第34話 京子の後悔

「ふっ。アンタが京子の父さんか。なるほど。納得の悪人面だな」

その時、何者かの声が聞こえてくる。

「誰だ!」

広い執務室を見回しても誰もいない。

「くそ……幻聴まで聞こえてきたか……」

「幻聴じゃないさ。始めましてだな。俺は上田明。京子の元クラスメイトだ」

いきなり、部屋の中央に禍々しい鎧を纏った一人の少年の姿が現れた、

「き、きさま……何者だ!」

「俺は『魔人類』の一人。大魔王正志様の意思を継いで、世界を救う悪魔の一人、アスモデウス上田。京子を植物人間にしたのは、俺だ」

「貴様!」

それを聞いて掴みかかろうとするが、その姿を掴めずに床に転倒した。

「くそ!誰かこい!コイツを捕まえろ!」

剛三の絶叫に応えた部下達が部屋に入ってくるも、剛三以外にだれもいない。

「……誰もいませんが」

「ふざけているのか!そこにいる奴だ!」

明を指差すが、部下の誰も反応しない。

「無駄だぜおっさん。俺は昨夜の内にこの館に侵入し、中にいた全員をソウルウイルスを感染させている。この姿はただお前の脳に映像を送りつけているだけだ。お前以外は誰も俺の姿を見れないのさ」

影のように揺らめきながら、明は嘲笑った。

「くそ!殺せ!あいつをなんとかしろ!」

無茶苦茶に暴れる剛三。

「か、会長が乱心された!はやく医者を!」

部下達に連れて行かれ、鎮静剤を打たれる剛三。意識が深い闇へと落ちていった。


「ここは……」

意識が戻った剛三があたりを見渡すと、いつもの寝室である。

「く……悪夢だったか」

「悪夢じゃないぜ。残念ながら現実だ」

いきなり目の前に明が現れた。

思い切り手を振ってその幻影をかき消そうとしても。いなくならない。

「貴様……。かわいい京子をあんな姿にしおって!」

「興奮すると寿命が縮まるぜ!まあ、どうせあと数年の命だがな」

嘲笑う明に剛三は怒りで気が狂いそうになったが、なんとか自制した。

「それで、一体何の用だ」

恐怖を押し殺して、出来るだけ平静な声を出す。

「ふふふ。交渉に来たんだ。話がまとまれば、アンタの可愛くない娘を治してやってもいい」

明が提案してくる。

「この下衆め!!!金か!!!!!!!!いくらでも払ってやるから、京子を治せ」

「金だけじゃだめだなぁ……」

明はからかうようにあざ笑う。

「では、何がほしい」

「いろいろほしいものがあるが……まず第一に」

明は剛三に指を突きつける。

「富士山の周辺一帯の土地を買い占めて欲しい。そこを俺たち「魔人類」が避難する「シェルター」を造らせてもらおう。ふふふ……」

明は正志そっくりの顔で笑った。


「断る。貴様のような下賎の輩を相手にする気はない」

「ああ、そうか。なら強制的に支配下に置く事にする。残念だったな」

明が手を振った途端、剛三を含めた館の中にいたすべての人間に激痛が襲った。

「はぁ、はぁ……痛い!誰か、助けて!」

メイド、護衛、執事、その他すべての人間が痛みのあまり床を転がる。

彼らは一瞬で、井上学園を襲った悲劇を思い出していた。

『お前たちは、我ら「魔人類(デモンズ)」の奴隷となった。これ以上苦しみたくなければ、すべて俺達の指示に従え』

散々痛みを感じさせられ、苦しみ吹いた後に明の思念が響き渡る。

「な、なんでこんな事に……助けを呼ばないと」

弓の元に使者にたった部下が携帯で電話しようとする。

その瞬間、しゃべる事が出来なくなった。

『正義の味方に助けを求めようとしても、自動で体の機能が停止するように設定してある。せいぜい俺たちに尽くすがいい』

ビルの中にいた者すべての脳内に真っ黒い魔鎧(マグス)を纏った明が哄笑する映像が浮かび、全員が絶望に捕らわれた。

『それでも俺に従わないというなら、ソウルウイルスをさらに活性化させて、化け物の姿に変えてやってもいいんだぜ』

その言葉に、使用人たちは心底震え上がって忠誠を誓う。

「わ、私たちはあなたに従います」

「お願いします。化け物にしないでください」

使用人たちも頼りにならないと知って、剛三もついに屈服した。。

「き……貴様……わかった。従おう」

観念する彼に、明はいたずらっぽく笑う。

「いい子だ。心配するな。京子は治してやるさ。まだまだ俺の役に立ってもらわないといけないからな。まあ、これから長い付き合いになるだろう。仲良くしようぜ」

そういうと、明はゆっくりと京子の寝室に向かった。


「もう、死んじゃいたい。弓はどんなに頼んでも許してくれないし……。どうしてこんな事になったの?」

この数日、京子は自室で立ち尽くしながら、ずっと意識は保っていた。

部屋の豪華な鏡に映る自分の姿は、緑色をした不気味な化け物であり、蔓や葉に覆われて一歩も動けない。

「上田さん……あいつにそっくりの表情をしていた。どうしてこんなことに……」

京子は心底正志を苛めて嘲笑っていた事を後悔していた。

「あのとき、裸になって土下座していればよかった……。いや、彼を笑ったりしなきゃよかった……。皆、自業自得って言ってる」

京子は改めて自分の愚行を思い返し、心から反省している。

実は彼女は現代っ子らしく、お嬢様だがネットを頻繁に利用していた。

そのネット上でも、京子を始めとする1-Aの者たちは叩かれ、嘲られている。

『自業自得』

『弓様を生贄にしようとした恥知らずに天誅!』

『吾平に復讐されて当然。苛めをして原因を作った奴等の顔写真』

どれだけ個人情報として規制されていても、すぐにネット上に晒される。

ネットという世界では、京子の美貌も金も権力も関係ない。

弓派からも正志派からも一緒になって攻撃される。

正志に行なった苛めが尾ひれをつけて拡げられ、京子は全人格を否定されていた。

「ここまで言わなくても……。こんなある事ない事いって。……でも、私が吾平さんにしていたことか……」

苛められる立場になって初めてわかる自分がしたことの醜さ。

少し前までは集団でいじめに走る事で、仲間からの同意と一体感を得られていた。

そのため、自分がしている事を悪い事とも醜い事とも思ってなかった。

しかし、全国民から排除され孤独になる事で、自分がしていたことが人から非難される事だったことを実感していた。

どれだけ言い訳しても、弱い面を見せても、謝っても誰にもかばってもらえない。

それはまさに以前正志が置かれていた立場と一緒だった。

「死にたいけど、指一本うごかせないから自殺もできない……。私はこのまま、一生罰を受け続けるのかな……」

「調子はどうだ?」

その時、不意に声をかけられる。振り向くと、明の姿があった。


「上田さん……。私を笑いにきたの?」

虚ろな目をして聞く京子。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

さすがに明も、京子のうつろな目を見て哀れになってきた。

「いいのよ。あなたは吾平さんの部下になったんでしょ?だったら、ご主人様には従わないといけないもんね。何されても、あなたを恨んだりはしないわ」

空虚な笑みを浮かべる。

その姿をみて、明も背筋に冷たいものが走った。

「たしかに俺は正志様に共感して、『魔人類』に進化した。だけど、お前に対してはなんの恨みももってない。お前のお嬢様然とした様子、嫌いじゃなかったぜ」

頭をかきながらつぶやく。それを聞いて、京子はすこし笑みを浮かべた。

「ふふ。なら、お友達になれたかもしれないのに」

「仕方ないだろ。俺は庶民だったしな。絶対に振り向いてくれないと思っていたし。結局、勉強でしか俺は自分をアピールできなかったしな。お前からは無視されていたけど」

明は苦笑する。同じクラスにいながら話もしたこともなかった二人は、皮肉にも敵同士になって初めてお互いのことを話し始めていた。


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