誇りを持たない、ただ勘違いしたプライドが高いだけの負け犬だ」
厳しい言葉を投げかけられ、巴は屈辱のあまり唇をかむ。
「あばよ。もうお前には興味はない。もう二度と会うこともないだろう。せいぜい実戦では何の役にもたたない刀を振り回して、大破滅で後悔するんだな」
そう言い残すと、武三は去っていく。巴はその後ろ姿を悔しそうに見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます