第37話 山内組
「さて、人類の救済計画は順調に進んでいっているな。やっぱり個人で動くより、組織を作って運営するほうが効率がいいな」
正志は仮想世界『エデン』で魔人類たちの進捗を確認して、満足する。魔人類たちの増殖と、日本の支配はどちらも順調に進んでいた。
ちなみに正志の肉体がいる場所は、何の変哲もない山の中である。彼は復活して以降、街に近寄らず山で植物採集や動物を狩って、原始人のような暮らしをしていた。
しかし、魔人類に進化した正志にとって不自由な事は何もない。軟弱な現代人と違い、自然の中でも快適に暮せるほど肉体は強化されていた。
正志だけではなく、魔人類に進化した仲間たちはそれぞれ適当な山に入って潜伏しており、その連絡はすべて仮想世界エデンを通して行っている。
警察は必死に魔人類たちのアジトを捜索しているが、もともと人類の意識上にのみ存在していて、実体というものがない仮想世界エデンに本拠をおく魔人類たちのアジトは、絶対に見つかる心配はなかった。
「日本企業への侵略はうまくいっているな。次は日本国内の武力を持つ組織に対して攻撃を仕掛けるか」
日本国内には武力を持つ組織が三つある。『警察』『自衛隊』そして『ヤクザ』である。
「警察は襲撃犯の対処で手一杯だ。自衛隊は防衛大臣を抑えているので、そう簡単に動けない。ならば、一番自由に動けるヤクザから傘下に収めるとしようか」
そういうと、正志は神戸にある日本最大のヤクザ組織「山内組」の本宅に向かった。
山内組の本宅の周囲では、常に武闘派のヤクザたちが警戒して見張りをしている。
もっとも、ここに近づいてくるような無謀な人間はめったにいないので、見張りといっても形式的なものだった。
「寒いな……」
「ああ、早く交代時間にならねえかな。下っ端はつらいぜ」
山内組の下っ端たちが、震えながら外を巡回していると、一人のコスプレをした少年が近づいてきた。
「ああん?てめえ、何者だ?」
下っ端はドスを効かせた声で、その少年を脅しつける。彼は黒い鎧を纏い、骸骨を模したマスクをかぶっていた。
「お前たちのボスに会いたい。案内してくれ」
「ああん?ふざけてんのか」
訳のわからない要求をする少年に、下っ端たちは激昂する。
「仕方ないな。話が通じないなら、お前たちには用はない。死んでもらおう」
少年はそっと二人の胸に手を当てる。次の瞬間、その手からソウルウイルスが発生し、下っ端たちの全身に電流が走った。
「あぎぎぎぎぎき……」
下っ端たちの姿が変わっていく。全身に真っ黒い剛毛が生え、猿そっくりの姿になっていった。
「それは今は滅びたとされる伝説の妖怪『玃猿』だ。人を襲い女を犯すといわれている。さあ、存分に暴れろ」
「ウキキキ!」
少年に妖怪化された下っ端たちは、一目散に屋敷の中に入っていった。
屋敷の中から「ぎゃぁぁぁぁぁ」という叫び声が聞こえてくる。
しばらく大騒ぎだったが、やがて屋敷の中は静まり返った。
「伝説の妖怪とはいえ、二匹ならこんなものか。よし、入るとするか」
少年は正面から堂々と屋敷に入っていく。
屋敷に入った彼が見たものは、まさに一面血の海といった表現がふさわしい惨状だった。
「うわ……ぐちゃぐちゃだ……グロいな」
顔をしかめながら。ちらばった肉片を避けて奥に進んでいく。
廊下や途中の部屋には、何人もの黒スーツを着た男たちの死体が倒れていた。あちこちに銃弾がちらばり、折れた刃物も転がっている。
「どうやら、『玃猿』たちは予想以上にタフだったみたいだな。まあ伝説によれば、たった一匹で村を滅ぼしたって話も残っているからなぁ。これからの兵隊としても使えそうだ」
独り言を言いながら奥に進んでいくと、ひときわ豪華な扉がついている部屋の前で、二匹の『玃猿』が倒れていた。
二匹ともそうとう暴れたのか、体中が傷だらけであり、数百発の弾痕がついている。
「ご苦労さん。ちょっと通りますよ」
死神マスクの少年は役にたってくれた『玃猿』に頭をさげ、豪華な部屋に入っていった。
部屋の中には、傷だらけの男たちがうめいており、一番奥の豪華なデスクには、ひきつった顔の老人が座っている。
彼らは疲れ切っており、新たに入ってきた死神マスクの怪人にも気を払う余裕はないようだった。
「えっと……あんたが日本のヤクザの頂点にたつ、山内組の組長、山内辰見かい?」
「な、なんだお前は?」
いきなり死神マスクの怪人に話しかけられ、辰見は動揺する。
「どうだ?俺が作った『玃猿』は。なかなかいい仕事するだろう」
「き、貴様があの化け物を仕掛けたのか!」
辰見は激昂してドスを抜く。しかし、その一瞬前に死神マスクの少年は片手をあげていた。
「ソウルウイルス注入」
次の瞬間、少年の手から目に見えないウイルスが離され、部屋の中にいた男たちに感染していく。
「う、動けない……」
一瞬で体の自由が奪われ、男たちは苦痛と屈辱に身を焦がした。
『あああああ…痛い!体が動かない」
「て、てめえ!何もんだ!」
もだえ苦しむ男たちの前で、少年は死神のマスクを脱ぐ。
すると、今日本で一番有名な男の顔が現れた。
「き、貴様は……吾平正志」
「その通り。世間では史上最大のテロリストとして扱われている正志さまだ」
正志は、ヤクザたちの前で胸をそらして名乗った。
「な、なんでうちを襲うんだ。俺たちはお前に恨みを買うようなことはしてないぞ」
「うーん。たしかになぁ」
正志は組長の前で、わざとらしく告げる。
「だけど、お前たちは多くの人間から恨みを買っている『悪人』だからなぁ。まっ、恨みが張らせないままで死んでいった、多くの人間の代理人ということで、復讐させてもらったんだよ」
ぬけぬけとそんなことを言いはなった。
「ば、馬鹿な。俺たちは極道をしているけど、人から恨みを買うようなことなんて……」
「どの口で言いやがる。このチンピラヤクザが」
正志がそういったとたん、周囲の空間に映像が浮かび上がる。
それは山内組の地上げにより無理やり土地を奪われた人間だったり、麻薬漬けによって体を壊して死んでいった者だったり、高金利の借金によって体を奪われ自殺した女たちだったりした。
「俺は地球意識とつながっているから、彼ら死者の無念がわかる。彼らの犠牲によって、お前たちはこんな立派な屋敷に住み、ヤクザだと威張っていられるんだ。どう考えても悪だよなぁ」
「ふ、ふざけんな。この小僧がぁ」
山内組組長の辰見は、気力を振り絞って拳銃を抜き、正志に押し当てる。
「世の中、弱肉強食なんだよ。弱い者は食い物にされ、強い者の餌になるべきなんだ」
「ふふふ、その意見にはまったく同感だ」
引き金が引き絞られる一瞬前に、正志は拳銃を持つ手首を取り、ものすごい力でひねり上げる。ボキっという音とともに、手首は完全に折れてしまった。
「だからこそ、弱いお前たちは俺にすべてむさぼられ、奴隷として酷使されることになる。あっはっはっは。弱い悪はより強い悪に蹂躙されるのが、因果応報ってものなんだよ」
その言葉とともに、今までとは比べ物にならない激痛の信号を男たちに送り付ける。
豪華な部屋に、男たちの絶叫が響き渡るのだった。
「これくらいにしておこうか」
永遠に続くかと思われた苦痛が、その言葉とともに止む。
ヤクザたちは精魂尽き果てて、地面に崩れ落ちた。
「何怠けてんだ。さっさとたて」
「ふざけんな……立てるわけ……えっ?」
男たちの身体が、自分の意思に寄らず強制的に立ち上がり。彼らは息も絶え絶えになりながら、正志の前に整列した。
「よし。早速だが、たった今から山内組は俺のものになった。お前たちは俺の奴隷として尽くせ」
「だ、誰がお前なんかに……ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
反抗しようとした男の1人が、自らの拳を顔面に受けて歯が折れ飛ぶ。ソウルウイルスに感染した彼らは、自分の身体すら自由に動かせなくなっていた。
「わ、わかった。ワシらはお前に従おう」
圧倒的な暴力の前に、ついに組長である辰見は屈する。
「いい覚悟だ。だが、俺が完全に山内組を掌握するためには、旧指導部の生贄が必要だな。ついてこい」
正志は顎をしゃくって歩き出す。男たちはノロノロとついていった。
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