第45話 サルガタナス斎藤

サルガタナス斎藤は貧相な顔をしている少年で、実際に貧しい家庭の出身である。

本名は斎藤和也といい、大金持ちの金田家に仕える貧しいシングルマザーの使用人の子として生まれ、ずっとその屋敷で育ってきた。


そんな彼が魔人類になったきっかけは、幼い頃からずっと愛していたお嬢様の婚約がきまったからである。

一つ年上の金田家のお嬢様、金田さやかは優しい性格をしており、和也に対しても姉のように接していた。

そんなある日、さやかは父親に政略結婚が決まったとつげられる。

「そんな。私はまだ高校生です。そもそも今の時代に政略結婚だなんて……」

拒否するさやかに、父親の金田満は冷たい目を向けた。

「わがままを言うな。相手は元華族の有栖川家のお坊ちゃんだ。それて縁続きになれば、我々も日本の名家として扱われる」

「でも……」

さやかは助け船を求めるように、隣に座っていた和也を見つめる。

「ご主人様。有栖川家は元家族とはいえ、今は没落して借金まみれで、その子息と言えば女がらみの暴力事件を何度もおこしている札付きの人物です。さやかお嬢様がかわいそうです」

「だまれ!使用人の分際で口をだすな!」

金田満は大声で怒鳴りつける。二人はビクっとなった。

「没落??素行が悪い?そんなの知ったことか。有栖川家はそれを補って有りあるほど歴史と伝統を持った名家なのだ。さやか一人差し出すことでそれが手に入るなら、安いものだ」

「安いものだって!」

あまりの言い草に、和也は思わず声をあげてしまった。

「あなたは、自分の娘を道具としか見てないのか!」

「その通りだ」

そう返す満の顔は、歪んでいた。

「さやかはその為に育てた道具なのだ。ワシには他にも何人もの子供がある。有栖川家とつながりをもつことで、政財界にも多くの人脈を手に入れることができる。娘なら親の役に立って当然だ」

「そんな……」

父親から道具扱いされて、さやかはショックを受ける。

「あんまりです、お嬢様がかわいそうだ!」

「これ以上話をしても、らちが開かんな」

満が合図すると、屋敷の奥から複数の黒服が現れた。和也と同僚の使用人たちである。

その中に一人。いかにもチャラそうな若い大学生がいた。

「へえ、こいつが喒の婚約者のさやかかぁ。かわいいじゃねえか」

ニヤニヤ笑いながら、さやかをジロジロと見つめる。

「有栖川のぼっちゃん、気に入りましたか?」

「ああ、俺の正妻にしてやるよ」

卑屈そうに笑みを浮かべる満に、その男は満足そうにうなずき、さやかに触れようとした。

「やめろ!お嬢様に触れるな」

邪魔しようとした和也だが、使用人たちに取り押さえられてしまう。

「使用人の分際で、身の程を弁えろ。おい、少し教育してやれ」

満の命令で、使用人たちは和也を取り囲んで殴りつけた。

「やめて!」

さやかが叫び声をあげるが、使用人たちの和也を殴る手は止まらない。

「すいやせんねお嬢さん。ご主人様の命令なんでね」

和也はあっという間に血まみれになった。

「お願いだからやめて!わかりました。有栖川様の所に嫁ぎます」

さやかが涙を浮かべて告げると、満は満足そうにうなずいた。

「最初から素直にそうしておけばよいものを。おい、そこの汚いボロをかたづけろ」

使用人により、和也は運び出されていく。さやかはその後ろ姿を、泣きながら見送るのだった。


さやかは、有栖川家の坊っちゃんとの結婚が成立するまで、満によって屋敷に監禁されることになった。

そして和也もまた、母親から説教されている

「バカなことをしたもんだね。私たちは満さまに雇われているんだよ。そんな彼に反抗するなんて、何考えているの!この恩知らず!」

冷たい目をした母親からは、その罵られてしまった。

「でも、お嬢様がかわいそうだ」

「ご主人様の事情なんて、使用人の私たちに関係あるわけないじゃない。私たちは黙って従っていればいいの。所詮ここを追いだされたらどこにも行き場がない貧乏人なんだから。あんたのせいでここを追いだされた、どうするの?学校にもいけなくなるんだよ」

厳しい現実を突きつけられて、和也も何も言えなくなる。

「悔しかったら。学校にいっていい大学に進学して、えらい人になってみせるんだね」

「……はい」

しぶしぶ、和也は井上学園に通い続ける。

しかし、そこで正志による襲撃がおこり、和也は魔人類に進化することができたのだった。



進化後の和也は、支配班の1人として主に銀行や財界の重鎮たちを相手に侵略し、支配下においてきた。

そして充分な力を得た和也は、金田家に対して叛逆を仕掛ける。

「なんですと?今後は取引停止ですと?」

三越銀行の頭取室に呼ばれた金田満は、頭取から無常にそう告げられた。

「そんな!あなたの銀行から融資を受けられなくなると、わが社はつぶれてしまい、二千人の従業員が露頭に迷ってしまいます」

「知ったことではありませんな」

頭取の返事は、限りなく冷たかった。

「な、なぜそんなことになったのですか?わが社は今まで銀行さんとは良い付き合いをしていたのに。融資停止なんてことになれば、あなた方だって利益はないでしょう」

「我が主の命令です。利益の問題ではありません」

頭取の返事は、不可解なものだった。

「主とは?」

「サルガタナス斎藤を名乗る、魔人類の1人です」

満には、名前も聞いたこともない者から恨まれる覚えはなかった。

「なぜそんな奴が!私に何の恨みがあるというんだ」

「知りませんな。ですが、そのお方は、大魔王正志さまの幹部として既に日本の財界を支配なされています。私だけではなく、あなたの取引先の会社も一斉に手を引くでしょう」

そう言い放つと、警備員を呼ぶ。満は必死に食い下がるが、相手にされずに追い出されてしまった。



その頃、屋敷に軟禁されているさやかは、これから名家のお坊ちゃんへの人身御供にされる身を嘆いていた。

「はあ……これがお金持ちの家に生まれた宿命なのでしょうか。私がわがままをいうと、会社に属している従業員たちが困ると言われれば……我慢するしかないですね」

重いため息をつきながら、自分の運命を受け入れようとする。

「和也にも悪いことをしてしまいました。一人だけ私のために怒ってくれたのに、あんな目に合わせてしまって……」

使用人たちによってボコボコにされてしまった和也のことを想うと、胸が痛む。あれから和也は、金田家を出て行ってしまったと聞かされていた。

「でも、私は和也が羨ましいかも。生まれた時からかごの中の鳥である私と違って、広い世界に自由に羽ばたいていけるのだから」

そう呟いた手時、聞きなれた声がかけられた。

「お嬢さんも自由になれますよ」

「和也?」

びっくりして振り返ったさやかが見たものは、黒い魔鎧をまとった和也の姿だった。

「和也。今までどこにいっていたの?その姿は?」

「ご心配かけて申し訳ありません。大魔王正志さまに救われて、『魔人類(デモンズ)』に参加しておりました」

和也は穏やかな笑みを浮かべてつげる。

「『魔人類(デモンズ)』に?」

「ええ、これもさやかお嬢様をお助けするための力を得るためです」

それを聞いて、さやかの胸がドキッとなった。

「私を?何から?」

「世俗の金も権力も通用しない『大破滅』からであります」

そう言いながら、手を差し伸べてくる。

「一緒に新しい世界に行きましょう。そこで魔人類の最初のアダムとイブ世代となり、新たな世界を創るのです。ソウルウイルス注入」

和也から、温かい何かが流れ込んできて、さやかの内側に広がっていく。

さやかは魅入られたように、和也の手を取るのだった

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