第36話 同時多発テロ

京子の部屋

ベルゼブブ田中の死に様を見て、大笑いを続けている明。

「ぶはははは。いや、ちょっとやり過ぎだって。ハイル正志って語呂悪いだろう!今度はもっと面白い死に台詞をするように言っておこう」

腹を抱えて笑っている。それを見て、京子は不気味に思った。

「あの……仲間なんですよね。やられたのに面白いんですか?」

おそるおそる聞いてくる。

「やられた?誰が?」

「テレビでやってたでしょう。ベルゼブブさんは死んだように見えましたが……」

京子が首をかしげるのも無理はない。ベルゼブブ田中が光に飲み込まれる一瞬前、確かに体はボロボロに破壊されたように見えていた。

しかし、明は余裕顔である。

「はっはっは。残念だけど俺たち『魔人類』は不死なんだよ。ほら、見てみろ」

空中に映像が浮かび上がる。どことも知れない山の中、空から黒い光の玉が降りてきて地面に入っていくと、地中から繭が浮かびあがってくる。

その中からは、たった今死んだはずのベルゼブブ田中が現れた。

「くくく。俺たちは使命を果たすまで、何度でも復活する。やられたふりをするのも、最初から予定調和なんだよ」

「え?」

わけがわからないといった顔をする京子。

「ああやって、正義が勝ったと思わせておけば。後から足元をすくえるだろ?襲撃班たちの仕事は、せいぜい暴れて最後に弓たちによって肉体を破壊されるところまでが仕事なんだよ」

さらりとした口調で、敗北を前提とした特攻であると認める。それを聞いて、京子はますます不気味に思った。

「いったい、なぜそんなことを……」

「じつはな……」

明は事の顛末の裏事情を説明する。

弓たちはこの日本を担当する『神』に操られる愚かなピエロであり、彼ら『魔人類』を集めるといった目的の何の障害にもならないこと。むしろ、彼女たちを利用する事で本来の目的から民衆の目をそらし、ますます影で動きやすくなる事を話した。

「それじゃ……」

「ああ、あいつらこそ大変だよ。ほら、見てろ」

再びテレビに視線を向ける。

テレビでは弓が報道陣にもみくちゃにされていた。


「弓様!」

「ありがとうございます」

「あいつはどうなりましたか?」

マイクを突きつけられて、笑顔を浮かべる弓。

「アイツは死にました。怪物にされた少年達も眠っているだけで、命に別状はないでしょう」

救急車で運ばれる生徒たちを見て言う。

「すばらしいです。他の学校に向かった美香様と里子様も、悪魔を倒して人質を解放したと連絡が来ました」

それを聞いて、野次馬たちはますます盛り上がる。

「『高人類』万歳!」

「真の救世主様、万歳!」

弓は手を振って、声援に応えていた。

「それでは、残りの学校もお願いします!」

報道陣が期待にこめた目をむける。

「え?」

それを聞いて、弓の笑顔が固まる。

「弓様!車の準備ができました。では次の学校に!」

警察により車に乗せられる弓。

報道陣たちを引き連れて、次の学校に向かった。


「……これをあと何回も繰り返すのですか?」

あきれたように京子が言う。

「ああ。しかも今回動いた襲撃班は20人だ。彼らを使って学校を20校襲った。そして襲われた生徒たちの中から、また新たな『魔人類』に進化した者たちが現れる。その数はざっと400人。さて、これが続くとどうなると思う」

明はテレビを見ながら楽しそうに笑う。

テレビではあちこちの学校を移動して、必死に戦っている弓たちを映していた。

どこの学校でも簡単に『魔人類(デモンズ)』は倒され、生徒たちは解放されていく。

しかし、何もしらない一般の視聴者はともかく、明から直接事情を聞いた京子の目には、散々動かされもてあそばれているピエロに見えていた。

「くくく。弓たち『高人類』のバックにいるのは、たかが日本を担当する『神』に過ぎない。力を授けられる人数にも限りがある。地球そのものをバックにもつ俺たち『魔人類』と違って、無限に数を増やせるわけじゃない。最大限見積もっても、数十人ぐらいしか『高人類』は増やせないだろう」

明は日本中ひっぱりまわされている弓たちを見て、あざわらった。

「……確かに、とてもじゃないけど、弓さんたちだけじゃ手が足りませんね」

いくら弓たちが不思議な力をもっている変身ヒロインだからといって、同時に複数の場所で怪人がテロを起こすと手が回らなくなるのである。

「ふふふ。なぜかテレビに出てくる悪の怪人は、いちいち一人ずつ変身ヒーローと戦って負けていくけど、俺たちはそんな愚かなことはしない。どうせやるなら同時多発テロを仕掛けてやるさ。今回は20件だけど、次回は400件のテロが同時に起こるんだ。やつらは大変だろうぜ。奴らが悪魔怪人退治ごっこにうつつを抜かしている間に、俺たち『支配班』は深く静かに日本を支配していく」

明の言葉に、京子は首をかしげる。

「『支配班」ですか……?」

「ああ。ギリギリまで現世に残って、社会を裏から支配して、『シェルター』を構築する班のことさ。俺が井上財閥を支配したように、今頃全国で動いているだろう」

明はそういって、ニヤリと笑った。



同時刻 三越銀行 頭取室

「や……やめてくれ。痛い!苦しい!」

頭取が頭を抑え、豪華な絨毯が引かれた部屋の中を転がりまわる。

その前には魔鎧(マグス)を纏った少年が現れていた。

「わが名は『魔人類』の1人、サルガタナス斎藤。お前の体にはソウルウイルスが感染している。俺が指一本でも動かせば、命はない。このことを正義の味方に伝えようとしても、体が動かなくなり、声も発せられなくなる。お前が救われる方法はない」

「わ、わかった……何が望みだ」

荒い息をつく頭取。

「我々の傘下にはいった企業に対して、無担保無制限の融資を実行しろ」

「む、無茶だ。私の権限をはるかに越えている」

頭取はブンブンと首を振るが、少年に容赦はない。

「当然だ。だからすべての役員・部長クラスを本店に集めろ。全員に対してソウルウイルスを感染させて、一丸となって実行させるのだ」

「そんな……。我々を破滅させるつもりか!」

声を枯らして叫ぶが、冷たく見下ろすのみ。

「破滅でもなんでもいい。やれ! お前たちの他にも大島重工業など、全国の組織に俺たちの仲間が襲撃をかけている。心配しなくても。破滅するときは日本中がそうなるさ」

再び激痛を与える。

「わ、わかりました……」

サルガタナス斎藤に屈服する頭取。

「心配するな。ちゃんと見返りはくれてやる。お前の家族や一族の若い娘がいたら、俺たちに捧げろ。命だけは救ってやる。」

邪悪な笑みを浮かべるサルガタナス斎藤。

同時刻、防衛庁でもテロリストの襲撃が起こっていた。

「き、君たちは何者だ。なぜこんなことをするんだ」

防衛大臣、石田和孝は呆然と床にへたりこむ。周囲にはあっという間に倒されたSPたちが倒れていた。

「ふふふ。俺は『魔人類』の1人、ベリアル宮本。大魔王正志さまのご命令で、お前を僕にしにきた」

ベリアル宮本と名乗った少年は、防衛大臣の前で傲慢に胸をそらす。

「くらうがいい。ソウルウイルス注入」

「ぐあぁぁぁぁぁ」

石田防衛大臣はウイルスを注入され、体の自由が利かなくなる。

これと同じことが、日本中で起こっていた。



日本を代表とする重要な企業や公官庁は『魔人類』に支配されていく。

一般の人が弓たちを救世主と無邪気に崇める陰で、日本は深く静かに『魔人類(デモンズ)』の手に落ちつつあった。

「そんな……」

明から今日本で起きていることを聞かされて、京子は絶句する。

「くくく……それだけじゃないぞ。正志さまはあくまで日本の担当だ。世界中に正志さまと同じ「使命」を受けた始祖の方々が誕生しつつある」

明がそういったとき、テレビに速報がはいる。

「アメリカ、イギリス、ロシアで学校たてこもり事件が発生しました。彼らは「魔人類(デモンズ)」を名乗っています」

それを聞いて、京子は心の底から恐ろしくなった。

「……ねえ。何が起きているの?何が正しいの?わからない……。私にはわからないよ!」

ついに心の限界を迎えたのか、京子は声をあげて泣き続けた。

「簡単なことさ。生き残りたいなら、魂を売れ」

「魂を?」

うつろな目をして聞き返す。

「ああ。お前たちが俺たちに協力したら、その体も治してやり、大破滅を乗り切るためのシェルターに送ってやる。もっとも、大破滅後の新世界では、今までみたいなお嬢様の生活はできず、むしろ奴隷に近い扱いになるだろうけどな」

真正面から迫ってくる明に、ついに京子は屈服した。

「……わかりました。あなたたちに魂を売ります」

それを聞いた明は、優しく京子の額に手を触れる。

「よし。今日からお前は俺のものだ。俺に従え」

明が手を触れると、京子を拘束していた緑色の触手が枯れていき、彼女は元の美しい姿を取り戻す。

「すべては……あなたたちに従います」

京子は明の前で膝を折って、忠誠を誓う。

正志から始まった魔人類による人類の侵略は、こうして次の段階へと進められていくのだった。

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