第35話 魔人類襲撃
「……私はあなたを、まじめなだけのガリ勉君だと思って興味なかったわ」
「苛められないように必死に優等生を演じていたなんだよ。正志様が苛められているのを目の当たりにしてな。いつ俺に矛先が向くか、心のそこでは毎日ビクビクしていた。俺はお前みたいに金持ちでもないし、権力も持ってない。容姿だって並程度だ。勉強というアドバンテージがなかったら、すぐに弱者扱いされて周囲から攻撃されるに決まっている。実際、小学中学と苛められていたしな」
明はほろ苦い笑みを浮かべていた。
「そう……あなた達は、私なんか及びもつかないほど厳しい世界を生きていたのね。私はお父様に甘えて……思い上がって……あなた方を庶民と見下して……」
いまさらのように京子は昔の自分を後悔する。
「お前が感じていることは、すぐに世間の皆も共有することになる。今から正志様の意思を継いだ俺たち『魔人類』が世界に対して反逆するんだ」
明は恍惚とした顔で、部屋のテレビをつける。
そこには緊急事件の放送が行われていた。
「明星高等学校に立てこもり事件発生!」
「暁学院にも全身黒尽くめの男が入り込み、生徒たちを人質にとっています」
「そのほか、20の中学・高校で事件が発生しています」
画面が切り替わり、それぞれの事件現場の中継が映る。井上学園で起こった正志によるテロ事件が、何倍にも規模を拡大されて行われようとしていた。
「これは……」
「さて、これから面白くなるぜ。『魔人類(デモンズ)』たちの初陣だ!」
テレビの前で明は心から笑った。
都内のある高校
「ふははは、俺たちは魔王である吾平正志様の意思を受け継ぎ、お前たちに救いを与えてやる。大破滅により絶滅する人類達よ。心して我等が救いを受け取るがいい。我が名は魔人類の1人、ベルゼブブ田中」
校庭に出て、報道陣にアピールしていた男が叫ぶ。
その姿は蠅を模した黒い鎧に覆われていた。
「……あれがあなたたちのお仲間?ちょっとお下品というか……」
テレビを見ていた京子にこき下ろされる。
「……やっぱりそう思うか?しかし、襲撃班のあいつら楽しそうだなぁ」
明は笑いながらまでテレビに向かって突っ込む。
「襲撃班ですか?」
「ああ。ああやって悪乗りして暴れて、世間にアピールする役目のやつらさ。俺もあっちにすればよかったかな?」
明はちょっと羨ましそうに、テレビの中の仲間たちを見ていた。
テレビの中ではベルゼブブ田中が高笑いをしていた。
「バカな真似はやめなさい!椎名弓さんがこちらに向かっているぞ!」
ベルゼブブが設定したフィールドの外から呼びかける警察だったが、彼は恐れ入らない。
「そうか、なら一気にしないとな。『ソウルウイルス、強制インストール』」
ベルゼブブの体から黒い霧が沸き起こり、学校を包んでいった。
「あれは何ですか?」
「俺たちが与える『救済』さ。みてみろよ」
明の言葉にテレビに釘付けになる京子。
黒い霧に覆われた生徒たちが苦しそうに倒れる。
そうしてしばらくすると、何人かの生徒たちがゆっくりと起き上がった。
「キャァァァァァァァ!!!!」
「こ、こないで!あっちにいって!」
それを見て、女生徒たちが逃げ惑う。
いじめをしていたり、人に暴力を振るっていたりしていた生徒たちは、化け物になっていた。
ある者は髪が蛇のようになり、うごめき威嚇する。
目が一つになり、髪の毛が抜けた一つ目小僧。
全身に鱗が生えた半漁人のような姿をした者もいた。
「タ、タスケテ……」
「いや!あっちに行け!」
生徒に助けを求めてすがり付こうとするが、蹴り倒される。
生徒たちは、慌てて学校の中にたてこもった。
「こ、これは…最悪のテロリスト、吾平正志の行ったテロの再現です。しかも、今度は同時多発テロが行われています」
キャスターは画面の中で絶叫する。彼の目の前で起こった悲劇が、都内20箇所で同時に行なわれている。
日本中が再び起こった悪魔によるテロリズムに震撼した。
「よっしゃ!上手く行ったな。あとは弓たちに任せればいいぞ!」
テレビの前で悦にはいる明。
それに対して、動けない京子は涙を流していた。
「……私たちに対する復讐だけでは足りないんですか?あんなに多くの人が苦しんでいて……」
「まあ落ち着け。まだショーは始まったばかりだから」
明は京子を相手にせず、再びテレビに視線を向ける。その時、豪華な車が学園に入ってきた。
「あ!ただ今、椎名弓さんが現場に到着しました!」
信者から献上されたリムジンに乗って現場にやって来る弓。
車から降りると、全国の視聴者が見守る中、静かにステッキを掲げた。
「女神イザナミよ!私に力を!」
祓串から清らかな光が発せられ、弓の姿が見えなくなる。
光が薄れると、そこに純白の巫女服を纏った聖巫女の姿があった。
「弓様!」
「私たちの救世主!」
「悪魔達をやっつけちゃってください!」
校舎に逃げ込んだ生徒が歓声をあげて叫ぶ。
弓は美しい微笑を浮かべると、悪魔を退治するために学校に入っていった。
「よし、来たか……。お前ら、行け!」
ベルベブブ田中は怪物と化した生徒にテレパシーで命令する。
彼らは泣きながら校庭の弓に向かっていった。
「タスケテ……」
「こんな姿はいやです……治してください」
よたよたと弓に向かって歩く生徒達。
「ウガァァァァ……コロス……」
中には理性を失い、互いに戦いを始めている生徒達もいた。
「かわいそうに……。あの悪魔のせいでこんな目に……。祓いたまえ!清めたまえ!」
弓のステッキから光が発せられる。
その光が怪物たちに当たると、すべての者が地面に倒れる。
彼らの姿は徐々に元の人間に戻っていった。
「よし。全部上手く行っているな」
それを見て、教室の中にいるベルゼブブ田中はニヤリと笑う。
そこには、20名ほどの男子生徒たちがいた。
いずれもこの学校の生徒たちに虐められていた陰キャたちである。
「あ、あの、俺たちどうすれば……ソウルウイルスに完全適応したのはいいけど、あいつらに攻撃されるんじゃ?」
その中の一人が聞いてくる。
「なに、どこかで倒れたフリをしていろ。今から俺はあいつに派手にやられてくる。そうしたら救助がくるから、とりあえず保護されろ」
ベルゼブブ田中は、今から弓に対して特攻をしかけると告げる。
「その後は?」
「全員いっぺんに姿を消したら不味いから、頃合をみて一人ずつ姿を消して、山奥に潜んで肉体を魔人類に改造しろ。それぞれ苛めとか悩みを苦にして家出したみたいに、ちゃんと書置きを残しておけよ」
「わかりました」
頷く生徒達。それぞれバラバラに散っていく。
「よし。これで俺のノルマは達成したな。では、やられにいくか」
ベルゼブブ田中は、スキップしながら弓の元へと向かった。
「おのれ!椎名弓め!我が王である正志様を殺したにも飽き足らず、我々の邪魔をしおって!」
大げさに声を張り上げながら、弓の前に出てくるベルゼブブ田中。
「ふん! 正義は絶対に勝つのよ。あんたも私が倒してやるわ」
勝ち誇った笑みを浮かべる弓に、ベルゼブブ田中は絶望的な顔になる。
「グググ……こうなったら、お前を殺してやるわ!」
黒い鎧から羽のような物がでて、空中から弓に襲い掛かった。
「馬鹿ね! 『禊の煌き』」
弓のステッキから出る広範囲の光が黒い鎧を砕く。
その光を浴びて、ミジメに地面に墜落するベルゼブブだった。
「ば、馬鹿な……『魔鎧(マグス)』が破壊されるなんて!」
地面をはって逃げ出そうとする田中。鎧の下は、まるで雑魚キャラのような全身黒タイツだった。
「ふうん。中身はそんなのだったんだ」
残酷な笑みを浮かべて近づく弓。
「く……。殺すなら殺すがいい。だが、俺たちは諦めない。どんな事があろうが、救済を続けてみせる。イィィー」
ベルゼブブ田中は立ち上がり、腕を斜め上に上げて奇声を発する。
「戯言ね。それじゃ、死になさい」
祓串からの光が少年を包む。
「ハ、ハイル正志!ぐぁぁぁぁぁ」
彼の肉体は粉々に破壊され、光の中に消滅していく。そしてその体から黒い小さな光が出ると、空へと昇っていった。
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