第46話 ベリアル宮本
「貴様!さやかお嬢様をどこにつれていく!」
「そこで止まれ!ぐっ」
怒鳴りつけた使用人の手が、勝手に動いて自分を殴りつける。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「痛い!痛い」
辺りに使用人たちの阿鼻叫喚の叫びが広がる中、和也はさやかの手を引いて、屋敷の外へと向かった。
「和也!お嬢様に何をするの!その手を放しなさい」
居丈高に怒鳴りつけた和也の母は、自分の手で喉を絞められ悶絶する。
「はあ……経済的に貧しいと、心まで醜くなるんだな。ただご主人様に黙目的に従って、自分の息子の幸せも願えない親などいらないな。新しい世界には、親など必要ない。あなたは旧い世界で、自分を救ってくれないご主人様にすがりつきながら、みじめな生涯を終えるがいい」
和也は、倒れた母親を無視して玄関に向かう。
その途中、主人である金田満と、さやかの婚約者である有栖川公輝が立ちふさがった。
「和也……貴様!その姿は?」
「我が名はサルガタナス斎藤。魔人類の幹部にて、大魔王正志さまの忠実な僕」
和也は元のご主人様である満の前で、堂々と名乗りを上げた。
「サルガタナス斎藤だと?そうか、貴様のせいで、銀行に見捨てられたのか。許せん。使用人の分際で、恩を仇で返しおって」
顔を真っ赤にする満だが、すでにソウルウイルスに感染していて身体をうまく動かせない。
「ふっ。この世界は崩壊して秩序はなくなる。そうなれば、金持ちも貧乏人も、雇用主も使用人も関係なくなる。お前との雇用契約もこれで終わりだ」
そういうと、和也は満の前でみせつけるようにさやかに手を差し出した。
「さあお嬢様。いや、さやか。俺と一緒に行こう」
その時、嫌な笑みを浮かべた公輝が、対抗するようにさやかに話しかけた。
「だまされちゃいけないぜ。大破滅なんて嘘っぱちさ。一時の感情で駆け落ちなんてすると、貧乏な暮らしで後悔することなるぜ」
有栖川家の御曹司、有栖川公輝も手を差し伸べてくる。和也の手をとり新世界に生きるか、公輝の手をとり旧世界に留まるか。
一瞬だけ、さやかはどちらの手をとるか迷った。
「……ごめんなさい」
さやかは公輝の手を振り払い、再び和也の手を取った。
「さやかは自分の意思で未来をつかみ取った。もうここには用はない」
そういうと、興味を失ったようにさやかの手を引いて去っていく。
「ま、待ってくれ。さやかを連れていかれたら、有栖川家との婚約が破棄されてしまう。金ならいくらでもやる。娘を連れていかないでくれ!」
「そうだぜ。後で絶対後悔することになるぜ。所詮庶民のお前は名家の俺にはかなわないんだからな」
後ろから二人の騒ぐ声が聞こえてくるが、二人はもう振り返らない。
「金など何の意味もない。もちろん名家とやらもな。お前たちは大破滅が来るまで、旧い価値観にすがっていろ」
その言葉をのこし、二人は屋敷を出る。彼らの行く道を祝福するかのように青空が広がっていた。
「さあ、さやか。俺と二人で、何のしがらみもない新しい世界に行こう」
「うん」
2人は手に手を取って、シェルターに向かうのだった。
ベリアル宮本は、本名を宮本武三といい、宮本武蔵を祖とする武道家の元祖新免流の分家に生まれた。
しかし、体が弱く、剣の才能にも恵まれなかった。
そのせいで一族の中でも肩身が狭い思いをしていた。
「あはは、なんだそのへっぴり腰は」
「剣を振っているんじゃなくて、剣に振り回されているぜ」
親に言われて無理やり通わされた道場では、同門の子弟にさんざんバカにされてしまう。
その中でも一番ひどい目にあったのは、同い年の従兄妹からだった。
「一本。それまで!」
脳天に木刀の直撃をくらい、武三は倒れ伏す。そんな彼を、従兄妹の宮本巴は冷たく見下ろした。
「ほんと、我が流派の面汚しね。武三、あんたセンスないわ」
クールビューティー女剣士の巴にそう言われて、武三を悔し涙をながす。
「おい、あいつ泣いているぜ」
「情けないな。女に泣かされるってさ」
そんな陰口をたたかれ、さらには師匠である伯父の宮本武彦からも見放されてしまった。
「今までお前ほど才能がない者を見たことがない。道場をやめなさい。このまま続けても、伝統ある宮本家の恥になるだけだ」
そう通告され、武三は道場を追いだされてしまうのだった。
「武道なんて意味ない。元祖新免流なんて古臭いカビが生えたような流派じゃないか。そんなものはすっぱりやめて、これからは勉強だ!」
そう思い、名門校である井上学園に特待生で入ったのだが、既に上位の生徒たちの中で一定のコミュニティができている学園に適応するのは難しく、勉強ができることもかえっていじめの材料になる。
「庶民ってかわいそうだな。必死に勉強しないといけないなんて」
「貧乏人が頑張って勉強しても、どうせ将来普通のサラリーマンになって、俺たち経営者の息子の使用人になるしかないんだよなぁ」
そういってバカにされて、心底悔しい思いをしていた。
(くそっ。俺の先祖はこいつらみたいなポっと出の成り上がりじゃなくて、あの有名な宮本武蔵なんだぞ。世が世なら切り捨ててやるのに)
捨てたはずの実家の権威にすがって心の平行を保とうとするが、よけいに惨めになってしまう。
(もう嫌だ。こんな世界なんて滅びてしまえ)
そう思って毎日悶々と暮らしていたのだが、正志の襲撃により、魔人類として生まれ変わることができたのだった。
魔人類となった武三は、支配班の1人として、主に防衛省関係の役所の支配を強めていく。
「く、くそっ……」
「なんでこんな弱そうな子供に、SPである俺たちが……」
重要人物を襲う際には、当然護衛しているSPや護衛と戦うことになる。
彼らと戦っているうちに、武三は次第に失ったはずの武道への熱意をとりもどしていった。
(地球意識に蓄積されている過去の死者の記憶をダウンロードすれば、才能がない俺でも強くなれるはず)
そう思った武三は、過去の達人の記憶を自らの身体にインストールして、人里離れた山の中で独自の修行に励む。
その結果、魔人類の中でも随一の戦闘能力を誇るまでになっていた。
「え?好きな女を誘拐していいんですか?」
「ああ。大破滅までもう間がない。新世界でハーレムを築くためにも、気にいった女をシェルターに連れてこい」
仮想世界『エデン』で正志の意思を受け取った武三は、瞑想を解いて現実世界に意識を取り戻した後、困惑してしまった。
「女をさらってこいと言われても、俺には好きな女もいないしなぁ。そもそもこの数か月、ずっと修行に励んでいたから女どころじゃなかったし」
山奥の大滝の前で、武三はひたすら考え込む。
「そもそも、俺はなんで武道の修行なんてしているんだろう」
一度冷静になって自分の心を振り返る。すると、心の奥底に引っかかっていたことを再発見した。
「そうか……俺は、あいつらを見返してやりたいから、強くなりたかったんだ」
自分の目的を思い出した武三は、山を下りて街に向かうのだった。
数日後、武三の本家である元祖新免流の道場に、闖入者がやってきた。
通っていた高校から帰ってきた宮本巴は、自分の家の道場に転がる門下生たちを見て驚愕する。
彼らは強い力で叩きのめされたのか、あちこち骨折していた。
「い、いったい何があったの?」
「ど、道場破りです。変な兜をかぶった男がいきなり勝負を挑んできて……がくっ」
そこまで言うと、その門下生は気絶して意識を失う。
「道場破りですって?許せない!」
木刀を掴んで道場に入った巴が見たものは、叩きのめされて床に転がっている元祖新免流の師範代と、それを冷たく見下ろす鎧兜の武者だった。
「なんだこいつらは。これでも元祖新免流の師範代なのか。情けない。武蔵が生きていた当時と比べて、進歩どころか退化しているな」
大小二本の木刀を体の全面に下げ、体の力を抜いた宮本武蔵の肖像画「紙本著色宮本武蔵像」と同じポーズをとる男は、傲慢に言い放った。
「師匠をしのげない弟子など生きている価値もない。何百年たっても祖である武蔵から進歩してないのなら、元祖新免流など存続している意味もないな。旧世界と共に滅びるがいい」
そうつぶやく男を、巴はきっと睨みつける。
「あんた、何者?」
「『魔人類(デモンズ)の1人、ベリアル宮本。以前は宮本武三だったものだ」
そういって、その武者は兜を脱ぐ。その下から出てきたのは。まぎれもなくこの道場を追いだされた武三だった。
道場破りの正体が、以前自分がさんざん叩きのめしてバカにしていた武三と知って、巴は元気を取り戻す。
「武三、あんたいったいどこにいっていたのよ。道場から逃げだして」
武三はその問いに答えず、薄く笑って挑発した。
「巴、勝負しないか?負けたら俺のものになれ」
「はっ、あんたなんかが私にかなうと思うの?」
「そう思っているさ。師範代がこの程度なら、本家の娘も大したことないだろうからな」
そういうと、武三は床に倒れている師範代たちを踏みつけた。
「やめなさい!」
「やめさせてみろ。力づくでな」
武三に折れた足を踏まれ、師範代が悲鳴をあげた。
「許さない……!」
巴が木刀を構えた時、威厳のある声がかけられた。
「よかろう。我が元祖新免流は誰の挑戦も受ける。身の程しらずな元弟子に思い知らせてやるがいい。ワシが立会人になろう」
偉そうにそういって出てきたのは、巴の父にして元祖新免流の総師範である宮本武彦だった。
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